23 姉を婚約者に選んだ理由 ①
ロフェス王国の王城に住み始めて約三十日が過ぎた頃、私の元に手紙が二通届いた。
一通目の差出人は姉からで、私とイディス様が婚約披露パーティーを行う前に、どうしても会いたいという内容だった。
検閲を恐れてか、詳しい内容は書かれていないが、イディス様と私の結婚をどうにか阻止したいのではないかと思う。
もしくは彼女の王国内での評判はかなり悪いから、全部私のせいにして自分の信用を復活させたいとでも言ってくるのだろうか。
純粋な心を持つ人以外は信じないと思うけれど――。
「会うつもりなの?」
尋ねてきたイディス様の表情は、どこか心配そうだ。
一度、死を選ぼうとした人間だから、不安にさせてしまうんでしょうね。
「会うつもりはないのですが、婚約披露パーティーとなると、父と姉が出席したいと言えば呼ばざるを得ないかと思いまして……」
母は自供しているから、ロフェス王国に来るどころか留置所から出ることもできない。姉たちは監視下に置かれていることは確かだが、行き先を明確にして騎士団と行動を共にするならば動くことは可能だ。
「一応、僕にとっては義理の家族になる人たちだけど、無理に呼ばなくても良いと思うけどな」
「私もできれば呼びたくありません。でも、どうせ押しかけてきそうな感じがするんです」
私はもう一通の手紙をイディス様に差し出した。
差出人は私の父だ。
手紙に書かれていたのは、見事なまでに手のひらを返した内容だった。
『お前に冷たくしたことを悔やんでいる。仲直りがしたい。元々は、私に浮気を疑われるお前の母親が悪いんだ。何の罪もないお前に当たってしまったことを本当に悪いと思っている。直接会って謝らせてほしい』
などと書かれており、ロフェス王国の国王陛下には『娘の晴れ舞台である婚約披露パーティーにはぜひとも出席したい』と手紙を送っているそうだ。
手紙を読んだイディス様が尋ねてくる。
「本当に謝ると思う? というか、反省してると思う?」
「いいえ。どうせ、自分たちの立場を良くするために、自分と姉を庇うような発言をするように命令するつもりだと思います」
「その可能性が高いだろうね」
イディス様は頷いたあと、悲しげな表情で話題を変える。
「……嫌な話をしてもいいかな」
「なんでしょうか」
嫌な話は聞きたくないけれど、どんな話なのか知りたいという好奇心が勝った。イディス様は少し躊躇してから話し始める。
「君の元婚約者から僕宛に連絡がきたんだ」
「……イディス様に? どんな話なのでしょうか」
「直接的な言葉ではないんだけど、元婚約者の彼は、ダリアを傷つけたことを後悔していて、この気持ちを味わった自分ならダリアを絶対に幸せにできる。って書いてきた」
「人を不幸な気持ちにさせておいて、まだそんなことを言っているんですか!? しかも、イディス様にそんな話をするだなんて!」
声を荒らげると、イディス様は苦笑する。
「今も言ったけど、直接的な言葉ではないんだ。僕にはできないと言っているわけではなくて、ゼラス卿なら……といった感じかな」
「……ロインは姉と関係を持ったことに対して、本当に罪悪感がないのですね」
姉の純潔を奪ったことについては、王命だったということで、百歩譲って納得せざるを得ないかもしれない。
でも、ナナから聞いた話では、深夜から早朝まで嬌声が聞こえていたというから、数時間も行為を続けていたということになる。そこまでくれば、私にとっては裏切り行為だ。
そんな人とどうしたら幸せになれるって言うの!?
「そうだね。彼の中では命令した国王が悪い。自分を誘惑したラムラ王女が悪いという感じなんだろう」
「その二人も悪いです。でも、私に対しての罪悪感がないなんて酷すぎます」
こんな様子なら、いつかは浮気されることが目に見えてわかる。イディス様よりも自分のほうが私を幸せにできるだなんて、自分自身をわかっていない証拠だ。
「ダリアはどう思う?」
「どう思うとは?」
「僕は君を幸せにするつもりだよ。だけど、彼は僕にはできないと思ってる。えっと、その、彼の言うことはどうでも良いんだ。知りたいのは君の気持ちなんだ」
ロインは私の性格をよくわかっている。そんな彼が手紙に書いてきたのだから、私が我慢していると思ったのかしら。
隣に座っているイディス様の手に、両手を重ねて宣言する。
「私はゼラス卿とよりを戻したいとは思いません。イディス様と結婚することが私の幸せです」
「……ありがとう」
イディス様は私の両手を優しく握って微笑んだ。
心の傷が癒えたわけではない。でも、前に踏み出すことができたのはイディス様のおかげだ。
「こちらこそありがとうございます」
救いの手を差し伸べてくれて、本当に嬉しかったです。
口に出そうとしたら涙が出そうになったので、歯を食いしばるとイディス様が声を上げて笑う。
「ダリアはまだ泣き虫のままだね」
「これでも我慢できるようになってきてるんです!」
涙が引っ込み、笑いながら言い返すと、国王陛下自らが私の部屋に訪ねて来た。
「突然悪いな。ユーザス王国の国王の悪事を暴くために、お前たちの婚約披露パーティーの前日に、前夜祭として各国の宰相もしくは王族、そして彼らを招待する。それで良いな?」
「「承知いたしました」」
イディス様と私が声を揃えると、国王陛下はイディス様に促す。
「ダリアにはどうして二年前に婚約の話が出たのか、先に話しておいてやれ」
「わかりました」
イディス様が頷くと、国王陛下は笑顔になって去っていった。
あんなに嬉しそうな国王陛下の笑顔を見るのは初めてだわ。
……そういえば、ロフェス王国が婚約者をユーザス王国から選ぼうとした理由は何だったんだろう。
姉が評判の美女だからだと思い込んでいたけれど、実際は違うのかしら。




