2 裏切り行為 ②
「おい! お前、余計なことを言うな!」
「ロイン!」
ロインがナナに掴みかかろうとしたので、彼の名を強い口調で呼ぶと、彼は動きを止めた。
「なんだよ」
「ナナが嘘をついていると言いたいの?」
「……嘘じゃないけど」
「なら、彼女が話を続けてもいいわよね?」
彼は不服そうな顔をしたけれど、何も言わなかった。ナナは厳しい表情のまま話を再開する。
「ロイン様がラムラ様の部屋にいる間、部屋の中からは嬌声が聞こえてきたそうです。部屋の前に立つ兵士や、ラムラ様の侍女はその声を聞いて困惑したと聞いています」
「……ロインとお姉様しかいない部屋で嬌声ね」
冷たい目でロインを見つめると、彼は何度も首を横に振る。
「……仕方がないだろ! ラムラ様から迫られたんだ!」
「迫られた?」
「ああ。俺も初めて知ったんだが、最近になってロフェス王国の王太子は純潔を守っている女性を妻に求めているだけで、ラムラ様じゃなくてもいいと言ってきたらしい。俺と関係を持てばラムラ様はその条件が当てはまらなくなるから嫁に行かなくて済む。このことは国王陛下も了承済みだ」
「あなた馬鹿なの?」
こんな言葉を人に言いたくなかったし、言うこともないと思っていた。でも、口から咄嗟に出てしまうくらいに、ロインは馬鹿なことをしたと思った。
「いくらなんでも馬鹿は酷いだろ!」
「明日にはロフェス王国の使者が花嫁を迎えに来るのよ!? なんて言い訳するつもりなの!」
「ラムラ様は海賊に襲われて純潔を散らしたことにすると、陛下は言っていたそうだ」
「それが言い訳になるとでも? わが国の護衛の腕が疑われるだけよ!」
「海賊の対処をしているのはロフェス王国だ。海賊に襲われたということは、彼らの不手際だろ」
「……そういうこと。お姉様は海賊に襲われたということにして、ロフェス王国のせいにするというわけね」
昨日、お姉様は港に行っている。何のためかわからなかったけれど、この理由を作るためだったんだわ。
だけど、そんな理由がまかり通るとは思えない。
「そうだ。海賊を対処できなかったんだから、花嫁が代わっても文句は言えないだろうと陛下がおっしゃっていたと聞いた」
お父様の考えか。それなら、こんな馬鹿なことを考えた理由がわかる気がする。
「代わりの花嫁のことはなんて言っていたの?」
「身代わりは決まっているから安心しろってだけだ。だから、国際問題にはならないと」
「あなた、本気でそう思っているの? ロフェス王国側はお姉様を指定していたのよ?」
「だから言っているだろ。純潔を守っている女性なら良いんだ。未婚で高位貴族の女性を差し出せばいい」
この考え方もどうかと思う。お姉様を守ることができれば、他の人間はどうなっても良いってこと?
「そんな嘘が通じるとは思えない」
「このことは城内にいる限られた人間とリックス様以外の王族しか知らないんだ。みんな、ラムラ様を愛している。だから、死ぬまでこの嘘を貫き通すはずだ。これでみんなが幸せになれる」
リックスというのは私の兄の名前だ。兄は冷たい人ではあるが常識はある。こんな計画を聞いたら、確実に止めていたでしょう。だから内緒にしているのね。
この人は私の両親のことを何もわかっていない。私に対する態度を考えれば、すぐにわかるはずなのに――。
「ねえ。お姉様の身代わりは誰だと思う?」
「俺は知らない。でも、高位貴族の誰かだろ」
「私に決まっているじゃないの!」
声を荒らげると、ロインは驚いたのか目を見開いた。その時、扉が乱暴に開かれ、赤いマントを羽織ったお父様が部屋に入ってきた。
中肉中背で、鼻の下に立派な髭を生やしたお父様は、私に近寄ってきて命令する。
「ダリア、ラムラの代わりに、お前がロフェス王国の怪物王子に嫁ぐのだ。それから、嫁に行ったあともラムラは海賊に襲われたと言い続けろ。もし、真実を話したら……」
お父様は凶悪な顔をして、扉付近に立っているナナに目を向ける。
「あのメイドを一番に殺してやる」
お父様は本当に愚かだ。ナナが殺されたりなんかしたら、ロフェス王国が黙っているはずがない。
でも、殺されてからでは遅い。
……ナナが殺されてしまうなんて、絶対に駄目だ。
「可哀想な犠牲者が何人出るかはお前次第だ」
お父様は言いたいことだけ言うと、部屋から出ていった。
「……ダリア」
ロインが眉尻を下げて私に近づいてきたので、手を前に出して制止する。
「あなたと私の婚約は解消、もしくは破棄になるわ。だから近づかないで。そして、今すぐに私の部屋から出て行って!」
「ダリア、悪かった! こんなつもりじゃなかったんだ」
「お姉様とお幸せに!」
私はそう言って、ロインから顔を背けた。すると、舌打ちする音が聞こえ、ロインはまくし立てる。
「どうしてダリアはそんなに可愛げがないんだよ! 勝手にしろ! 怪物王子と結婚して不幸な生活を送ればいい!」
「他国の王太子殿下なのよ!? 怪物王子だなんて、あなたまでそんな失礼なことを言わないで!」
「皆からそう言われているんだ! 怪物なんて可愛げのないダリアにお似合いだよ!」
ロインは言いたいことを言い終えると、部屋から出ていった。部屋の中は一気に静まり返り、気を抜いたからかこらえていた涙が溢れて止まらなくなる。
「どうして……、どうしてみんな、私を裏切るの? 私はどうすれば良かったの?」
「……ダリア様。あなたは悪くありません」
ナナが近づいてきて、優しい言葉をかけてくれた。
「ナナ、あなたまで巻き込んでしまった。本当に……っ、本当にごめんなさいっ」
「私が殺されることは絶対にありませんから、ご安心ください。この事件に関わった悪意ある全ての人物に、必ず罰が当たることでしょう」
「……どういうこと?」
尋ねても、ナナは私の背中を撫でるだけで、答えを教えてはくれなかった。




