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強い人は大体行動力がすごい





 もやもやとしたまま迎えた翌日の午後二時。あやはぐるみと共に部活へ行き、義父は職場に顔を出しに、義母はリビングで家事に勤しんでいる。僕はキャンプの準備を終えて自室でくつろいでいた。


 階下から義母さんに呼ばれて、「沙織ちゃんよ」と外に顔を出してみれば――


 愕然とした。


「おはよー。さー、行くぞ!」


 張り切った様子で右手を高らかに挙げる沙織。朝日にさらされた肌は白く輝いて、いつもの濡れたような瞳も心なしか光に満ちている。


 いつも通りに可愛い沙織。でも、それは別に驚くことでも何でもない。僕が驚いたのは、その傍らに立つ「機械」。


 丸みを帯びたボディはクリーム色に輝いて、茶色のシートがしっとりと上品さを添える。丸いミラーと小さなスピードメーターは可愛らしくて、ボディとの調和がとれている。タイヤとマフラーは他のものと大差はないけれど、総じてみればその印象は「可愛い」の一言で。その可愛い機体の荷台には、大きな荷物がネットとロープで固定されている。


 これまたクリーム色の可愛いジェットヘルメットを小脇に抱えて、沙織が自慢げに笑った。


「どや」

「いやいやいやいやいや」


 あまりにもいきなりすぎて思考がついてこない。そりゃあ、どうやってキャンプ道具を運ぶんだろうとか、グランピングサイト予約してあるのかなとか、色々と考えてはいたけれど。


 まさか既に原付まで買ってるとは思わない。積まれた道具を見るに、これらも恐らく新品に近い。


 ぎょっとする僕の視線に、沙織は変わらぬドヤ顔だ。


「ほんとに一日で取れるんだね原付の免許。簡単だった」

「いやそうかもだけど。……えぇ」

「ドン引きすんなよー。貯金は結構あるんだよ、こないだの示談金も残ってたし」


 それにしたってだ。恐らくではあるけれど、総額三十万は超えている。当たり前の話ではあるけれど、数日のバイトで賄えるような金額では決してない。


 親に関して沙織は「びっくりはされても反対はされない」と言っていた。とはいえ、とはいえじゃないか?


「まー、テニスばっかやってた反動ってことさ。自分の金くらい好きにしろって、あのお父さんでさえ言ってたよ」

「はー……」


 あの(・・)お父さんっていうのがどういう意味なのかはわからないけど。とにかくこれまでわがまま一つ言わずテニスに打ち込んできた彼女が、これまでやってこなかったことを楽しみたいという気持ちはよくわかる。


 驚き、戸惑い、あるいは自分が引き込んでしまったが故の焦燥感。色々な感情を彼女の笑顔で消化して、僕も原付に荷物を積み込んでいく。


 二台並べて、ヘルメットを被って。


「なんかテンション上がってくるね」

「わかる。ツーリングに友達と行く感じ、わかるかも」

「初心者だからゆっくりねー」

「うん。じゃあ、僕先導ってことでいいのかな」

「頼んだ。道は大体わかるつもりだけど」


 そりゃあ、道路自体が少ないこの町だ。スクーターで通れる山道自体が限られる。キャンプ場はそれなりに多いけれど――


 乗り込んだ僕は、彼女も自分の原付に乗り込んだことを確認して、アクセルを回した。




 田舎住まいにはピンとこないけれど、山道をバイクで走るのは実はとても楽しいことだ。時折ミラーに見える沙織の顔が笑っているのが、遠目に見てもよくわかる。まぁ、そもそも初めて原付に乗った時は僕もあんな感じではあったけど。


 それを抜きにしても、やっぱり気持ちがいい。木々の隙間を抜けてきた風が程よく冷えて、走る僕らに吹き付ける。六月ともなれば多少気温も上がって、ヘルメットは少し蒸れるけれど。シールドを回り込むように入ってきた風が、それを吹き飛ばしてくれる。


 何しろ田舎。何しろ山道。すれ違う人も車も少なくて、気を遣うこともない。たまに動物や虫が飛び出して来たりはあるけれど。


 目的のキャンプ場にたどり着いてヘルメットを脱いだ沙織が、いつも以上に爽やかに笑った。


「めっちゃたのしー! 実はまだ一回しか乗ってないんだー」

「山道楽しいよね。グネグネしてたり」

「まじでそれー。私のテクすげーって気分になれる」


 じゃりじゃりと敷かれた砂利を踏みしめて、駐車場からすぐの管理棟に。僕は上のキャンプ場に泊まるという申告を、沙織はチェックインを。同意書、っていうものを初めて見た。


 ついでに薪を一束買って外へ出ると、原付を引いて予約したサイトに。


 小川が見える区画サイト。開かれた砂利のサイトで、木々に囲まれていて他のサイトはちらちらと見える程度だ。電源と簡易な水道、それからゴミ箱が置いてある。結構至れり尽くせり、ではあるけれど、初心者的にはどうだろう。


 沙織はサイト内と周りの風景を見回して、大きく息を吸う。大きく吐き出して、また吸う。


「きもちーねー」

「うん。僕、こっち来るの初めてだけど、川見えるのいいなぁ」

「ねー。さわさわ聞こえて気持ちいい」


 木々のざわめきも小川のせせらぎも、「さわさわ」の一言だ。本当に心地いい。


「さてじゃー、テント張ろう!」

「うん。とりあえず道具一式下ろしちゃおう」


 もちろん沙織の荷物だけ。どさりどさりと砂利に広げていくと、意外にも結構なボリュームだ。


「グラウンドシートを広げてペグ打ちからだね」

「おー。グラウンドシートグラウンドシート、これか」


 色々と器用な沙織は、僕が少しずつ手を貸しながらも順調に設営を進めていく。


 グラウンドシート、インナーテント、フライシートをどんどん広げてはペグを打つ。何度か外して地面を叩いていたのはご愛敬、「えへへ」とごまかすことさえ可愛らしい。


 聞けば、家で一度仮設営をして練習したとのこと。なるほど順調なはずだ。


 それでもいざキャンプ場に設営して、自然の中張られたテントを見ると、まるで別物だ。これは僕もよくわかる。


「はー、いいね!」


 白いインナーテントはすっかり隠れて、緑のフライシートが森の中によく映える。


 僕と同じ、「月明り」。なんだか感動する。


「あとはテーブルと椅子と、小物をぽいぽい」

「……なんか、確かに可愛いね」

「でしょー?」


 「SWAN」に一緒に行った時にはいまいちピンと来なかった、道具を「可愛い」という沙織の感性。広げていく道具を見るにつけ、丸みだったりカラーリングだったり、あるいはロゴそのものだったり。可愛いが見て取れる。


 全部見覚えがあるものだ。実際に沙織が手に取って眺めていたもの。……まるで、思い出をそこに広げているみたいな。


 あらかたの設営を終えて、沙織はどさりと椅子に腰かけた。僕の持っていたものと似たローチェアで、脚を伸ばすとこれがまた心地いいんだ。


 僕も自分の原付から椅子だけを持って隣に座った。


「キャンプ仲間って感じするねー」

「うん。なんかちょっと感動してる」

「あはは。ソロキャンばっかりなんだね」


 そりゃあもちろん、あややぐるみ、その家族とは何度もキャンプに行った。でもそれは家族のイベントで、「仲間」という感じはあまりしない。


 自分たちの力で、自分たちの責任で。手を貸したり手を借りたり、そういうのが嬉しい。楽しい。


「時間は……三時か。おやつにしよう」

「いいね。じゃあ僕コーヒー淹れるよ」

「頼んだ。見てろよ、とっておきのおやつを」


 メットインの中から取り出したコーヒーセット。キャンプという非日常、コーヒーという日常。大自然の中コーヒーを淹れるのは、なぜかいつもより楽しい。


 好奇心と行動力に溢れた沙織だけど、ここだけは「やりたい」と言ったことがない。言われたことがないのが、何より誇らしい。


 キャンプの楽しみの一つが「音」。籠らずどこまでも広がっていくのに、静けさの中で不思議と耳に響く。テーブルを叩く音、お湯の沸く音、注がれる音。風に紛れず、よく通る。


 沙織の鼻歌が聞こえる。いつもと違う音の楽しみ。ずっと聞いていたいくらいだ。


「はい、沙織の」

「ありがとー。うーん、いー香りー」


 ()とは違う、沙織が自分で買ったチタン製のマグカップだ。僕のとよく似てる。


 二つ並んだコーヒーと、小さな木皿に載せられた見覚えのあるフィナンシェ。


「千霧屋?」

「いえす。最強の組み合わせ」

「いいね。おいしそう」

「じゃあ、いただきまーす」

「いただきます」


 まずはコーヒーから。これはいつも通り、自慢の味と香りだ。それからフォークでフィナンシェを。


 苦みとコクの中、だからこそ甘みとバターの香りがよく映える。さすがにコンビニで買うものとはレベルが違うと、その香り一つでよくわかる。沙織が好きになるはずだ。


「最高。やっぱ、楽しく飲んだ方がおいしーねー」

「そりゃそうだ。夜飲むとまたおいしいし」

「景色はいいし、開放感がすごいし、食べても飲んでもいつもよりおいしい。これほんとに趣味になっちゃうかもなー」

「だったら嬉しいなぁ」


 自分の趣味を、沙織が気に入ってくれたら何よりだ。そんなに嬉しいことはない。晴れやかな笑顔に、思わず見入ってしまう。


 フィナンシェを食べコーヒーを飲み、ため息をつく。そんな何気ない動作が、ちょっとだけ色めいて見える。


 ゆっくりと時間をかけてカップと皿を空にした僕らは、だらりと椅子に身体を預けた。


「もうちょっと休んだら、綾人の方の設営いこっか」

「そうだね。荷物は大丈夫?」

「貴重品だけ持ってく。あとはまぁ、テントにぶち込んどけば大丈夫でしょ」


 少しばかり楽観的だけど、ここのキャンプ場は割とセキュリティがしっかりしている。少なくともこの有料キャンプ場においては事件が何一つ起きていないのが何よりの証拠だ。


 あの日車が通ったことに気付かなかったのも、車道から少し離れていることを考えればおかしくはない。


 だから僕らは必要な荷物を持って原付押し、駐車場まで――


 ――来たところで、意外な人物に遭遇した。


「げ」

「げってなに。というか、今日話すって言ったでしょ? 何キャンプ来てるの」

「いや、まぁ……逃げてきたというか」

「正直すぎるでしょ……沙織ってそんなんだった?」

「この町に来て本来の私が解放されたって感じだよね。自然の波動というか」

「まぁ、のびのびしてるなぁとは思うけど。それでいいのか」


 西機さん。恐らくは黒瀬家に行き先を聞いたであろう彼女は、僕らの前に立ちふさがって「逃がさない」と言わんばかりだ。



 ……というか、まだ話してなかったんだな、沙織。





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