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7  王女は人の温かさを知る

 手紙の宛名はお父様だったので、私が勝手に中身を読むわけにはいかない。応接室の外にいるメイドに手紙を届けるように頼むと、ナナが笑顔で私を促す。


「待っている間、お座りになってはいかがでしょう。お茶をお淹れしますね」

「……ありがとう。あ、あの、イディス様もおかけになってください」

「では失礼して」


 イディス様が座った向かい側に私が腰を下ろすと、ナナがお茶を淹れてくれた。

 ふわりと香る匂いは、私が心を落ち着けたい時に飲むお茶のものだったから、ナナの気遣いに感謝した。


「僕がイディスだと、一応は信じてもらえたみたいだから、ここを出る前に話をしておきたいことがあるんだけど、今話してもいいかな?」

「どんなことでしょうか」


 私が承諾すると、込み入った話なのか、イディス様は兵士に応接室から出るように命令した。

 私とイディス様、そして私の後ろに立っているナナだけになると、彼は苦笑して尋ねてくる。


「君はそんなに僕と結婚したくないのかな?」

「い、いいえ! そんなことは絶対にありません! どうしてそのようなことをおっしゃるのですか?」

「毒を飲もうとしたんだよね?」


 イディス様が言っているのは、ナナが持っていった封筒の中身のことだとわかった。


「あ、あれは……、元婚約者に死を求められて」

「元婚約者のために死のうとしたの?」

「それは……」

「ナナがいなければ君は毒を飲んでいたかもしれない。僕と結婚すれば楽になれるのに、君は死を選ぼうとした。それは僕が嫌だからじゃないのかな?」


 こんな時だというのに、イディス様の顔があまりにも整っているものだから、見つめられるとドキドキしてしまう。 

 彼が人前に現れなかったのは、醜いのではなく美しすぎたからなのでしょう。


 私が答えないからか、イディス様は厳しい口調で言う。


「どうしても嫌だったのなら逃げれば良かったんだ」


 その言葉を聞いて、私の心に黒い感情が渦巻くのを感じた。

 感情が抑えられなくなり、私は早口で訴える。


「死ぬことは逃げではないのですか? 私は死にたくなるくらい辛い思いをしてきたんです!」

「死を選ぶということは、そこまで追い詰められて出した答えだから、逃げたなんて思わない。だけど、死んでも良いとは思わない。死ぬ前にやってほしいことがある。死を選ぶんじゃなく嫌な場所から逃げるんだ」


 嫌な場所から逃げる。


 ……としても、どうせ待ち受けているのは、私の場合は死だけじゃないの。


「私がここを逃げ出して、一人で生きていけるわけがありません! そんなことをしたってどうせ近いうちに死ぬんです! それなら、少しでも早く楽になりたかった」


 人前では泣かないと決めたのに涙が溢れた。


 愛されたかった。必要とされたかった。でも、私は多くの人にとって目障りでどうでも良い存在だった。


 命を絶てば、私の苦しみを少しは理解して後悔してくれるかもなんて、馬鹿なことを考えていた。


「言葉足らずで悪かった。君は一人じゃないだろう?」

「……え?」

「ナナは君の救いじゃなかったか?」

 

 問われてナナを見ると、とても悲しそうな顔をしていた。


 そうか。

 私は一人じゃなかった。

 私が死んだら、悲しむ人がいたんだ。


「君にもう一度問う」

「……なんでしょうか」


 泣いている顔を見られたくなくて、背けていた顔をイディス様に向ける。彼は私と目が合うと、先ほどと同じ質問をする。


「君はそんなに僕と結婚したくないのか?」

「……いいえ」

「なら、結婚しよう」


 イディス様は私に手を差し伸べて続ける。


「君を幸せにすると誓うよ」

 

 口では簡単に言える。ロインだって私を守ると言ってくれていたのに、最後は切り捨てた。


「どうしてそんなことが言えるのですか!? 私は姉の代わりなんですよ! そんな人間を妻にするのですか? 私は多くの人に疎まれているんです! そんな人間を幸せにするだなんて!」

「多くの人ってことは、この世界の全ての人じゃないってことだろう? 少なくとも僕は生涯君の味方であることを誓おう」


 嘘だ。お姉様の味方じゃなく、私の味方になるなんて絶対に嘘よ。


「姉のほうが容姿も性格も優れているんです! 皆に愛されているのは姉なんです!」

「僕はダリアの話をしているんだ。姉のことはどうでもいい」

「……私は姉の代わりにイディス様と結婚するように言われたんです」


 これ以上言ったら嫌われるに決まっている。いや、ここまで言ってしまったのなら、結果は同じだ。イディス様に婚約破棄されたあとは、城から追い出されるだけ。死ぬ運命はもう決まってしまった。

 気がかりだったナナたちのことは、ナナがイディス様と繋がっているなら、彼女や他のメイドたちは守ってもらえるでしょう。

 それなら、全部吐き出してしまおうと思った。


「母から、私は姉のために生まれてきたと言われました。姉の代わりになれない私は、生きる価値はないんです」

「じゃあ、今から僕のために生きることにしたらいいんじゃない?」


 私が聞き返す前に、イディス様は笑顔で続ける。


「君の人生なんだから自分のために生きれば良いと思うけど、君は誰かのためという理由がなければ生きられないのかな? なら、自分のことしか考えていない姉のためじゃなく、夫になる僕のために生きようよ」

「……イディス様、無茶苦茶ですよ」


 ナナはため息を吐くと、私に優しい口調で話しかけてくる。


「ダリア様、私の話を聞いていただけますか」

「……もちろんよ」

「ありがとうございます。私の心の声としましては、いくら国民に愛されているからといって、妹に自分の嫌なものを押しつけるなんてありえない行為です」

「嫌なものって言うのやめてくれない?」


 イディス様が半眼でナナに抗議するが、彼女は気にせずに話し続ける。


「ダリア様がラムラ様より劣っているだなんて、私は思いません。それから、王妃陛下に何を言われようが、ダリア様は傷つく必要はないのです。家族とはいえ、合う合わないはあるはずですし、縁を切る人もいます。ダリア様にはぜひ、イディス様の元に嫁入りしていただき、あなたらしく生きて幸せになっていただきたいです」

「……私はお姉様の代わりなのに?」

「しつこいな。君は誰かの代わりなんかじゃない。君は君だ」


 私とナナの会話に割って入ったイディス様は、整った顔を歪めている。

 

『君は君だ』


 当たり前の言葉なのに目頭が熱くなり、鼻がツンとした。そんな私に気がついたのか、イディス様は立ち上がって私の横に座ると、私の頬に触れる。

 

「君が自分のことを世界一幸せな妻だと思えるようにしてみせよう。だから、死にたいだなんて思わないでくれ」

「……わた……し、で、良いんですか?」


 引っ込んでいた涙が頬に流れ、声が震えた。


「君がいい。……君というとわかりにくいか。僕はダリアがいいんだ」

「どうして私をそんなに……」

「ナナから色々と話を聞いているんだ。それにある方もラムラ姫よりも君を推薦していた。会ってみたら、思った以上に卑屈だったけど、なんだろう。君を愛しく感じちゃうんだよね」


 にこりと微笑んだイディス様は、ナナに指示をする。


「ダリアをもらい受けるための契約書を新たに交わそう。ダリアが幸せになれるような有利な条件を付けてくれ」

「それはかまいませんが、ユーザス王国側が拒否したらどうするのです?」

「その場合は……、そうだな。お話の王子様のように愛しの姫を城から連れ出そうとするから、僕についてきてくれるかな?」


 イディス様はナナではなく、私を見て言った。

 迷いがなくなった私は、大きく頷く。


「私が愛しの姫の立場なら、もちろんです!」

「良かった」


 イディス様はシャツのポケットから白いハンカチを取り出し、私の濡れた頬を拭いてくれた。

 その時、扉がノックされたので、お父様かと思い身構えると、やってきたのはお兄様だった。


 ナナにお兄様を呼んできてほしいと頼むはずだったのにすっかり忘れていた。でも、ちょうど良かったわ。


「話し中に済まない。姉上が話をしたがって……」


 お兄様は言葉を止めると、眼鏡を押し上げてイディス様を凝視した。

 そして、慌てて扉を閉めるとイディス様に近づいて話しかける。


「どうしてイディス殿下がここにいるんですか!」


 いつも冷静なお兄様の慌てた姿を見るのは初めてだった。それに気を取られてしまい、お兄様がイディス様を知っていることに気づくのは、少し時間が経ってからのことだった。

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