14 自分勝手な王女と拒否する王太子
お父様が去っていったあと、エントランスホール内は一気に静まり返った。お姉様の侍女たちは真っ青な顔をして立ち尽くしているし、お母様もお父様を追いかけるべきか、ここに留まるべきなのか、判断に困ったような顔をしている。
沈黙を破ったのは、口を固く結んでいたお姉様だった。
「……イディス殿下、お願いがあります。ダリアと話をさせてくれませんか」
「別れの挨拶は終わったのではないのですか?」
「離れ離れになってしまうのです。名残惜しくてもおかしくないでしょう? この日が来るまでに話もしましたが、私とダリア、そしてお母様の三人で改めて話がしたいのです」
お姉様は目を潤ませて懇願した。イディス様は大きなため息を吐いたあと、無言で私を見つめる。
私の好きなようにすれば良いということなのだと察し、首を横に振る。
「お姉様と話すことはもうありません」
「そうか。なら」
「あなたが話すのではありません。ラムラが話したいと言っているんです」
割って入ってきたお母様の強い口調に、イディス様とお兄様が反応して眉根を寄せた。二人が口を開く前にお姉様が行動に出る。
「お願いよ、ダリア。私の話を聞いてほしいの」
そう言うと、お姉様は膝を付き、カーペットに額を付けた。
これは卑怯だわ。多くのメイドや兵士が見ている前でお姉様のお願いを断れば、私は性格の悪い人間だと思われてしまう。
――そうだわ。
これ以上嫌われたくないと怯える日々は終わったのよ。
今の私には、両親からの愛もお姉様の優しさも必要ないものだ。
「お姉様、頭を上げてください」
「……ありがとう、ダリア。場所を変えて話しましょう」
お母様の手を借りて立ち上がったお姉様は、儚げな笑みを浮かべて私を促してきた。近くにいた兵士は、お姉様の表情にうっとりしている。
お姉様の顔が好みなのかはわからないが、城の入り口を守る兵士がこんな様子ではどうかと思うわ。
そんなことを考えたあと、目の前のお姉様に意識を戻す。
「お姉様、申し訳ございませんが、私はもうここを発ちたいのです。どうしてもとおっしゃるなら手紙を送ってください」
「待って! ちゃんと顔を見て話がしたいのよ!」
「でしたら、今この場で手短にお話しください」
「……っ、わかったわ。だけど、イディス殿下たちに話を聞かれたくないの」
イディス様とお兄様は顔を見合わせると、無言で私たちから距離を取った。ナナや兵士、メイドたちも同じように離れると、お姉様は小声で話し始める。
「ダリア、あなたにロインを返すわ。だから、私にイディス様を譲ってちょうだい」
「別にロインを返してもらわなくて結構です。それから、イディス様を譲るなんて無理です」
「イディス様はとてもお優しい方に見えるわ。あなたがお願いしたら、きっと私との結婚を望んでくださるはずよ」
私の手を取って訴えるお姉様を見て思う。
どこからこんな自信が溢れてくるのだろう。
そんなことが許されると本気で思っているところも謎だわ。それに、さっき一筆書いたことを忘れてしまっているみたい。
「話は終わったかな?」
「はい!」
イディス様からの問いかけに、お姉様は元気よく返事をすると、私の手を離し、躊躇う様子もなく宣言する。
「混乱させてしまって申し訳ございませんでした。イディス殿下、私があなたの元に嫁ぎます!」
「……は?」
イディス様が呆れた顔で聞き返した。お兄様は眼鏡のブリッジ部分を押さえてため息を吐いている。
それはそうなるわよね。
お姉様は自分の胸に手を当てて訴える。
「あなたの妻にふさわしいのは私です」
「忘れてしまっているようですが、あなたは僕と結婚したくないと言っていましたし、復縁を求めないという書類にもサインしていましたよ」
「あ、あれはイディス様が意地悪をするからですわ。無効だと思います」
「意地悪なんかではありません。契約を交わした以上、守るのは当たり前のことでしょう」
「契約を破棄すれば良いのです」
「……いい加減にしてくれないかな」
イディス様の声のトーンが低くなり、温和だった表情が冷たいものに変わった。
口調も敬語ではなくなっている。
「はっきり言わせてもらうが、一度結んだ契約を簡単に破棄しようとする人と結婚なんてしたくない。だから、僕が君と結婚するなんてあり得ない」
「そんな……っ」
お姉様の笑顔は一瞬にして消え去り、目に涙がたまっていった。




