37 私には必要ありません ①
「他人の娘なんて可愛くない」
母ははっきりと答えたかと思うと、声を震わせて話を続ける。
「そう……っ……思ったわ。……だけど、ラムラは……私のっ……娘よ」
「それなら良かったです」
母の愛情は、私には与えてもらえなかったもの。
ほしくてほしくてたまらなかったものだ。
でも、それは過去の話で、今の私には必要ないもの。
母の心に、育ててきた娘への愛情が残っていることには安心した。
だって私、この人と血が繋がっているのよ?
少しはマシだったと思えるところがあってほしかった。
「話は終わりで良いですね?」
まだ少しお茶は熱かったけれど、飲み干せない温度でもなかった。残すのは勿体ないので一気に飲み終えて立ち上がると、母が話しかけてくる。
「……あなたに謝りたいの。本当に悪いことをしたと思っているわ」
「あなたからの謝罪も愛も、私には必要ありません」
冷たく答えると、母は目を吊り上げて叫ぶ。
「反省しているのよ!」
「そうなのかもしれませんね。でも、父に裏切られたり、姉の真実を知らなければ、そんな気持ちにはならなかったのでしょう?」
「ダリア……」
一瞬にして呆然とした表情になった母の目に、涙が浮かんできたのがわかった。
こんなふうに母と目を合わせたのは、記憶にある限りは生まれて初めてだ。
そして、これが最初で最後になるでしょう。
「血の繋がりがあっても可愛くなかったんでしょう? もういいんです。私にとってあなたが母であることに代わりはありませんが、愛してほしいと願う対象でもなくなったのです」
「酷いことを言ったとわかっているのよ!」
「私に気を遣っていただく必要はありません」
「そうじゃないのよ! 本当に謝罪をしたくて!」
「今の状況で謝られても、本当の謝罪として受け取れません」
母も近いうちに、お兄様に追い出されることになる。そのことがわかっているから、私に媚を売ろうとしているようにしか思えない。
「さようなら。どうぞ可愛いたった一人の娘とお幸せに。……その娘にも見捨てられないように気をつけてくださいね」
「ダリア!」
母は立ち上がりはしたものの、すぐにその場で泣き崩れた。優しい言葉をかける気にもならなかったので背を向けて歩き出すと、追い縋ってくることもなかった。
店の中に戻り、イディス様と合流する。
「君の中では決着がついたのかな」
「はい。私の中で両親は死にました。これからの彼らは元国王と元王妃です。どうなっていくか見届けはしますが、もう心を痛めることはないでしょう」
「それなら良かった」
イディス様は微笑むと、私に向かって手を差し出す。
「帰ろうか」
「はい」
手を置くと、イディス様は優しく包みこむように握ってくれた。私も優しく握り返す。
手を握っただけなのに、どうしてこんなにも安心できるのだろうか。
歩き出す前に振り返ると、泣き続けている元王妃とそれを慰めている侍女の姿が見えた。
******
次の日の早朝、港近くにあるゼラス公爵家の別荘の門の前でゼラス卿と会うことになった。
ゼラス公爵家の別荘は森の中にあり、森林浴をするにはとても素敵な場所だと聞いていたので、一度訪れてみたいと思っていた。
そう思っていた時は、彼との婚約が解消されるだなんて思ってもいなかったけれど――。
馬車から降り立ってみると、少し肌寒く感じる風が吹き、木々の葉っぱが静かに揺れた。
「久しぶりだな」
「お久しぶりです」
話しかけてきたゼラス卿は最後に会った時よりもかなり痩せていて、疲れ切ったような顔をしていた。
彼は予想していた通り、私と二人で会うことを望んだ。それを断ると、イディス様以外ならと言うので、ナナに付いてもらうことにした。
拒否されたイディス様は、馬車の中で待機してくれている。
私の後ろに控えてくれているナナに目を向けると、戦闘態勢に入っており、シルバートレイを手に握りしめてゼラス卿を冷たい目で見つめていた。
「どうしてあれを飲まなかった?」
ゼラス卿はナナを気にしながら、小声で尋ねてきた。
「飲んだら死ぬんでしょう? そんなもの飲みたくないわ」
「あの時は仕方がなかっただろう? お前が飲まなかったから、こんなことになったんだ」
「私が飲まなかったから?」
睨みつけながら聞き返すと、ゼラス卿は慌てた顔で口を押さえた。そんな彼に尋ねる。
「確認するけれど、どうして私が死ななくちゃならないの? 大体、あんなことをしなくても嫁に行かずに済む方法はあったかもしれないでしょう」
「聞いてくれダリア! あれには仕掛けがあったんだ。死ななくても良い量に調整してあったんだよ!」
「絶対に死なないって言いきれるの? それに、あなたの目的が達成できるなら、私が苦しんでも良かったってこと?」
「そういう意味じゃ……」
情けない顔になった彼を一瞥したあと、ナナを無言で見つめる。すると、彼女は持っていたポーチから小さな包みを渡してくれた。
「ありがとう」
包を受け取ると、ナナは優しい笑みを浮かべて頷いた。ナナに微笑み返したあと、ゼラス卿に向き直る。
「ゼラス卿、これは私には必要ありません」
「そ、それはっ!」
私がゼラス卿に差し出したのは、彼が私に用意した毒の入った包みだった。




