36 大事なもの
姉を自分の元に置いておきたいがために、父が企んだ浅はかな事件は、ユーザス王国だけでなく、世界的にも話題となった。
十日後には裁判が開かれることが決まった。
父の裁判は平民にも傍聴を望む人が多かったが、今回は被告人が国王ということで、王族や高位貴族を中心に選ばれた。
前日にユーザス王国に入国し、イディス様たちと一緒に高級宿に泊まった。
といってもまだ婚約者の状態なので、部屋は別々で、私はナナと同室だ。
お泊まり会みたいでちょっとワクワクして緊張も和らいだから、それがナナと部屋を一緒にしてくれた理由かもしれない。
私は王女なので王城に泊まっても良かったのだが、父が裁判にかけられているため、国王が不在の状態だ。王城内はバタバタしていて、来客にまで構っていられる余裕はなさそうだった。
罰金を支払って釈放された姉が王城にいるらしいから、余計に帰る気にもならない。
そろそろ眠る時間かと思った頃、隣のベッドで本を読んでいたナナが話しかけてきた。
「お伝えし忘れていたのですが、ラムラ王女はゼラス卿と結婚すると言い出しているそうです」
「そうなのね。彼と体の関係があるのは確かなんだから、責任を取ってもらったら良いんじゃないかしら」
「ゼラス公爵家は乗り気ではないようですが、リックス殿下はラムラ王女を王城に残しておきたくないようですので、公爵家に押し付けるでしょうね」
「王命で逆らえなかったことや、姉から誘惑されたのかもしれないけれど、大変なことをしたのは間違いないのだから、いい加減腹をくくれば良いのに」
体の関係を持ったのが一晩で一回だけならまだしも、数回もする必要はない。私はどうしても彼に同情する気にはなれなかった。
「ゼラス卿はまだ、ダリア様のことを諦められないそうです」
ナナの話を聞いた私は苦笑する。
彼はお話にある王子様に憧れているだけだ。
虐げられている姫を助け出す、勇敢で素敵な王子様。公爵家生まれの彼は、王子にはなれなくてもそんな人になりたかったんだろう。
弱くて誰かに守られていなければ、すぐに傷ついてしまう私は、彼の庇護欲を駆り立てたのでしょう。
それなら彼には、姉という可哀想なお姫様を助け出すヒーローになってもらいましょう。
……ただそれは、お姫様にとって幸せな結末になるとは限らないけれど――。
*****
次の日の朝の空は晴れ渡っていた。朝の空気は少し冷たかったが、少し寝不足気味の私にはちょうど良かった。
イディス様たちと裁判所に向かい、証人として呼ばれている私は、傍聴席ではなく控え室で待つことになった。
裁判は想像した以上に白熱したものとなった。
「私は何も悪くない! 妻が仕組んだことだ!」
「いいえ。私は夫に命令されたのです」
父と母の言い争う声は、法廷の外にまで聞こえてきた。
裁判所って喧嘩する場所じゃないわよね。
呆れていると、裁判長らしき人が厳しく叱責する声が聞こえ、急に静かになった。
子供じゃないんだから、二人ともちゃんとしてほしいわ。……って、できないから今の状態なのね。
その後、証人として証言台に立った私は、自分の信じている神に誓い、真実を話した。
父は私を睨みつけ、母は苦虫を噛み潰したような顔をしていたけれど、昔のような恐怖は感じなかった。
結果、当たり前だが父は有罪となった。
母に罪を着せようとしただけでなく、家臣に隠蔽を強要したり、起きてもいない事件を作り上げて、ロフェス王国から慰謝料まで取ろうとしていたのだから悪質だ。
罰については改めて協議されたあとに発表されるらしいので、それについては連絡を待とうと思う。
大勢の人の前で証言をしたことや、裁判が長引いたことで精神的にかなり疲れた。
でも、そんな弱音を吐いてはいられない。
母とは王城近くにある庭園のカフェで会うことになっていた。
予定時刻は15時だったが、私たちが合流したのは17時前で、少しずつ空が暗くなってきた時間だった。
店内は貸し切りで、私と母はテラス席に案内され、付いてきてくれたイディス様たちは、店内で待ってくれている。
肌に当たる風が、朝よりも冷たく感じられる。店員が温かなお茶を運んでくると、母が口を開いた。
「私のことを馬鹿にしているのでしょう?」
「なんの話です?」
「夫に裏切られただけでなく、自分の子じゃない娘を可愛がっていたのよ! 馬鹿な女だと思っているのかと聞いているの!」
「自分の子じゃない娘を可愛がって、何が悪いのですか?」
「……は?」
尋ねると、母は訝しげな顔をして聞き返してきた。
母はプライドが高いから、そんなことが気になるのね。
私は自分が思ったことを口にする。
「血の繋がりが大事ではないとは言いません。ですが、血が繋がっていなくても、家族になれる人はいます。大体、夫婦になるまでは他人でしょう? 血の繋がりがなくても心を通わせて夫婦になるのでしょう。人を愛したり大事に思うことに血の繋がりは絶対条件ではありません」
夫や妻の連れ子を愛する人もいる。親に捨てられた子供の里親になり、その子と共に生きていく選択肢を選ぶ人もいる。
そこに愛が生まれないとは思えない。
シルコットだってそうでしょう。
彼女は自分の子供が入れ替えられたことを知らない。でもきっと彼女のことだから、真実を知っても今までのように、育ててきた娘を愛し続けるはずだ。
「あなたは、真実を知ってラムラ王女のことを愛せなくなったのですか?」
問いかけると、母はハッとした顔になり、潤んだ目で私を見つめた。




