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思い出を開く





「つーかおばさんの話しよーって、おじさんいーんか。かわいそ」

「違うって。あやとはそこまで関わりなかったかなと思って」

「まーおばさんに比べりゃそーだけど。言っても家族ぐるみのイベントとかあっただろ」

「じゃあ、お父さんの話も」

「見てますかおじさん。りょーはしっかり育ってます」

「やめてよ」


 すっかり緩んだ空気の中、僕らはだらけた姿勢で話を始めた。思い出話とはいっても取り留めもなく、ただ思いついたままを口にする。


 慣れ親しんだ空気。女の子らしい香りも、可愛らしい容姿も仕草も、部屋に見えるちょっとした小物なんかも。まるで沙織の部屋に行った時とは違って、それが僕らを姉弟であると強く認識させてくれる。真っ直ぐ顔を見ても緊張なんかしないし、ましてやドキドキなんて。


 でも、笑顔を見て嬉しくなるのは同じ。


「おじさん真面目そーに見えてめっちゃ人前でイチャついてたよな」

「あったねぇ。というか、お母さんからだけど」

「おばさんはまーやりそーだもんな。子どもの頃は羨ましがってた気がするわ」

「今でもちょっと憧れるけどな」

「そーかぁ?」


 少女漫画に憧れを抱きつつも、変なところで慎ましい義姉に笑みがこぼれる。


 僕がそうなるところは想像できないけれど、それでも、頭に浮かぶのは沙織の顔。考えてみれば、少しだけお母さんに似たところがある――ような、気がする。


 明るいところ、好奇心と行動力に溢れてるところ、それなのにどこまでも一途なところ。


 そんなお母さんのちょっとした戯れを、楽しそうに受け入れていた大人しいお父さん。その関係性に、ちょっと思うところがないわけじゃないけれど。


「季節ごとの定番イベントは大体家族ぐるみだったなー。春は花見、夏はプールにバーベキュー、秋は飛ばして冬はスキースノボ」

「その時ばかりはお母さん、むしろ義父さんと仲良くなってたよね」

「あったなー。おじさんもおかーも、テンション上げてるとこあんま想像できねーし」


 そんな風に凸凹な夫婦だった彼らは、それでもそういうイベントには欠かさず参加した。幼い僕も自然にそれに混ざって、成長したら自然にそうなる(・・・・)ものだとすら思っていた。


 人間関係っていうのはけれど、思った以上に大変で。ああいう賑やかで楽しい集まりは、それなりの努力をもって成立しているのだと理解できるようになった。


 それでも、自然とそうなる――と、そう思えていた時代の幸福も、また忘れがたいもので。


 マグカップを傾けたあやが、コーヒーをすする。疎遠になっていた時も、時折僕が淹れたコーヒーを飲んでくれていた。それはお母さんの話題を避け続けていた彼女にとって、おそらく数少ないお母さんとの接点。


 思うところがあるやらないやら、マグカップをテーブルに置き直したあやに、表情の変化は見られない。


 バイトを始めたのが高校に入ってから。初めて豆を買って家で淹れた時、あやはどんな気持ちだっただろう?


「おいしい?」

「おー」


 あやもそう、お母さんに「試しに」と飲まされて、その苦さに涙目になってたっけ。僕と同じように、一口で投げ出してた。


 それを考えると、彼女はセルジュのコーヒーを覚えていないかも――


「飲めるもんだよな、あんな苦手だったのに」

「……そうだね」


 なんて杞憂を、あやは一言で晴らしてくれた。もちろんミルクも砂糖も、僕らの中じゃ一番多く入れてはいるけれど、自分の好きな飲み方をするのがいいってお母さんも言っていた。


「そういえばお父さんとお母さんのスマホにあった写真、クラウドからUSBに保存してあるけど、見る?」

「……んー、じゃあ、見てみるか」


 少しだけ迷う素振り。その意味を考えることもなく、僕は部屋に戻って勉強机の鍵付きの引き出しを開き、そのUSBを取り出した。その赤い表面をさらりと撫でて、少しだけ俯いて。


 これ、取り出すの、何年ぶりかな。あやがその話を避けてたように、僕もきっと、どこかで何かを避けていた。それを自覚させられる。


 かぶりを振ってあやの部屋に戻り、彼女のノートパソコンを借りてそれを差し込んだ。


 開いたフォルダには、たくさんの画像ファイル。動画も、文書も、そりゃあもうたくさんのファイルがそこにある。そこにあのハヤシライスのレシピがないことは確認済み、だけれど。なんとなく、探してしまう。


 あれこれと見ているうちにあやから「早く」と催促があって、僕は「アルバム」と銘打たれたフォルダを開き、一番最初の画像を画面いっぱいに映し出した。


 そこにいたのは、くしゃくしゃの顔をした赤ん坊を抱いてピースサインの、若いお母さんの姿。寄り添うようにお父さんも。


「これお前か。つーことは、別の病室にウチもいるってことだよな、たぶん」

「だろうね。二時間差があるから、もう少し落ち着いてきてるのかな。わかんないけど」

「二時間程度じゃなー。母子ともに数日入院、って感じらしいし」

「詳しいね」

「じょーしきだろ」


 常識知らずの僕は、お母さんの穏やかな笑顔に再び見入る。


 なんて優しい笑顔なんだろう。僕には出産の苦しみなんて理解できないけれど、その苦しみを微塵も感じさせないくらいの、柔らかな。


 僕は、黙って次の写真にスライドした。退院した僕が、お父さんの腕に抱かれて初めての自宅を前に泣いている。撮っているのは誰なんだろう、お母さんもその横で笑っていた。


 焼けてしまった、僕の生家。きれいなまま、僕らが入るのを待っている。


「ウチとはまだ会ってないんか」

「もう少し後じゃない?」

「会うまで飛ばそーぜ」

「ん。まぁ、見たくなったらいつでも見られるし」


 そうして、僕らは次々とアルバムをめくっていく。あやとの対面は十枚目で、僕ら二人がそろってベビーベッドに寝かされていた。


「なんか似てんな」

「だね。大人しい」

「写真だからなー」


 実際のところこの頃の僕らがどうだったか、それこそ義父さん義母さんにでも確認しなきゃわからない。でも、不思議と「仲が良さそうだな」と思える、そんな写真。


 僕らはそろって順調に育っていく。途中からぐるみも混ざってきて、家族ぐるみの写真がどんどん増える。


 一枚一枚、ちょっとした感想を言い合いながらめくっていくと、時間はあっという間に過ぎていった。枚数にして数千枚、とてもじゃないけれど一晩で見られる量じゃない。思い出したように飲むコーヒーがなくなったところで、また後日ということになった。


 USBを抜いてパソコンの電源を切ると、思わずため息がこぼれる。思った以上に集中していて、思った以上に疲れていたみたいだ。


 それはあやも同じで、後ろ手をついて余韻に浸っていた。


「なんか、大会前に見るもんじゃねーな」

「メンタルゴリゴリに削られるよね」

「はー、もーさっさと寝るべ」


 立ち上がるあやは、そのまま真っ直ぐベッドにダイブ。掛布団もかけずにうつぶせのまま、微動だにしない。


「……歯磨きしなよ」

「うるせー」

「風邪引くよ」

「布団かけろ」


 ため息一つ、僕はベッドサイドに立ってあやの下から掛布団を引きずり出して、その上に掛けた。ちょっとしたうめき声は、聞かないふりだ。


 遠慮のない物言い、遠慮のない扱い。あんなアルバムを見たせいか、ああ、家族だなぁ、なんて思ってしまう。もちろん今までずっとそうだったけど、尚更に。


 僕はうつぶせになったあやの背を一度撫でて、部屋を後に――


「あっ」


 しようとしたところで、がばっと布団を跳ね除けるように身体を起こしたあやに止められた。


 何事かと振り返る僕を余所に、あやは少し乱れた服も髪も、直すことなく小走りに部屋を出て行ってしまった。戸惑う僕は、それでも彼女を追いかける。


 階段を下りて玄関へ。サンダルに履き替えて庭に出ると、向かった先は倉庫だった。いつの間に持っていたのか鍵をガチャガチャと乱暴に外すと、あやは扉を両手で一気に開いた。


 四畳ほどのそこそこ広い倉庫には、たくさんのものが置いてある。工具だったり農具だったり、ちょっとした家電なんかも。その中に段ボールがいくつか積んであって、あやの目的はその中のどれかのようだった。


 何を探しているか見当もつかない僕は、ひとまず積んであった段ボールを庭に広げるところから手伝うことに。


 広げられた段ボールをごそごそと漁ること数分。思ったより早く、あやは目的にたどり着いたようだった。


 それはちょっとした大きさの収納ボックス。ふたのついたわら編みのバスケットのような。


 ひとまず片隅に置いてから段ボールを倉庫に戻すと、あやは大切そうに「それ」を抱えて家に戻っていく。それについて玄関に入れば、土間を上がったところに両親がそろって立っていた。


「……あら、懐かしい」


 あやの抱えた箱に、義母さんは覚えがあるようだ。そしてあやの頭を撫でると、優しく柔らかく微笑んで――「似てるな」と、僕はその笑顔に少し心を手放して。


「あとで中身、教えてね。いつか聞きたいって思ってたの」

「……うん」

「さ、お父さん、心配ないって」

「あぁ。俺にも、後でな」

「わかってるって」


 照れ臭いのか、うつむいたままおざなりな返事。それでも素直なあやが、なおも大切そうに抱えるその箱の中身――


 部屋で開けて、それを見て。


 僕は今が何時なのかも確認しないまま、迷惑とかも考えられないまま、スマホを取り出して電話をかけていた。




 

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