これからもずっと
俺の三十五歳の誕生日より、少し前。
妻の「ささみ」が逝った。
死因は餅だった。
餅を喉に詰まらせたらしい。
……婆さんかよ、って思った。
思ったけど、他に言いようがなかった。
ささみとは高校の頃からの同級生だ。
気づいたら隣にいて、
気づいたら結婚していた。
二人三脚って言葉が、たぶん一番しっくりくる。
四十九日も終わった。
仕事から帰って、靴を脱いで、電気をつけた。
リビングに、ささみがいた。
しかも、出会った頃の高校生の姿で。
「……何してんだよ、その格好」
「見て分かんない? 制服」
そう言って、ささみは腰に手を当てた。
ため息のつき方まで、昔のままだ。
「死んだらさ、好きな年齢になれるのかもって思って」
頭の上には、それっぽい輪っかが浮いている。
どうやら、死んでるのは間違いないらしい。
「とりあえずさ、あんた痩せたでしょ。ちゃんと食べてる?」
高校生の顔で言う台詞じゃない。
それから、夜になるとささみは現れた。
明るくて、うるさくて、世話焼きで、
生きてた頃と何も変わらなかった。
「洗濯ネット使えって言ってるでしょ」
「電気つけっぱなし!」
「はいはい、生きてるだけで百点」
死んでるくせに、偉そうだった。
ただ一つ、避ける話題があった。
日付とか、誕生日とか、その辺り。
ある夜、ささみが妙に落ち着かなくて、
押し入れの前をうろうろしていた。
「……ねえ」
「ん?」
「理由ってさ、立派じゃなきゃダメかな」
「何の?」
「いや、なんでもない」
そう言って笑ったけど、目を合わせなかった。
しばらくして、ささみは観念したみたいに言った。
「誕生日、もう過ぎてるよね」
「ああ」
「私さ、プレゼント買ってたの」
押し入れの奥から、小さな箱を指さす。
「渡す前に死んじゃってさ。今さら言うの、ちょっと恥ずかしくて」
「……それだけ?」
「それだけ」
自嘲気味に笑う。
「こんなんで彷徨ってるの、ダサいよね」
箱の中には、腕時計が入っていた。
シンプルで、実用的で、ささみらしい。
一緒に、手紙も入っていた。
誕生日おめでとう
今年も一緒に迎えられてうれしいです
三十五だって
もういいおじさんじゃん
これ、前に欲しそうにしてたから
覚えてたよ
忘れてないからね
来年も、その次も
たぶん同じ感じで
ぐだぐだしながら
一緒に生きてくんだと思います
まあ、たまにケンカするだろうけど
それも含めてさ
これからもずっと一緒だよ
ささみ
読み終わって、顔を上げた。
ささみはいなかった。
さっきまで立っていた場所には、
何も残っていない。
静かだった。
手元の腕時計をつける。
秒針が、ちゃんと動いている。
それだけだった。




