第四話
母からのメッセージにそれまで萌えでウキウキだった気持ちが萎んでいくのがわかる。
でもこればかりはどうしようもない。
これもきっと神が与えた試練だと考えようと思っていると、視線を感じた。
視線の先には遠野さんがいて、目が合うと小さくガッツポーズをして、その後照れたように笑った。
『い、今のはなに? 幻? 神がくれた幻覚ですか?』
姿こそは初老の男性だが、あの仕草、あの照れ顔はどこからどう見ても花も恥じらう乙女そのもの!
しかも計算のない純情可憐な乙女!
ふとパソコンを見るとメールの新着通知があり、開いてみると遠野さんからの個別メール。
【難しい顔してるけどなんかあった? 大した役には立たないけど、僕でよかったらいつでも力になるよ】
基本的に男性社員が女性社員に個別にメールを送ることは大変勇気がいることだと誰かが言っていた。
内容によってはセクハラで訴えられることもあるし、そうでなくても休憩時間の話のネタにされ、翌日には社内中に内容が広まることもあるという。
だから男性社員達は男性同士で個人的なやり取りをしても、よほどのことがない限り女性社員にメールはしない。
そんな中、勇気を出して私に心配メールを送ってくれた遠野さんの心遣いが沁みる。
寒い日の肉まんの温かさのごとくじんわりと沁みてくる。
おっさんにこういうことをされると他の女子は嫌がるのだろうが、私は違う。
不意打ちにこんなことをされるとキュンとしてしまう。
まぁ、そのキュンで惚れることは絶対にないけど、こういう小さいキュンはほぼ萌えと同じであると考えているため大変ありがたい。
遠野さんに関しては奥様ラブな人なので、このメールに邪な気持ちなど一ミリも存在していないと確信できるため、安心してキュンできる。
『ありがとうございます。気にかけていただけて嬉しいです』
そう返事を返すと、遠野さんがグッと親指を立てていいねポーズをしているのが見えた。
それにニコリと微笑みを返す。
一度仲良くなるとおっさんは勘違いして馴れ馴れしくなる。
そう言われているがそれはおっさんにだけあてはまることではない。
距離感がおかしい人間はどこにでもいて、ただ一言挨拶を交わしただけで腕を組んでくる女子のほうがよほどタチが悪い。
挨拶を交わしただけというのは、ようやく顔見知りになった程度だという認識でいるのに、相手は腕を組んでくるという、こちらの段階を何段もすっ飛ばしてくるのだから反応に困る。
そして、ここで判断を間違えれば私は一気に悪者になり、性格が悪いだのなんだのと陰口を叩かれることになる。
そういう距離感の女子は仲間も多いため、悪い噂なんて広めるのも広まるのも一瞬で、そうなるとこちらの弁解を聞いてくれる人なんてほぼいなくなり、孤立無援になることもある。
それに比べたらおっさんの距離感なんて可愛らしいもんである。
ましてやあんな可愛らしい距離の詰めかたなんてありがたいしかない。
神に感謝である。
あ、私、神に感謝なんてよく言っているけど、無神論者である。
お墓の関係でうちはどっかの宗派に檀家として在籍しているようだけど、そういったことにはなにも興味がないし、イベントとして初詣にいったりはするけど、そこで祈ったところで叶うはずがないことはわかっている。
世界中に神様はたくさん存在しているようだけど、特にどの神様が好きだとか、信じているとかもない。
もし私が信仰することがあるとしたらそれは萌えの神様だけだと思うが、そんな神様は存在していないため無神論者なのだ。
ただ感謝を表すのに都合がいいため「神様!」なんて言っているけど、本気で神様に感謝しているわけではない。
私という人間は萌え以外に関してはかなりドライな性格をしていると思っている。
可愛いに萌えることに全力を注いでいる結果、他のことは割とどうでもいいという人間が出来上がってしまった。
今は彼氏もいないけど、いた時代にはよく彼氏に「お前ってさ、なんていうかあれだよな。淡白」なんて言われたもんである。
好きだから付き合ってるわけで、蔑ろにしているわけではないんだけど、他の女子に比べると、積極的に甘えるわけでもないし、通話するわけでもないし、メッセージのやり取りも頻繁ではないし、あちらから会いたいと言われない限り会わないだけで、好きという気持ちは変わらない。
ただ、可愛いに萌える私からして、彼氏は萌えの対象外で、たまーに萌えることはあっても頻繁ではないためそこまでの情熱がわかないだけだ。
会えばそれなりに恋人同士っぽいことは普通にするし、嬉しいとも感じているけど、ドライだと自分で言えるほどドライなためあまり感情が顔に出ず、誤解されることは多い。
「俺のこと好きじゃないよな?」
そう言われて別れたこともあった。
でもそれはしょうがないと思うのだ。
彼氏達にだって推しやフェチはあって、その推しに全力を注いだ結果借金まで作った彼氏もいたし、自分のフェチを私に押し付けようとしてきて拒絶され、浮気に走った彼氏もいた。
「俺さ、裸エプロンに目がなくてさ。やってよ、これ着てさ」
渡されたのは透明のビニール製のエプロン。
裸エプロンとは布製の、基本は白のエプロンを着用するのだと解釈していたのに、まさかの透明ビニールエプロン。
そんなのを渡されて「いいよ」なんて返事ができる女子が世の中に一体何人存在しているだろうか?
透明ということは隠すところがないというわけで、いわゆる全裸となにも変わらない。
色や柄付きのエプロンならばおふざけでやったりする女子がいるらしいけど、さすがに透明ビニールエプロンでやったら真性の痴女でしかない。
断るのは当然なはずなのに、拒絶されて絶望的な顔をしたその彼氏は、後日風俗嬢の新彼女を連れてきて「こいつは俺の趣味を理解してくれる」と別れを告げてきた。
でも結局透明ビニールエプロンは拒絶されたようで、別れたと風の噂で聞いた。




