第16話
本日のお昼も遠野さんと一緒だ。
私が遠野さんの席に行くのがお決まりになっていて、毎回ほのぼのとしたランチタイムを楽しんでいる。
「君達もここでお昼か?」
いざ食べようとしていると、いつもなら社食に行く大村課長が入ってきた。
「遠野さんと牧野くんの組み合わせとは珍しいね」
「僕達、飯友なんですよ、ね?」
「飯友」と言った途端顔がほんのり桃色に染まった遠野さんが愛くるしい。
「ね?」と小首を傾げる仕草も見た目はおじいちゃんなのにキュンとする。
「そうなんです、いつもご一緒させていただいてるんです」
そう言うと遠野さんの背後にある幻のシッポがゆさゆさと揺れた。
「そうなのか。じゃ、今日は僕も一緒にいいかな? そこじゃ狭いだろ? こっちでどうかな?」
課長はそう言うとうちの課で一番日当たりのいい場所にある接客用のテーブルセットへと手招きした。
一応置いてあり、持ち回りで綺麗にしているけど、入社して以来一度も来客用として使われたことのない不遇なテーブルセット。
時々御局御三家がおやつタイムに使っているが、他の人が使おうもんなら「来客用なのに!」などとお怒り表明をしてくるため、誰も使うことがない気の毒なテーブルセットだ。
「いいんですか?」
私がそう尋ねると大村課長は「大丈夫さ。今はあの人達もいないことだしね」とお茶目な笑みを浮かべた。
課長といえど御三家には勝てない。
だってあっちはおばちゃんパワー全開で、しかも三人がかりでくるのだから、多勢に無勢。
仕事の面では課長に逆らうことはしないけど、それ以外では怖いもの知らずな御三家なので、もうどうしようもない。
「しかし、課長が社食に行かないなんて久しぶりですねぇ」
遠野さんがまったりとした口調でそう切り出すと、大村課長は「今日はこれがあるんだ」と弾けるような笑みを浮かべた。
『クォォォォ! 弾けてます! 弾けまくりです! 眩しい! 眩しいです、課長!』
脳内が一気に覚醒した。
「ということは、奥さん戻られたんですねぇ? よかったですねぇ」
「どこかに行ってらしたんですか、奥様?」
「あぁ、海外にね」
哀愁漂う視線を窓の外に向けた課長。
課長の奥様はお子さん達が全員成人を迎えた途端、「音楽を学びたい」とフランスに留学していたそうなのだ。
五年間も。
「帰ってきたら『次は絵の勉強がしたいわ!』って言い出してね……それは日本でやるみたいだけど……」
そう言った大村課長の全身からはますます哀愁が漂っている。
「元気に好きなことをしている姿が好きだからいいんだけどね……」
そういう姿を好きと言える課長に漢を感じた。
「元気なのが一番ですよねぇ……」
奥様が病弱だという遠野さんがその言葉に同調してしみじみと言った。
『哀愁漂いまくりだろ! 今この場が遠くから豆腐屋のラッパの音が聞こえてきそうなノスタルジックワールドになってますけど! しかしこうもサラッと惚気つつ、奥さんいないのが寂しいと全身で表現できるその愛情! ナイスです!』
たった一言で愛と寂しさを表現してしまう大村課長、できる漢だ。
「今日は課長も愛妻弁当ですねぇ。うちもなんですよ」
大村課長の手に握られているお弁当バッグを見た遠野さんが柔和な笑みを深めた。
「そうなんだ。久々に奥さんが作ってくれてね」
そこを指摘された途端にデレデレの顔になる課長、ナイス!
こうして始まった課長込みでのランチ会。
課長のお弁当の中身がとんでもなくカラフルで、どこの映え女子かな? という内容のラインナップだったのには驚いたけど、それをまた幸せそうに食べている姿は萌えだった。
「絵の勉強をするって、僕をモデルに毎日絵を描いててね。僕なんかじゃ大したモデルにならないと思うんだけど」
謙遜しながら惚気けるのもまた善き。
「すぐに動いて怒られるんだけど」
その光景が目に浮かぶようです。
妻がいる日常の幸せを噛み締めるようにお弁当を食べる姿がなんとも善き!
「そういえば遠野さんの奥さんは最近どう? 体調は大丈夫?」
「最近は牧野さんのおかげで元気にしてますよ」
急に私の名前が出てきて驚いた。
「私ですか?」
「うん、牧野さんのおかげ。牧野さんの話を聞くのが最近の妻の楽しみでねぇ。毎日帰る度にせがまれるんだよ。新しく子供か孫ができたように感じてるんじゃないかな?」
「へぇ、そんなに仲良くしてるのか、二人は。知らなかったよ」
その話を聞いて大村課長がほんわかした笑みを浮かべている。
「このところは、早く牧野さんにお弁当を作りたいって、若い子が好みそうな料理を熱心に調べていてね。楽しそうなんだ」
「それはいいことだ」
思わぬ形で遠野さんの奥様の元気の素になっていた事実に照れ臭さが押し寄せてくる。
でもそういうの悪くない。
むしろ喜ばしい。
「まだ遠野さんの奥さんとは会ったことがないの?」
「ないですね、お話で聞いているだけで」
「そうなのか……じゃあ、今日はもう時間も時間だから、明日、ここでビデオ通話でもしながら昼飯を食べるのも悪くないんじゃないか?」
課長が言った言葉に、遠野さんがとんでもなく食いついた。
「そうか、そういう手があったのか! いいですね、それ! 妻に話してみますよ。いや、今聞いてみた方がいいかな? ちょっと連絡してみますよ」
そういうとスマホをポチポチ操作し始め、すぐに返信がきたようだ。
【牧野さんが迷惑じゃないのなら是非】
そんな返事をされたら嫌だとは言えない。
ということで、明日のお昼は遠野さんの奥さんも混じえて、遠野妻『よしえ』さんとのリモート昼食会が決定した。
「帰ったらやり方教えてちょうだいって言ってますよ。僕もちゃんとしたやり方覚えて帰らないとなぁ」
「それは僕が教えるから」
私以上に大の男二人が楽しそうである。
『もぉぉぉぉぉ! 可愛いじゃん! なんだそのわちゃわちゃした女子みたいな雰囲気! 最高の萌えですがなぁぁぁ!』
こういうランチは本当に善き!




