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4 小さな図書室、はじめの一歩

図書室を作ろう――。


そう決めた日から、私は本格的に“家の改装”に乗り出した。


といっても、大がかりな工事をするわけじゃない。

今あるものをできるだけ活かして、読み聞かせができる場所を整える。


家具を少し動かし、壁を拭き、窓を磨き、小さな絨毯を敷くだけで、雰囲気はがらりと変わった。


何より重要なのは、“本”だ。


前の住人が残した手帳類は知識の宝庫だけど、子どもが読むには難しい内容も多い。

もっと物語や民話のような、耳で聞いて楽しめる本があればいいのに

――そう思っていた矢先だった。


「ねえ、アオイさん。こんなの、どうかな?」


ミーナが両手いっぱいに抱えてきたのは、古びた布袋。

中から出てきたのは、年季の入った紙の束や、綴じられた冊子だった。


「これ、昔うちの祖父母が読んでた本なんだけど、もう誰も使ってなくて。捨てるのももったいないから、よかったら使って?」


ページをめくると、素朴な挿絵と、簡単な文で書かれた物語が並んでいた。動物が旅をしたり、空想の生き物が知恵を絞って問題を解決したり――。


「すごくいい……ありがとう、ミーナ!」


私はその日、一冊一冊をていねいに拭いて、手帳と並べて本棚に置いた。まだまだ量は少ないけれど、“図書室”の土台ができた気がした。


***


次の読み聞かせ会は、少しだけ工夫を加えてみた。


部屋の隅に手作りの“座るクッション”を置いて、物語のあとには感想を話す時間を作った。


「鳥の話、面白かった!」

「あの魔法、ぼくも使ってみたいな~」


子どもたちは思い思いに口を開く。

最初は静かだった子も、少しずつ話すようになり、まるで花がほころぶように表情が和らいでいく。


その様子を見ながら、私は心の中で“もうひとつの目標”を立てた。


 ――いつか、ここの本を自分で読めるようになってほしい。


文字が読めない子どもたちが、自分で本を開き、知識と出会い、想像の世界へ旅立てるように。


だから私は、読み聞かせだけじゃなく、少しずつ文字を教える時間も設けるようになった。

最初は「あ」「い」「う」から始めて、短い単語、簡単な文。

間違えてもいい、ゆっくりでいい。少しずつ、少しずつ。


***


 そんなある日。


「あの……これ、あたしが書いたの」


そう言って、一人の女の子が手作りのノートを差し出してきた。


中には、たどたどしい文字で綴られた小さな物語があった。

家の近くで出会った猫の話。見た夢の話。お母さんと作ったスープの味の話。


ページをめくるごとに、胸がいっぱいになった。


「すごい……。あなた、もう“書き手”なんだね」


女の子は、少し照れたように笑った。


“読む”ことは“聞く”ことの延長で、“書く”ことは“自分の思いを誰かに渡す”行為だ。

彼女は今、確かにその第一歩を踏み出した。


***


日が経つごとに、本棚は少しずつ賑やかになっていった。


古道具屋からもらった紙芝居。

誰かが置いていった謎の植物図鑑。

村のご婦人が口伝で語ってくれた昔話を書き留めた手記。

寄り添うように増えていく“知識”たち。


ある日、ミーナがふいにこんなことを言った。


「ねえ、アオイさん。“図書室”って名前、そろそろ決めてもいいんじゃない?」


私は少し考えて、子どもたちにも聞いてみた。

いろんな案が出たけれど、最終的に、ひとつの名前に決まった。


 《知恵のたね図書室》


「ここで聞いた話が、心に“たね”みたいに残って、いつか芽を出して、大きくなったらいいなって」


そう言ったのは、あの最初の女の子だった。


私はうなずいて、そっと言葉を返した。


「すてきな名前だね。きっと、誰かの未来を育てる場所になるよ」


そして、その言葉の通りに。


私たちの小さな図書室は、静かに、確かに――未来へと根を伸ばし始めていた。

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