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10  気がつかない姉

「ダリア様を迎えにきた者です。僕のことはお気になさらず」


 イディス様はにこりと微笑むと、お姉様から私に視線を移した。

 お姉様にしてみれば、イディス様の反応は予想外だったらしい。唖然としているお姉様に話しかける。


「お姉様、私にお別れを言いにきてくださったのですよね?」


 お姉様は我に返ったのか、イディス様から私に視線を移して頷く。


「そ、そうだけど」

「なら、この方のお名前を知る必要はありますか?」

「で、でも、イディス殿下にあなたをお願いすると伝えてもらわないと駄目なの! 大事な伝言を頼むのだから、相手が誰だか知っておいてもいいでしょう?」


 お姉様の表情は必死だった。このチャンスを逃すまいといった感じね。


 こんな様子のお姉様を見るのは初めてだし、お姉様に反応しない男性を見るのも初めてで、歴史的瞬間を見てしまった気がする。

 お姉様が狙った男性を自分の虜にできなかったのは、生まれてきて初めてのことでしょうから。

 イディス様がお姉様の外見の魅力に負けるような人ではなくて本当に良かった。


「僕が誰か、そんなに気になりますか?」

「ええ。ダリアのために知っておきたいんです」


 私のためなんかじゃないでしょう。


 よくもそんな嘘を平気でつけるものだと呆れていると、イディス様も同じことを考えたのか失笑する。 


「妹のために……ですか」

「ええ。私はダリアの幸せをいつも考えています」

「……こちらからいくつか質問しても良いでしょうか」

「かまいません」


 お姉様は頬を染め、柔らかな笑みを浮かべる。この笑顔で目の前にいる彼も、自分を好きになると信じている顔だ。

 けれど、イディス様はお姉様の笑顔には何の反応も示さずに尋ねる。

 

「あなたは結婚することに対して、どうお考えだったのですか?」

「……どうというのは?」

「悪い噂がある人間との結婚でした。断りたいと思ったことはないのですか?」

「悪い噂というのは、怪物王子という噂ですわね」


 お姉様は頷くと、イディス様に熱っぽい視線を送る。


「イディス殿下が私を求めてくださるお気持ちは嬉しかったのですが、私の隣にはもっと素敵な人が似合うと思うのです」

「あなたは元婚約者と会ったことはなかったですよね。悪い噂を信じているということですか?」

「ええ。素敵な外見なら、公の場に現れているはずです」

「えらく単純な思考なんですね」

「え?」 

 

 お姉様はきょとんとした顔で聞き返した。

 こんなことを人に言われたことはなかったでしょうし、仕方がないのかしら。

 私なんかお姉様の足元にも及ばないなんて思っていた時もあったけれど、今はそんな風には思えない。


「確認しますが、あなたがロフェス王国の王太子に嫁げなくなったのは海賊のせいだが、元々、王太子との結婚も乗り気ではなかったということで良いですね?」

「……はい。先ほども言いましたが、私にはもっと素敵な方がいるはずですから」

「あなたはロフェス王国の王太子と結婚したくないという認識で間違いないですね?」

「そうです!」


 お姉様が大きく頷いたのを見て、笑みが零れそうになった。そんな私を見てイディス様は微笑んだあと、先ほどから黙ってお姉様の背後に立っていたナナに目を向けた。

 ナナは頷くと、お姉様に話しかける。


「一筆書いていただいてもよろしいでしょうか」

「……いいけど」


 どうしてナナがそんなことを言うのかと、不思議そうな顔をしたお姉様だったが、深く考えないのが彼女だ。素直に首を縦に振った。


 ナナは応接室の棚の引き出しから、ペンと紙を取り出すとお姉様に差し出す。


「こちらに先ほどの発言や日付、名前をお書きください」

「ど、どんなふうに書けば良いの?」

「まずはお座りになってください」


 ナナはお姉様を私の向かい側に座らせて、必要事項を書かせていく。


「思った以上に多くの人に嫌われていたんだな」


 イディス様の呟きが聞こえて、私は正直な気持ちを伝える。


「私の場合は追い詰められていたから、あんなことを考えたんです。嫌だったからではありません」


 お姉様がいるので、詳しくは話せない。でも、イディス様は私の言おうとしていることをわかってくれたようだった。


「ありがとう」


 イディス様は微笑むと、強気な表情に戻る。


「で、どうせなら派手にやりたいんだけど」

「そうですね。場所を移動しましょう」


 小声で話し合ったところで、お姉様が署名を終えた。


 発言内容だけでなく、イディス殿下との婚約は解消されたので、今更、彼に復縁を求めるようなことは、何が起こってもしないということなどが明記されていた。


 内容や日付、署名を確認したイディス殿下は満面の笑みを浮かべる。


「これで、あなたと王太子の縁は完全に切れました。おめでとうございます」

「ありがとうございます!」


 満足げな様子のお姉様に、私が話しかける。


「お姉様、私はもうここを出るつもりです。話があるようでしたら、エントランスホールでしましょう」

「……わかったわ」


 お姉様はちらちらとイディス様に未練がましい視線を送りながらも応接室を出ていった。そんなお姉様を見て、ナナはため息を吐く。


「本当に何も考えていない女性ですね」

「純粋だという噂だよ。平気で嘘をつくけどね」


 呆れ顔のイディス様にナナが不機嫌そうな顔で言う。


「つかなくてもいい嘘をつく方を純粋とは言いません」

「それもそうか」


 イディス様は頷くと、私に目を向ける。


「ナナと一緒にここを出る準備を整えてくれ。僕はエントランスで待ってる」

「承知いたしました」


 お兄様も見送りには来てくれるはず。その時にお姉様にネタバラシをしましょうか。


 こんなに気分が高揚するのは初めてだ。私はナナと一緒に軽い足取りで応接室を出て、廊下にいるメイドに、イディス様をエントランスに案内するようにお願いした。

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