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5  悪気のない姉

 ナナたちと一緒に荷造りをしていると、私が来ないからか、お姉様が訪ねてきた。会いたくないと拒否すると、お姉様は扉の前で泣き始める。


「ダリア、許してちょうだい。ごめんなさい。本当にごめんなさい。まさか、あなたが犠牲になるだなんて思ってもいなかったの」


 その言葉が本当なら、お姉様の頭の中はお花畑なのではないかと疑ってしまう。

 国民の多くに愛されている人の本当の姿はこんなものなのね。ずっと一緒にいたはずなのに気づくことができなかった。


 相手にするつもりはなかったのに、どうせもう会うことはないかもしれないので、気になったことだけ聞いておくことにした。


「お姉様にお聞きしたいのですが、誰かがイディス様の元に嫁がなければならないことは理解しておられたのですよね?」

「そうよ。だけど、私の知らない人になると思っていたの! あなたが身代わりにされるとは思っていなかったのよ!」

「では、関係を持つ相手にロインを選んだのはなぜなのです? それに知らない人なら犠牲になっても良いとおっしゃるのですか?」


 私の問いかけに、お姉様から返ってきたのは答えではなく、しゃくり上げる音だった。


 自分が妻になりたくないということしか考えていなかったのね。自分の代わりに誰かが嫁に行かなければならないだなんて考えもしなかったんだわ。


 愛され、甘やかされて育ってきたお姉様には、そんなわかりきったことも考えつかないのだろうか。


「あの……っ、あなたにっ……、渡したいものがっ……あるのっ……っく!」

「結構です」

「うっあっ、とにかくっ……、受け取って……ちょうだいっ。あなたのっ……、ためになるからっ」


 嗚咽をあげるせいで、何を言っているのかわかりづらかったが、私のためになるから受け取れと言っているのだとわかった。


「ラムラ様、わたくしが渡しておきますので、あなたはお部屋にお帰りください」


 兵士が勝手なことを言ったので苛立ちを覚えた時、ナナが私に話しかけてくる。


「私がお相手してもよろしいでしょうか」

「……どうかしたの?」

「ロイン様がラムラ様に何を預けたのか気になりまして」

「いいわ。確認してちょうだい」

「ありがとうございます」


 ナナは一礼すると、外開きの二枚扉のうちの一枚を勢いよく開け放った。


「きゃあっ!」


 お姉様の悲鳴が聞こえたあと、兵士が叫ぶ。


「何をするんだ! 危ないだろう!」

「あなたが預かったものをお渡しください。ダリア様の許可を取りましたので、私が確認いたします」

「わ……、わかったよ」


 ナナは兵士から何かを受け取ると、すぐに扉を閉めて鍵をかけた。


「うっ……うっ……、ダリア、本当にごめんなさいっ……」

「ラムラ様は悪くありません。もう部屋に戻りましょう」


 泣きじゃくっていたお姉様だったが、侍女に促されて帰っていった。


「ありがとう、ナナ。助かったわ」

「お礼を言われるようなことはしておりません」

 

 微笑んだナナの手には白い封筒が握られていた。封は閉じられておらず、私の許可を取ったナナは封筒の中から便箋を取り出した。


「手紙が入っているの?」

「はい。それ以外にも入っていますが、こちらは私が確認をしても良いでしょうか」

「何を確認するの?」


 封筒の中を覗き込むと、白い小さな包み紙が入っているのが見えた。


「これは何かしら」

「ダリア様、これが何か書いてあるかもしれませんので、ご迷惑でなければ私が手紙を読んでも良いでしょうか」

「どうせ内容が知りたくなるから、自分で読んでもいいかしら」

「よろしいのですか?」

「ええ」


 この時の私は、まだ心のどこかに甘い考えがあった。だけど、手紙を読んだ瞬間、彼に感じていた微かな希望は消えてなくなった。


「ダリア様……、なんと書いてあったのですか」


 私の目に涙がたまったことに気がついたナナに尋ねられ、私は答えるかわりに無言で手紙を差し出した。


「失礼します」


 ナナは手紙を受け取って目を通す。読み進めていくうちに彼女の眉間に深いシワが刻まれていった。


 ロインからの手紙の内容はこうだ。


『俺は国のためになることをしたと思っている。ラムラ様がこの国に残ることになれば、多くの人が幸せになれるんだ。こんなに喜ばしいことはない。だけど、俺は君を愛しているし、君を守ると約束した。君が俺を愛しているのなら俺を信じて、この手紙を燃やし、明日までに同封した粉を飲んでほしい。ツブドの根を粉末にしたものだ』


 ツブドの根は誰かを毒殺するために用いられることが多い。

 愛しているだなんて嘘だ。

 それに義務感なんかで守ってもらいたくない。


「死んだら、私は楽になれるのかしら」

「馬鹿なことを言わないでください!」

「でも、きっとこれは毒だわ! ロインはここまでして私に死を求めているのよ!」


 ナナは厳しい表情で私を見つめる。


「最低な人間の言うことなんて無視すればよろしいのです」

「そうかもしれないけど……」

「こちらの手紙と封筒の中身を預からせていただいても良いでしょうか?」


 使うこともできないのなら、持っていても意味がない。


「かまわないけど、お父様に言っても無駄だと思うわよ。私が死ねば喜ぶだけだから、薬を飲めと言うだけだろうし、ロインに文句を言っても揉み消されるだけ。あなたの身が危険になるかもしれないから馬鹿なことはしないでね」

「陛下に相談などいたしませんし、ロイン様と接触することもありませんからご心配なく」

 

 ナナはにこりと微笑んで答えたけれど、すぐに眉尻を下げる。


「申し訳ございませんが、今からお休みをいただいてもよろしいでしょうか」

「今から? 急にどうしたの?」

「中に入っているものが何か調べたいのです」

「わかったわ。でも、明日には顔を出してくれるわよね? さよならをちゃんと伝えたいの」

「もちろんでございます。それから、さよならの挨拶は必要ございませんよ」


 どういう意味かしら。ナナも一緒に来てくれるということ?

 それなら嬉しいけれど、そんなことをお父様が許すとは思えない。ロフェス王国の使者がナナも連れて帰ると言ってくれたら良いのだけど……。


 私が深刻な顔で黙り込んだからか、ナナが心配そうな顔で尋ねてくる。


「どうかされましたか?」

「ううん。さよならじゃないなら嬉しいわ」

「私も嬉しいです。では、ダリア様、本日は失礼いたします」


 どうやって調べるつもりなのかが気になる。でも、何も言わないということは、言えないということでもあるのでしょう。


 裏切られるのは怖い。だけど、ナナを信じたい。


 そんな複雑な気持ちで、部屋を出ていくナナを見送った。


 一人になり、ロインからの手紙に書かれていたことを思い出す。


 死んだほうがみんなのためになるのだという気持ちと、死にたくないという気持ちがせめぎ合った。 

 すると、ノックの音がしてナナの代わりだと言って他のメイドがやってきた。


 私を一人にさせないつもりみたい。

 こんな風に私のことを気遣ってくれるんだもの。ナナを信じてみよう。


 この時は、一か八かの賭けのような気がしていたが、神様が私を見捨てていなかったことがわかるのは、次の日の朝のことだった。

 

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