恐るべきバーゲン団
「さあ、いらっしゃい!いらっしゃい!安いよ!いらっしゃい!」
時刻は、お昼過ぎで、ところは、東都百貨店の8階にあるエスカレーターの隣の、特設売り場である。そこでは、背の高い年配の男が、頭に赤いはちまきを巻いて、大きなワゴンに山積みにされた洋服を前に大声を張り上げている。
特売品だから、全品2割引である。
カラフルな上着やワンピース、下着類、果ては、ストッキングや靴下に至るまで、全ての商品が大安売りだ。
そこへである。10名ほどの、エプロン姿の年配の顔つきの悪い主婦たちが、群れをなして、その特売場まで、ズタズタと足を踏み鳴らしてやって来た。
「あら、こんなところで、特売、やってるわよ、ちょっと見ていきましょうよ」
「本当ね。大安売りって、書いてるわ。これなら、お得な商品、購入できるかもね?ちょっと見ましょう」
あっという間に、ワゴンの周りは、彼ら屈強な主婦連で、完全に包囲された。その、あまりの猛烈な勢いに押された店員が、ちょっと後ろに身を引いた。しかし、それを彼女たちは決して見逃さなかった。彼を背後から、グイグイと押し出して、彼女たちの包囲網の中に、押し込んでしまう。
「あ、あの、お客さん、慌てないで下さいよ。商品なら、たくさん御座いますので」
そう言いながらも、彼は内心で、この連中、なかなかに手強いぞ、と考えていた。すると、それを見透かしたように、ひとりの主婦が、
「あら、店員さん、あたしたちが怖いのかしら、ホホホホ」
と、嬉しそうに笑っている。
「でもさあ、このデニムパンツ、ちょっと派手じゃない?デザインも悪いしさあ?」
「ああ、その商品でしたらー」
すると、別の主婦が、下着のパンティーの裾をグイグイと伸ばしながら、
「ちょっと、これ、サイズ、大きいわよね?感じ悪い」
「あのお客さん、そう言われましても、........................」
「ちょっと、ちょっと、このTシャツ、柄が品悪いと思わない?着れたものじゃないわよ、ひどい」
「あの、お客さんー」
「失礼だけど、店員さん?あなた、お歳は?」
「私ですか?今年、43になりますが、何か?」
「じゃあ、この仕事やって、長いんでしょ?もっと、商品に責任、持ってよ!駄目じゃないの」
「あの、そう申されましても」
その時である。ひとりの主婦が、手に隠し持ったカッターナイフで、手にしたスカートの裾を、スッと切って、それを店員に示すと、
「何よ、これ。切れてるわよ。この店、こんな不良品を売りつけてる訳?馬鹿にしてる!」
「お客様、決して、そんなことはー」
その主婦は、特設売り場から、振り向いて、周囲にいる客たちに向かって、
「ねえ、ねえ、ここの売り場、不良品を売り付けてるわよ!気をつけてね!」
店員は、あわてて、
「あのお客さん、そんな人聞きの悪いことは、出来ましたら」
「じゃあ、値下げしてくれる?」
「え、ええ?そう申されましても」
また、先ほどの主婦が、隠したカッターナイフで、ブラジャーの中央を切った。それを、店員に出して示すと、
「ほら、またじゃない?このブラジャー、切れてるわよ!」
と、周りの客たちに聞こえよがしに、大声で叫ぶ。
「まったく、弱ったなあ、...........」
「ねえ、店員さん、あんた男でしょ?キンタマついてんでしょ?だっだら、男らしく、思い切って、全品、半額セールといきなさいよ!駄目じゃないの!」
「今日は、厄日だな?.................、分かりましたよ、全品半額にしますよ」
すると、それを聞いた主婦が、8階にいる客たちに向かって、
「ちょっと聞いたー!ここの商品、全品、半額から7割引で販売よ!寄ってって!安いわよ!」
「こりゃ、参ったな.....................」
たちまちに、特設売り場は、溢れんばかりの客たちで、ごった返し、皆、商品を奪い合っている。その中を、例の悪烈バーゲン団は、堂々と、3割で商品を買い占めて、皆、ニコニコ顔で、バーゲン会場を去っていくのであった....................。