第18話
ついにやって参りました、ランチタイム!
やり方は遠野さんが奥様にレクチャーしたようだけど、結局はこちらからかけることで落ち着いたらしい。
少し余裕を持って十二時十分からスタートが決まり、今、遠野さんがビデオ通話で奥様を呼び出している。
「はいはい、ちょっと待ってね……これでいいのかしら?」
大村課長がモニターにつないでくれているのでこちら側の映像は恐らく本人サイズなんじゃないだろうかというくらい大きい。
画面がグワングワンと揺れまくり、ベージュ一色で覆われ、やっと落ち着いたなと思ったら、奥様が笑顔でこちらに手を振っているのが見えた。
「どう? ちゃんと見えてるかしら?」
とても色白でほっそりとした、それでいて遠野さんと少し似たような雰囲気のある、柔和な笑みが素敵なご婦人が、ベージュの服を身にまといこちらを見ている。
「見えているよ。今日はお気に入りの服を着たんだねぇ」
どうやらベージュの服は奥様のお気に入りらしい。
私がメイクに少し気合いを入れたように、奥様もお洋服に気合を入れてきたようである。
「もう、そういうことは言わないのよ、あなたって人は本当に女心がわかってないわねぇ」
そんなことを言っているが終始笑顔で楽しそうである。
「ところで、あなたしか見えないじゃない。牧野さんはどこ? 早くお顔を見たいわ」
名を呼ばれて胸が少しだけドキッと跳ねた。
「ああ、そうだったそうだった。はい、こちらが君が会いたがっていた牧野さんだよ。僕の言う通り素敵な子だろう?」
そんなふうに紹介されてしまうと恥ずかしくて逃げてしまいたくなるのは私だけだろうか?
「あなたが牧野さんなのね。初めまして、遠野の妻のよしえです。こんなおばあちゃんでガッカリしたかしら?」
「いえ、そんなことはありません! こうしてお目にかかれて光栄です!」
なんだろうか、就職の面接の時よりも緊張している自分がいる。
こうして始まったランチタイム。
私はよしえさんに質問されまくりだった。
「牧野さんは和食と洋食、どっちが好き?」
「和食ですかね。和食は意外と手がかかるので普段あまり作る機会もなくて」
「まぁまぁ、そうなの? 私、和食は得意なのよ! 好き嫌いはあるのかしら? アレルギーは?」
「臭い物と苦い物、酸っぱすぎる物はちょっと苦手ですけど、アレルギーはないので基本的になんでも食べます」
「私もそういうのは苦手なのよ。気が合うわねぇ」
よしえさんは本当に穏やかで明るい性格の方で、病弱だと聞いていたけれど全くそんな感じには思えない人だった。
うちのおばあちゃんより少し若いけど、おばあちゃんという感じもあまりしない。
そしてなにより、はしゃいでいる姿がとにかく可愛らしい。
口元に手を当ててお上品に笑う姿も、目をキラキラさせてあれこれ質問してくる姿もとにかく可愛らしい。
『遠野さんが惚れたのも納得ですわぁぁ! 可愛すぎますって! おっさんの萌えとは比べ物にならないくらい可愛萌え全開ですがな!』
いつも以上に素晴らしい萌えである。
おっさんの中に可愛さを見い出してはいるが、よしえさんの可愛さはおっさんには到底出せない類のものであり、本気で大好きになった。
「私が思っていた以上に牧野さんが素敵なお嬢さんで嬉しいわぁ。もう、可愛すぎてうちの子にしちゃいたいくらいよ」
こんな母なら家に帰るのも楽しそうだなぁとふと思った。
うちの母はあれなんでね……うん。
「聞いてはいると思うんだけど、迷惑じゃなかったら牧野さんにお弁当を作ってもいいかしら? お弁当箱の好みは聞いてあるけど、お弁当なんて押し付けたら迷惑にならないかしら?」
「迷惑なんてとんでもない! 逆に負担にならないかと心配で」
「そんな心配いらないわ! うちの人に作ってるんだから、一人分も二人分も変わらないし」
本当に作りたいんだなーというのが丸わかりの表情はまるで少女。
「そしてまたこんなふうに……リモトン? リモテン?」
「リモートだよ」
「そうそう、それ! ダメね、歳をとると横文字にすっかり弱くなっちゃって。あなた、ありがとう」
「いいんだよ、普段使わない言葉はなかなか覚えられないからねぇ」
ご夫婦の会話、本気のプライスレス!
『なんだよ、そのほんわかした会話! 最高だろ! 最高夫婦に認定しちゃうぞ!』
リモトンでもリモテンでもいいと思えてしまう可愛さマジック!
「またリモートでもいいから、こんなふうにお話ができたら嬉しいわ」
『それはこちらから所望いたしますよぉぉ!』
もちろん二つ返事でOKしたのはいうまでもない。
私が食べていたコンビニのサンドイッチを見て「それだけじゃダメよ! もっとしっかり食べないと」と心配の声までいただいた。
正直、自分のご飯なんて食べられたらいいくらいにしか最近は考えていなかったので、心配されると妙に嬉しいし、ちょっと恥ずかしい気もする。
ちょっとした話し合いの結果、よしえさんのたっての希望により、週二回私にお弁当を作ってくれることが決定し、しかもその時はまたリモートでお昼を一緒に食べようということになった。
幸せってこういうことなんだろうなぁと胸が温かい気持ちで満たされている。
「なにかリクエストはあるかしら? なんでもいいわよ、知らない物でも調べて作るから、なんでも言ってちょうだい」
「じゃあ、玉子焼きを」
毎回遠野さんのお弁当に入っている、綺麗に巻かれた玉子焼き。
それが実に美味しそうで、一度は食べてみたいとずっと思っていたのだ。
「そんなものでいいの? 他にはない?」
「じゃあ、あさりのしぐれ煮を」
「まぁ! まぁまぁ! あさりのしぐれ煮ね、私の一番の得意料理なのよ。それが食べたいだなんて嬉しいわ」
前に一つだけいただいたあさりのしぐれ煮。
あれは本当に美味しかった。
「うちの子達も孫達もね、あぁいった物は好まないのよ。牧野さんみたいな若い子が好んでくれるなんて嬉しいわ」
『なんて贅沢なお子さんとお孫さんなんだ! あんなに美味しい物はな、普通は金払ってしか食べられないんだぞ! ありがたみがわかっとらん!』
こうして、本当に幸せなホクホクランチタイムは終了した。




