9 妹を推薦する姉
お兄様はお姉様を呼んでくると言って部屋を出ていった。
悪いことを企んでいるからか、胸がドキドキしてきたので胸を押さえる。
落ち着いていられなくて、ナナに話しかけようとした時、彼女の表情が暗いような気がしたので尋ねてみる。
「ナナ、どうかしたの?」
「……いえ。何もございません。お茶が冷めてしまいましたから、お淹れしますね」
笑顔で答えてくれたけれど、いつもと様子が違う気がする。
聞かれたくないのかもしれないし、これ以上は何も言わないでおこうかと思っていると、ナナがイディス様に話しかける。
「私の口からは言い出しにくいんです。イディス様から言ってください」
「どうしてだよ。言いたくないなら言わなきゃ良いだろう。ダリアは無理に聞く子じゃない」
「わかっています! ですが、隠し事をしているみたいで嫌なのです」
「……仕方がないなあ」
イディス様は私の耳元に口を持ってきて教えてくれる。
「ナナはリックス殿下が好きなんだよ」
「ええっ!?」
自分でも驚くくらいに大きな声を出してしまい、慌てて口を押さえると、ナナが恥ずかしそうに話す。
「話をしていくうちになんといいますか……、不器用な人だなと思いまして」
「……そうだったのね」
お兄様とナナが一緒にいる所を今まで見たことがなかったから、想像もしていなかった。
人が誰かを好きになる理由って、言葉で簡単に言い表せないものもあると思う。
ただ、惹かれてしまう。
そんな時もあるわよね。
「この3日間はリックス殿下の周りを、両陛下の手の者がうろついていたので、今回の出来事をお知らせするだけで精一杯で挨拶ができませんでした。ですから、今言わなければと思っていたのですが……」
「ロフェス王国の方が許してくれて、ナナがここに残りたいと思うなら残っても良いと思うわ。お兄様は事情を知っているから、ナナを守ってくれるはずよ」
お父様たちはお兄様が本当のことを知らないと思っているし、私が言わなければ、お兄様が本当のことを知りようもないと思って私を脅すことができた。
だけど、実際はそうではない。ナナや私に良くしてくれたメイドたちに危険が及びそうになるなら、お兄様が助けてくれるでしょうし、お兄様のことだもの。ナナたちを傷つけようとしたとして、お父様を退位に追い込むでしょう。
「私はダリア様に幸せになってほしいのです。話し相手は必要です。男性には伝えにくいこともあるでしょう。お願いですから、ダリア様のお側にいさせてください」
ナナは笑顔でそう言うと、廊下にいるメイド仲間にお湯を持ってきてもらうように頼むと言って応接室から出ていった。
その間にイディス様に話しかける。
「私は大丈夫だと言いたいんですけど、きっと信じてもらえませんよね」
「君と一緒にいたいと決めたのはナナだよ。君が嫌じゃなければ好きなようにさせたら良いんじゃないかな。それにダリアがロフェス王国での生活に慣れる頃には、リックス殿下は国王になっているかもしれない。ナナの気持ちに応えるには難しいかもしれないね」
お兄様はナナのことをどう思っているのかしら。婚約者もいないし、好きな人がいるとも思えない。お兄様も自分や国のことで精一杯だから、女性に興味がないイメージだわ。
ナナが傷つくかもしれないと思うと、なんとも言えない気持ちになる。
コンコンと扉が叩く音が聞こえて、ナナが戻ってきたと同時に、お姉様がやってきたと知らされた。
イディス様が顔を隠してからお姉様に中に入ってもらうと、お姉様は扉の前に立ち、目を潤ませて話し始める。
「ダリア、お父様もお母様もあなたにお別れをしないと言うから、私だけでもさよならを言いに来たの」
「ありがとうございます。お姉様とは二度と会いたくないと思っていましたが、さよならできるのなら挨拶しなければと思っていました」
お姉様はナナとお兄様や、イディス殿下が繋がっていることを知らない。だから、ロインとお幸せにと口にするのはやめておいた。
「ダリア……、私のせいで本当にごめんなさい。絶対に幸せになってね」
「はい。お姉様の代わりに幸せになろうと思います」
「こんな私を許してくれるなんて、やっぱりダリアは優しいわ」
許すとは言っていない。何でも都合の良いように考えられるお姉様が少し羨ましいわ。
お姉様は自分が幸せになれば、みんなも幸せになると信じている、純粋な心の持ち主だ。だけどそれは、思いやりが欠けた行為をもやむを得ないことにしてしまう。
大勢が幸せになるのなら、少数の不幸は目をつぶって見ないふりをするのが、お姉様のいつものパターン。
イディス様のことを怪物だと決めつけ、本人に会ってどんな人かを確かめようとしなかったのは、お姉様のミスだ。
……まあ、私もイディス様と会う前に死んでしまおうかと考えたから、人のことを言えないところもあるんだけど。
「お姉様は海賊に襲われたのでしょう? 許す許さないの話ではありませんわね」
「そ……そうね。私は可哀想だもの」
頷いたお姉様は、涙をポロポロと流しながらイディス様に訴えかける。
「使者の方、ダリアは私の代わりと言われていますが、私なんかより、とても良い子なのです。大事にしてあげてほしいと、イディス様にお伝え願えますか?」
「ええ。承知しました」
お姉様にはまだイディス様の顔は見えていない。どのタイミングで素顔を見せるのかと思っていると、イディス様がお姉様に話しかける。
「あなたの元婚約者は、あなたが襲われたと聞いて心配していたのですが、なんと伝えておいたら良いでしょうか」
「……そうですわね。本当に申し訳ないとしか言いようがないのですが、先ほど言いましたように、ダリアは私なんかよりも良い子なのです。穢れてしまった私は、イディス様の妻になる資格はありません。ダリアを幸せにしてあげてほしいとお伝え願えますか?」
さすがに嫁にいかなくて済んだとは言えないわよね。
イディス様はお姉様の答えを聞いて、私の耳元で囁く。
「正体を明かすのは別れ際にするよ。それから君の望み通り、惚れさせられなかったらごめんね」
「大丈夫です」
お姉様の好みじゃなかったとしても、怪物王子じゃなかったとわかれば、絶対にお姉様は後悔するはず。
私が頷くと、イディス様はフードを取り、笑顔でお姉様に話しかける。
「承知しました。ダリア王女は必ず幸せな花嫁になりますから、ご心配なく」
「え……っ、あ、は、はい!」
元気な返事をしたお姉様は、目を見開いてイディス様を見つめた。
みるみるうちに、お姉様の白い頬はピンク色に染まり、口をだらしなくぽかんと開ける。
驚きでそうなってしまうわよね。気持ちはわかるわ。
「お姉様、どうかされましたか?」
「あ、あの、あなたはなんというお名前なのですか?」
私の問いかけは無視、ではなく、聞こえなかったのか、お姉様はうっとりした表情でイディス様に話しかけた。