やっぱり恋バナは定番
もそもそとベッドで上体を起こすあやとぐるみ。スマホを膝に置き、顔を上げる沙織。僕もスマホを勉強机に置いて、発言者であるあやの方に視線を向けた。
質問の対象は、聞かなくてもわかる。僕と沙織のことだろう。僕は沙織と目を見合わせて、逸らして、あやとぐるみを見た。逸らそうともせず、二人は僕の目を見ていた。
位置の問題もあるけど、どうやら僕が答えるノリらしい。
「付き合うとかじゃない、と思うけど」
「ほーん」
トーンとしては「何気なく」。そこに真剣な響きはなくて、ただ単純に気になったから、という感じだった。
実際、外から見ると変な関係だ。僕らは以前に接点はなくて、ちょっと危ないところを助けたというだけで、そこに少しの恩以上のものを感じる余地はない。それだって、お礼のフィナンシェで十分返してもらったと思っている。
けれど沙織はそれで終わるのを良しとせず、翌日からこれでもかと僕に構ってくれた。
そういう気質と言われればそれまで。じぃっと僕を見る目は、吸い込まれそうなくらいに深い黒をしている。
「沙織はどう思ってんの?」
「私もまだ、そういうんじゃないかなぁ」
含みのある言葉。あやの方は見ず、相変わらず僕を見ている。探っている?
「まー、こっちも別に二人の関係つっつきてーわけじゃねーけどさ」
「わかってるよ。二人の知らんとこで変に発展してるから、気になるんでしょ」
「……そーだな」
図星を突かれたあやは、ぐうの音も出ないと黙り込む。
もちろん沙織はその詮索に怒ってるわけじゃない。むしろ「現状」を知りたがっている、とさえ思う。だからつまり、僕も沙織も、自分の気持ちに整理ができていない。
これも当然想像だ。
「信用はしてる。約束は守るし、私とのこと、あっちこっちに話したりしないし」
「それは話す先ねーってだけだけどな」
「あや」
「その上で、だよ」
「沙織?」
僕の抗議はなかったことにされた。図星だから、そもそも抗議にもなってないんだけど。
信用している、という言葉は嬉しい。これまでの行動、言動の積み重ね。それが沙織の中にきちんと残っているようで。
今もって積極的に人と関わることはできていないけれど、人と話すことの楽しさを思い出した。まだまだ色々と考えることが多くて、スムーズとは言い難い。
「そういうあーやはどうなの?」
「ウチ? いねーなー」
強がりもなく気負いもなく、本当にその気はないという様子のあや。隠し事の気配すら読み取れないその様子に、沙織は「そっかぁ」と呟くだけ。
となれば次に矛先が向くのはぐるみ。いわゆる女の子座りをしたぐるみはそれを予見したのか、追及が始まる前に自分から話し始めた。
「わたしは初恋が終わってぇ、実はまだ上手く消化できてない……っていう感じかなぁ」
「あー、りょーのこと好きだったよな」
「そぉそぉ」
なんてことのない、自然な口調のまま飛び出した言葉に、脳みその中身を空にされてしまった。
え? 初恋? 好きだった? 僕を? なんで? 誰が?
空になったところを洪水のように埋め尽くす「?」に、身体が硬直する。
「あ、これわかってなかったな」
「ちっちゃかったししょうがないよ。わたしも隠してたしねぇ」
「ま、そりゃそうか」
「小さい頃は、もっと明るかったんでしょ?」
「そうだよぉ。お兄ちゃんみたいだったんだぁ」
言葉の意味を咀嚼できない。右から左へ流れ出ていく。
落ち着け。過去の話だ。彼女が言う通り、その「初恋」は終わっている。今はそんな気持ちはなくて、僕の混乱に意味はない。今更何を言ったところで、過去には戻れないんだ。
息を大きく吐いて、吐き切って、大きく吸ってまた吐き切る。
ようやく落ち着いたけれど、なんだか視界がチカチカする。あんまり大きな衝撃に、脳みそが揺さぶられたみたいだ。
「好きなまま、紡季さん死んじゃって、りょーちゃんはあんなになっちゃって……そのまま、わかんなくなっちゃったって感じ」
「そりゃりょーが悪ぃな」
「ごめん……」
「違うよぉ。あーやも変なこと言わないで」
「う、わり」
そりゃあ、ぐるみはそれを責めたりしないだろう。僕が落ち込んで、落ち込んだまま長いこと経って、立ち直るころにはすっかり変わってしまっていた。彼女にしてみれば「仕方のないこと」だったんだ。
でも、僕は一人の女の子の好意を無碍にした。今更ながらそんなことを知ると、なんというか、罪悪感は生まれてくる。
「ごめんねぇ、言わない方がいいかなぁ、とは思ったんだけど」
「ううん、全然。知れて嬉しい、かも」
それでも、あの頃のぐるみに好かれていたという事実は、素直に嬉しい。
けれど問題はそこから。迷子になったぐるみの恋心は、いったいどこへいってしまったのか。あるいはどうなってしまったのか。
「じゃあぐるみも綾人とあっちこっち遊んでみたら?」
「うぅん……大会が終わったら、考えてみよぅかなぁ」
「僕でよければ、いくらでも」
事情を聞けば協力するのはやぶさかじゃない。もう一度僕に好意を持ってほしいというわけじゃなくて、僕との関係を「きちんとして」、恋心とかそれに類するものを、リセットするために。
なんとなく気まずい雰囲気。膝を立てて腕を抱え込み、口元を埋めるぐるみは少しだけ恥ずかしそうに僕を見る。それが妙に可愛く見えて、僕はついと目を逸らした。
「ちょろいなこいつ」
「確かに」
あやと沙織の言葉にぎくりとして、けれど内心「確かに」と思ってしまう。
「んじゃ、まぁこの話は終わりってことで。悪ぃな、変な空気にしちゃって」
「いや、いい話ができたんじゃない? ねぇ、ぐるみ?」
「うん。ちょっとすっきり、かも」
「……なんか飲むか」
立ち上がろうとするあやを手で制し、僕は立ち上がってその役を請け負った。
なんとなく頭を落ち着かせたかったのが一つ。もう一つ、時間は時間だけど、彼女たちの飲みたいものの中に一人でも「コーヒー」があったのなら、僕が淹れたいと思ったから。
注文はコーヒーが三つ。僕のも加えて四つ。口元が緩むのを抑えもせず、「待ってて」と僕は部屋を後にした。
廊下を歩き、階段を降り、リビングからキッチンへ。
パジャマ姿ですっかりくつろぎムードの両親が、テーブルにお茶を並べて談笑していた。入ってきた僕に「楽しんでるか?」と優しい笑顔。「うん」と頷く僕に、「そうか」とまた嬉しそうに。
「コーヒー、淹れるね」
「寝る前だから、控えめにね」
「うん」
母さんの忠告通り、少し薄めにしておこう。
ミル、ポット、その他道具をガチャガチャと取り出して、床下から豆を取り出して。
いつも通りにコーヒーを淹れる。全部忘れて一心に、全力で、全霊で。ただそれだけに向き合って。
ちらりと見るキッチンの向こう側。両親が優しげにそんな僕を見ている。
「ぐるみが、昔僕のこと好きだって。知ってた?」
「えぇ、もちろん。懐かしいわねぇ」
もちろん、ときたもんだ。義父さんまで苦笑いでそれを肯定している。
よっぽどわかりやすかったんだろうなぁ。隠してたって本人は言ってたけど、傍目にそれがわかるくらいに。
今も昔も、恋愛とは縁遠いと思っていた僕だから、今もって実感は湧かないけれど。
湧いたお湯を、挽いた豆にゆっくり落としてく。泡立ちながら豆が膨らみ、そして沈んでいく。その様子をじっくり見て、香りを確かめながら。
ゆっくり育まれていくものを、その変化を見逃すと、台無しになるんだ。
ぐるみの告白を、なんとなくそれに重ねてしまう。
それなら今度こそ。今育まれつつあるものから決して目を逸らすことなく、僕はそれを大切にしていきたいと思う。
淹れたコーヒーが冷めないうちに、僕は両親に「じゃあ」と残して部屋に戻った。
「どういうことだよ!」
自室のドア前。聞こえてきたのは、あやの激昂だった。




