13 ふたりの王太子
お兄様の話を引き継いだイディス様が言うには、海賊は何者かからお姉様を襲ったという嘘の証言をしろと頼まれたと答え、騎士団にはその海賊を捕まえて世間には処分したと発表し、裏で逃がすように指示をされていたとのことだった。
彼らがすんなり吐いたのは、ロフェス王国を敵に回したくないからでしょう。
お父様たちにしてみれば、お金で解決できる問題だったはずなのに、ロフェス王国が関与したから段取りが上手くいかなくなったといったところかしら。
「海賊の言うことなど信じてはならん!」
お父様が叫ぶと、イディス殿下はわざとらしく首を傾げる。
「その言い方ですと、海賊がラムラ様を襲ったという罪を認めたことも信じてはならないことになるのでは?」
「そ、そういう意味ではなく……」
「今はユーザス王国に協力している形になりますので、捜査権をロフェス王国側に移してもらう手続きをリックス殿下にお願いしているところです」
「な、なんだと!?」
抗議の声を上げたお父様にお兄様が答える。
「海賊が相手ですから、ロフェス王国にお願いしたほうが良いと思うのです。姉上に酷いことをした犯人を捕まえるためなら、使える手札は全て使うべきです。違いますか?」
「そうかもしれないが……」
お父様は悔しそうな顔をして、無言でお兄様を睨みつけた。
お兄様とイディス様は息の合った良いコンビみたい。見ていて、とても頼もしく感じた。
「捜査権がこちらに移り、犯人がわかればすぐに連絡いたします。それから、ラムラ様の侍女やメイドは変更したほうがよろしいかと」
「侍女やメイド?」
お父様が聞き返すと、イディス様は眉尻を下げる。
「主人が襲われた場合、一般的な侍女たちは自分の身を犠牲にしてでも主人を守ろうとするでしょう。侍女たちに何の被害がなかったのは良いことですが、助けを呼ばなかったことに疑問が残ります」
「ど、どういうことですか」
今度はお姉さまがイディス様に尋ねた。焦った顔になっているのは、味方である侍女やメイドが知らない誰かに代わってしまうのが嫌なんでしょう。
「怖くて逃げ出したと言うのであれば仕方のないことだと思います。でも、助けを呼ばないのはおかしいでしょう」
「そう言われてみればそうですね。彼女たちからは自分たちが捕まっていたという証言は聞いていませんし、助けを呼びに行かないのはおかしいです」
イディス様の言葉に頷いたお兄様は、お姉様の侍女たちに目を向けた。彼女たちは真っ青な顔で何か言おうと口を開けたり閉じたりしている。
真実を伝えるか、それともお父様が助けてくれるのを待つか迷っているというところかしら。本当のことを言いたくても、お父様が目の前にいれば話すことなんてできないわよね。
お姉様の護衛はさすがに、海賊にやられた傷が深く、療養しているという設定で城に来ていない。だから、イディス様はそこには触れなかったのでしょう。
「侍女たちの件は、他国の人間が口を出すものでもないでしょうから、リックス殿下にお任せします」
「ありがとうございます」
「そうだ。ダリア、君はリックス殿下に話しておきたいことがあるんだよね?」
「は、はい! あの、お兄様にお願したいことがあるのです!」
私がお兄様に近づいた時、お父様が叫ぶ。
「ダリア! 余計なことを言うなよ! 言えば、どうなるかわかっているだろうな!」
「……っ」
そうだ。お父様の前で話すべき話じゃない。私が口をつぐむと、イディス様が優しく背中を撫でてくれる。
「そうか。配慮が足りなくてごめんね」
イディス様は私がお兄様に何を言おうとしていたか察してくれたらしく、私の耳元で囁くと、お兄様に話しかけた。
「そういえばリックス殿下、あなたにお願いしたいことがあるのです」
「どのようなことでしょうか」
「お預かりいただいていたナナですが、ダリアのメイドとして勤めていたようですので、この機会にロフェス王国に連れて帰ろうと思います」
「かまいませんよ」
「お、おい、リックス!」
焦るお父様を、お兄様は不思議そうな顔をして見つめる。
「ナナをどのように扱うかは、父上が私に一任してくださったはずです。何か問題がありますか?」
「い、いや、その、お前に一任はしたが、勝手に決めるのは」
「父上に一任してもらえたので、私の判断で決めているのですが?」
「リックス! お前!」
明らかに馬鹿にされているとわかったのか、お父様は怒りで顔を真っ赤にしてお兄様を睨みつけた。
すると、イディス様はお父様に顔を向ける。
「では、陛下に頼むことにしましょう。ナナを連れて帰ります。問題はないですよね?」
「え? あ……、ああ、元々は、そちらから押し付けられたものだからな」
「ありがとうございます。それから、ダリアに付いてくれていたメイドや護衛の件ですが」
「やらん! やらんぞ! 奴らはユーザス王国の国民だからな!」
「承知しています」
取り乱すお父様に対し、イディス様は余裕の笑みを浮かべて頷く。
「ダリアに良くしてくれたようなので、僕から褒賞金を出したいのです。それまでは退職しないように伝えてもらえますか。もし、どうしてもという場合は、こちらに先に連絡をください」
イディス様の話を聞いて、私に優しくしてくれていたメイドたちは恐れ多いのか、困惑の表情を浮かべたけれど、お姉様のメイドたちは羨ましそうな顔になった。
「どうしてそんな面倒なことをしなければならないんだ!」
メイドたちを人質として使えなくなることに気がついたお父様が拒否したけれど、お兄様が手を挙げる。
「父が嫌がっていますので、私が連絡役になりましょう」
「助かります」
「勝手な真似をするな! まったく不愉快だ!」
都合が悪くなったお父様は、そう叫ぶと、お姉様とお母様をこの場に残して去っていったのだった。




