人と神の一日模様
私が幼稚園にいたくらいの頃、おばあちゃんのお見舞いで大きな病院に行った。いつも通りに両親と一緒にお見舞いするはずだった。でも、病院に似合わないような黒いローブと大きな鎌が一瞬見えて、両親の静止を振り切って、走って、追い付いて、声を掛けた。驚いた様子だったけど、私を見てくれた。だから、貴方に会えた。
我ら死神は死した生物の魂を回収し、天の神の元に送る業務に従事している。魂がこの世に残存すれば、幽霊と呼ばれる存在と化し、この世に悪影響をもたらす。故に我ら死神は存在している。魂が輪廻から外れぬように。魂が幽霊となり暴走せぬように。本来、魂の回収を生業とする我らは生物から見えることは無い。死期が近付こうともだ。だというのに、何故だろうか。君には我が見えていた。
「おはよー」
「おはよう。今日の朝食はフレンチトーストだ」
「わーい、やったー!」
快活な声が家の中で木霊する。寝間着のままダイニングに来た高校生の少女は朝食のメニューに喜び、料理者は嬉しそうに皿に盛りつける。
「そういえば今日は参観日だったな」
「あー、参観日だね……参観日かぁ」
「そう落ち込まずとも、ユエには、今日は我がついている」
「毎日。でしょ?シニが他の人に見えないから、私だけ誰も親が来ていないことになるんだよねぇ」
「つまり彼氏自慢ができないと」
「えー?シニは彼氏気分?私は夫婦気分だけど?」
シニと呼ばれたそれは恥ずかしそうに顔を背け、切り離した手だけで皿を運び、テーブルの上に綺麗に置いた。
浮かぶ手。空中の皿。確実にこの世のものとは思えない光景だが、少女は気にせず椅子に座り、フレンチトーストに向き合う。
「いただきまーす」
市街地の一軒家。そこには住居者が1人と1神。高校一年生のユエと死神のシニ。今日も神のいる日常が幕を開ける。
「行ってきます。お父さん、お母さん」
立て掛けられた2枚の写真にそう言い、玄関の扉を越えて、ユエは朝日輝く外に歩き出す。
その背後に背後霊が如く無音でユエの背を追う死神、シニがユエと同じ速度で移動する。傍から見えれば不気味他ならないが、幸い死神は誰にも見えない。死神の声は誰にも聞こえない。結果ユエとシニの会話は周囲にはユエの独り言として扱われる。
「お父さんとお母さんにもう一度会いたいな」
「……やれないことは無い。ユエの願いなら、我が――」
「だーめ。私がシニから死神のこと聞いたの忘れちゃった?私がもし今死んで、天に行っても、私にはお父さんとお母さんに顔向けできないから。すぐ死んじゃったら、周りのみんなが悲しむし。あと、あれ独り言だから、真に受けないでよね」
「すまない」
「……私もごめんね。急に辛気臭くしちゃって」
ユエは両親のことを頭の片隅に追いやりいつも通りに戻ったが、シニはその呟きが記憶にこびりつき、ユエの為に自らの思考の世界に入って行った。
ユエは傍から見れば完全な独り言を呟きながら(シニは相槌を打っているだけなので半分ユエの独り言)いつも通りの通学路を進み、ユエの通う高校に到着した。
朝のホームルームが始まる数十分前。ユエが所属している陸上部の朝練の最中に、3階の教室から3人の男子生徒が顔を覗かせていた。
「やっぱユエさんってスタイル良くて皆んなに平等に優しくて元気で。正に完璧な快活美少女って感じだよなぁ」
「この前クラスメイトとから集計したら、ユエさんが彼女にしたいランキング1位だったしな。あー、好きだ」
「でも告白した奴らはことごとく落ちてるだろ?ユエさんは将来を誓った夫がいるって一点張りで……あぁ……」
「「「羨ましい」」」
その会話を同じ教室の窓から見下ろしていたシニは、その会話に何とも言えない微妙な顔になった。(注、頭蓋骨は動いてません)その噂、恐らくシニをユエが夫だと言っていたことへの愉悦感と、生徒達からの羨望と好意への同担拒否という面倒な感情の闇鍋である。
大鎌をキラリと光らせながら振り上げ、感情を発散させるように近くの机に叩き付け……られず物理法則を越えてすり抜けた。死神の大鎌は天に行くのを躊躇う魂を気絶させる為の物なので、それ以外の用途で使おうとすれば、完全な飾りに成り下がる。
人を刺すなら物理的に影響を及ぼせる包丁やナイフの方が圧倒的に良いだろう。勿論シニも分からないほど馬鹿ではない。彼がそうしないのは、ユエに怒られそうなのと、天の神の雷と同僚の嘲笑を買いそうだからである。それが無ければただの危険人物だ。
グラウンドでの朝練を終えたユエが校舎に向かって歩いていると、校舎から覗く視線に気付き、その方向に笑いかける。
男子生徒3人組はその笑いかけに舞い上がり、シニも内情は(可愛い好きだずっと一緒に←の嵐)ユエの賛美に酔いしれる。
ユエの朝練が終わった時間を皮切りに、続々と登校する生徒で教室が溢れ返り、もうすぐ今日のホームルームが始まる。
チャイムが鳴り響き、少し遅れて担任の先生が教室に足を踏み入れる。チャイムと共に静まった教室内では、ユエが机に突っ伏していた。
実は先程ユエが教室に入った時に、賛美の嵐がまだ継続していたシニから、愛の告発に等しい言葉が心の中から漏れてしまった。そしてそれを聞いたユエが頬を赤らめてしまい、他の人に悟られぬように机で隠していた。
「……るか……おーい、起きてるかー?」
「はっ!」
いつまでも声を掛けても机に突っ伏したままのユエに痺れを切らした担任が、ユエに近付き声を掛け、ユエが即座に飛び起きる。
「よし、それじゃあ出席番号……」
「はい!14番のユエです!」
「ならよし」
それに満足した担任が教壇に戻ると共に、クラスの生徒達の視線が自然と目の前の教壇に向かって行く。そしてユエは、今のことに対する羞恥心で、再び机に突っ伏した。
「……シニのせいだよ」
隣の席にいる生徒には聞こえないほどのか細いボヤきが、シニの心に突き刺さった。
ホームルームが終わり、1時間目の授業への準備時間が始まる。そしてそう時間は掛からず、学校内にチャイムが鳴り響く。
1時間目は現代文。ユエには苦手な部類の授業である。毎度文学系のテストでは赤点ギリギリであり、前日にシニが教師となって一夜漬けを行ってやっと赤点ギリギリである。ユエからしたら、机に突っ伏したくなるほど苦手だ。
しかし今は別の理由でユエは机に突っ伏したくなっていた。
シニが教室にいないのである。いつもはユエの授業に必ずおり、ユエの邪魔にならない範囲で授業を観察している。しかし、今はいない。その理由が先程の自身のボヤきがシニに聞こえてしまったことを察したことで、どうすれば良いのかという思考に浸りたいが故。
要はどんな顔をしてシニに会えば、である。
一方シニは、これ以上ないほど落ち込んでいた。登校の時からユエに失言ばかりしている己に嫌気がさし、ユエのいる教室の掃除用具入れの中で縮こまっていた。すぐそこにいるのに、すぐ側にはいない。
そして一方。ユエに急激な眠気が襲っていた。苦手な授業の前には、どんな思考も勝てずに眠気に呑まれてしまう。そのまま、夢の世界に沈んで行く。
◆◇◆◇
「と、止まってくれ!ユエ!病院内は走っちゃダメだ!」
懐かしい声が聞こえる。ここは、どこなんだろう。分からないけど、行き先は分かる。私は、黒い人に会おうとしてる。
「ねえ、あなたは?」
聞こえなかったのかな。なにも反応しなかった。
「ねえ、きこえてる?まっくろさん」
黒い人は一瞬止まった後、ぐるりと周囲を見回して、一周したらもう一回少し早く見回した。黒と呼べる者と物は、この場には目の前を除いて誰もいない。数瞬の間を置いて、驚いたように私を見た。
ドクロの頭と、大きな鎌。それだけで、私の興味は限界突破。知りたい知りたいって、心の底からそう思う。
「……み、見えるのか?我が」
「うん」
その質問に頷いたら、その人は硬直して頭を押さえて、そしてすぐにカチカチだった腕を力を抜いたようにぷらーんとさせて、私に視線を合わせた。
「もしやあれが本当に……よし、いいか?我は其方について行く。我に気付いてない振りをし続けてくれ。聞きたいことがあれば、後で場を改めていくらでも答えよう」
「わかった!」
「ユエ!ダメじゃ無いか急に何処かに行くのは。ほら、お婆ちゃんのお見舞いに行くよ」
お父さんがそう言って私の手を握った。私が周囲を見回す振りをしながら後ろを振り向くと、その人は静かに、そして誰も気付かず私の背後に付いて来た。
◆◇◆◇
「……ん」
ユエが寝惚けた瞼を開くと、丁度授業の終わりを知らせるチャイムが鳴り、1時間目の現代文の授業は終わりを告げた。
朧げに覚えているその夢が、シニと初めて会った時だと気付くのは、もう少し時間が経ってからであった。
2時間目の授業は体育。種目はバスケ。陸上部に入る程度には運動が好きなので、ユエはすぐに熱中し始める。
そしてユエに会いづらいので体育館の目立つ場所にいられない死神が1体。シニ自身、本気でユエに嫌われた訳では無いことは分かっている。自身に非があることは分かっている。しかし、会いずらいという気持ちが、シニの中を支配した。
だが会いずらくても、中にある感情と記憶に嘘はつけられないと、シニ自身がその会いずらい感情に烙印を押す。2時間目が終わった後の休み時間に、話そうと心にやっと決めた。それはそれとして、シニは現在ユエがバスケをしている真っ最中の体育館にいる。
体育館の舞台にある暗影に身を隠しながら、静かにユエを見続ける。元気に無邪気に、そんなユエを会ったばかりの子供のユエと重ね、シニの中にある記憶を思い返す。
◆◇◆◇
「あなたはだーれ?」
「我は死神だ。魂を回収する業務に従事している」
「?」
幼子に対して使うにしては言葉が難しいかったと反省しつつ、目の前の人間に視線を向ける。
上から下まで、見たところ完全に人間だ。幽霊でも同族でもない。混乱しそうだ。ただ我が見えるだけではない。この人間の、我に対する対応に混乱しそうだ。噂と違う。
可能性としては巫女があり得る。巫女、後ろに『女』という文字が付いているが、要は我々死神が見える者達の俗称だ。男女は関係無い。
極々稀に死神と同じ波長を持ち、死神を見ることができる人間が生まれる。生まれる要因としては、並外れた魂の強度。生物が死ぬと魂として死神が回収するが、その時の魂は死神に近い波長になる。その後輪廻を流れ転生すると、魂は前世の記憶を失い生物の波長に戻る。
本来数回転生したら魂は脆くなって自然消滅し、また新たな魂が生まれるのだが、稀に魂の強度が並外れて生まれることがある。そうなると数十回もの転生に耐え、死神に近い波長が魂に染み込み、生物であろうと死神や幽霊が見えてしまう。
同僚から聞いた噂話だが、巫女に関する話は厄介事しか聞いたことが無い。
多くの巫女は我等死神を死をもたらす者して敵視するか、異形の者が見えることの精神的にストレスで参り自殺し天に行くのを拒否して幽霊化するかの2択だが、この巫女は違うのだろうか。どちらにせよ、近くで観察した方が良さそうだ。
「しにがみ……シニってよんでいい?」
「シニか。それでは、我は其方をユエと呼んで良いか?其方の父親がそう呼んでいたが」
「うん、いいよ!」
◆◇◆◇
チャイムが鳴り響き、全力の運動でクラス内の試合で圧勝したユエが、良い笑顔で息を切らす。
シニはユエが女子更衣室に入る前に先回りして、ユエの荷物の上に封をした紙を置く。その紙にはシニが書いたことと、2時間目から3時間目までの少し長い自由時間の間に、西階段の屋上前の踊り場に来て欲しい(他者から見れば完全にラブレター)と記載してある。
場所を指定したのは、例えば廊下でシニが謝れば死神であるシニは誰にも見えず、ユエが突然表情を変え独り言を呟いているようにしか見えない。それとこういった場は、誰もいない方がユエの心へのストレスが減ると考えた結果。
「あ、これ……」
ユエがその紙を見つけ、封を取って中の文を読む。
「そ、それってラブレター?!」
「え、ホント?!え待って、ここに?!」
その紙を視界に捉えたクラスメイトの女子達がラブレターと決定付けて騒ぎ立て、この場が女子更衣室だと思い返した女子達が更に騒ぎ立てる。
「ラブレターじゃ無いよ。これ私のやつだから」
あらぬ噂が出始めそうなこの場をその二言で収め、この騒ぎは一瞬で静まり返る。勘違いと知った女子達は、「なーんだ」「面白くないな」などと好き勝手に言いながら、更衣室を出て行く。
そんな白けたこの場で、未だにユエはシニにどんな顔をして会えば良いのか、分からなかった。
西階段の1番上の踊り場で、小さく小さく黒い何かが縮こまっていた。シニである。先にこの場に来た彼だが、今更になって日和っていた。今のシニの心境だけを見れば優柔不断な奴である。
タッタッタッタッ、と軽快に鳴りつつも重い足音が西階段に鳴り響き、(ちなみに死神の聴力は人間の5倍)その重さに音の主を悟る。
「……そこにいるんだよね。シニ」
巫女故の察知能力があるのだろうか、というこの先に起こり得る展開とは全く関係ない思考で緊張を打ち消しつつ、シニが立ち上がる。その顔は(動かない骸骨の表情見分けは不可能)目の前にいたユエにしか分からなかったが、現実逃避しても抜けきれない緊張に支配されていた。(なぜ見分けられた……)
「すまなかった!我のせいでユエの気分を害してしまって……この通りだ。今日のことをすぐに許してくれとは言わない。だが、我のことを嫌いにはならないでくれ!」
数回程度の失言でそれほどの謝罪はオーバー気味かも知れないが、シニに取ってはこれくらいはしなければならないと思い、ユエに全力で謝罪した。そのシニの様子に、緊張で凝り固まっていた顔が砕けユエの口から笑いが溢れ出た。
その笑いに、全力で謝罪していたシニが若干呆気に取られる。
「私がシニのこと嫌いになる訳ないじゃん。私からもごめんね。シニを突き放すようなことを言っちゃって。でもこれだけでも覚えて。最初も、今も。シニの失言に私が振り回されても、それはそれで楽しいから」
笑いと笑み混じりにそう言うと、シニもつられて小さい笑い声が溢れ出る。それは、世にも珍しい死神の笑いであった。
◆◇◆◇
「お父さんとお母さんは、どうなったの?」
もう既に、深夜に差し掛かろうとする時間帯。そこには、重苦しい雰囲気を漂わせるユエがいる。
先程まで、楽しいドライブであった。中学入学から初めての夏休み。その旅行の帰り道で、ユエとユエの両親は事故にあった。道路のど真ん中に酔っ払いが寝転がり、その酔っ払いをはねないように横にハンドルを切ったことで、ちかくの建物に激突してしまった。
前部座席に座っていたユエの父と母が大怪我を負い、ユエは後部座席にいたので、奇跡的に無傷で済んだ。だが……
元凶の酔っ払いは既に警察に連れて行かれた。相応の罰が下ることだろう。我は今すぐあの酔っ払いを拷問したいが、ユエを1人にはできない。だからこそ、この病院の治療室にいた同僚と、この2人がどうやったら助かるのかを話し合っていた。しかし死神である我らの目には、もう……
伝えなければならない。たとえユエに嫌われたとしても、それが巫女であるユエと死神である我の宿命。覚悟を決めなければ。
「……ユエの両親は、魂となり、我の同胞が天に連れて行った」
「そっか」
予想外に軽い返答に、我は呆気に取られた。嫌われるかも知れない。敵意を曝け出すかも知れない。その覚悟が、一瞬にして我の中から萎んで行った。この死に対する多くの価値観とは相違するその発言……原因は一応思い当たる。それは、子供の頃に聞かれた、死神とは何かという質問。
それに答えた時、我はいつかユエが最悪の現実を直視した時に、ただ漠然と今までの多くの巫女のようになってしまうのだと、そう思っていた。
「思ったよりも……」
「私が思ったよりも悲しまなかった?そうだね。シニがずっと見えてたせいかな。もしくは、さっき魂が体から離れ掛けた瞬間を見ちゃったせいかな。もう、分からないや」
そう言いながら、ユエが布と骨しか無い我を抱きしめた。やめてくれ、側から見たら何も無い何かを抱き締めているようにしか見えないぞ……
死神である我が思うのはおかしいかも知れないが、余りにもユエの死生観が変わってしまっている。この普通から逸脱してしまったのは、我のせいだろうか。ユエが最初から我を見えずにいたら、ちゃんと悲しんでいたのだろうか……
どちらにせよ、我にできることはもう無い。我と出会った過去を無かったことにしない限り、もうユエには死の価値観は戻らない。
「悲しくないと言えば嘘になるけど、悲しんでも何もできないし、私にはシニがいるから。大丈夫だよ」
あっけらかんとしている。死神であるというのに、人間とは程遠い存在だというのに、ユエの方が死に軽薄で、我の方が死を重く受け止めている。この事実を否定したい。ユエには悲しい一生も酷く緩急のついた一生も与えたく無い。普通の人生を歩ませたかった。だが、もう無理なのか。
我にできることは、我にとって特別な存在であるユエを、守ることだけだろう。
◆◇◆◇
少し昔の、あの時のことを、シニは思い返す。
現在時間は3時間目を飛んで4時間目を過ぎ昼食の時間になった。生徒達は思い思いに弁当を広げ、思い思いに会話をする。ユエは現在学校でのお友達との会話に夢中になっている。
午前中の気まずい雰囲気からは脱出したものの、今日は授業参観がある。それがシニの中に引っ掛かっていた。そして思い付いた。ユエは家族が恋しいのだと。ユエが天に行くのはユエもシニも了承しない。ならば——
思い立ったが吉日。シニはお友達との会話中のユエの耳元に少し出かけると言い、その場から姿を消した。ユエが声を掛ける隙は無く、(そもそも今はお友達との会話中)突然のその行動に少し首を傾げた。
突然首を傾げたユエに、会話中のお友達も突然の行動に揃って首を傾げた。
この高校の授業参観は、5時間目から6時間目の2回の授業に渡って行われる。その二つの授業の間に生徒達の保護者が来るわけだが、ユエにとってはそんなことはどうでも良い。
保護者が来ることにそわそわしている者もいるが、保護者を兼任しているようなシニがいる為、ユエにはそんなことはどうでも良い。
5時間目の授業は数学。数学はユエにとって苦手でも得意でもない普通の部類だが、ユエには心底どうでも良かった。少し出かけると言ったシニが何をしようとしているのか。ユエにはそれが気になってしょうがなかった。
一方その頃、シニは1神で暇になっていた死神の同僚を捕まえて天を駆けずり回っていた。
5時間目を過ぎ6時間目のチャイムが鳴る。5時間目に来た保護者の大半が帰り、6時間目になる時間帯で5時間目に来た保護者とは別の保護者達が教室に入る。
6時間目の授業は世界史。しかしユエの耳にはあらゆる情報が入らず、シニが何をしているのかの一点に意識が集中していた。死神故に、人間とはズレたことを度々やらかす姿が脳裏によぎりる。
シニがやらかした例として。まず一つ、完全なる無調味料の料理、及び過剰に調味料を使用した料理を作る。今は改善したものの、ユエの両親がいなくなり1人暮らしになった時、シニが料理を買って出て例の料理を作った。死神には味覚、嗅覚が存在しない。故に見様見真似でしか料理を作れず、それでもできると確信した彼に、見様見真似では限界があることをシニに知らしめた出来事である。
思い出す度に、ユエの顔は嫌そうな顔に変わる。まぁ、無味と過剰味な料理の第一被害者なので、当然と言えば当然である。
次に二つ目。全く持って何も避けない。死神や魂及び幽霊は、あらゆる物質を貫通する。それ故に勝手に扉が開くなどの事象が起きず、霊的なことへの証明を確実なものとしていな訳であるが、ユエには違った。普通見えているものと見えているものがぶつかろうとすれば、その瞬間に衝突を連想する。死神が見える巫女であるユエは、何度も心臓がすくみ上がった。
車が通る車道を車を透過しながら突っ切ったり、走っている電車に透過しながら乗ったり、当たらないと分かっていても怖いものである。ユエの前では自らぶつかろうとしない。乗り物には入り口から一緒に乗ると約束するほどに。
などなど、死神と人間では少々どころではない隔たりがある。だからこそ、シニが何をしようとしているのか、ユエは期待しつつも怖い(心臓バクバク)感情を内心に秘めて待っている。
一歩その頃、シニは全力疾走の息切れ以上に疲れながらも、やっと見つけたそれの手を取り、同僚の手助けも借りてそれと一緒に天から降りた。
6時間目の授業が半分を過ぎた頃、ユエの視界の端に黒い何かが写った。
あまり不自然にならないように、周囲を見回すように黒がいた方を見つめると、ユエは目を見開いて固まった。目を大きく開き、思考停止で頭の中が真っ白に染まった。
そこには、死神であるシニの他に、2つの魂。見間違うはずの無い姿。ユエの父と母の姿がそこにあった。
ユエには分かる。今見ている光景は現実であり、両親はもう死んでいる。巫女であるユエには分かる。シニがこの時の為に、両親の魂をこの場に連れて来てくれたのだと。
後ろの保護者達を見つめるユエに、隣の席に座っているユエのお友達が、心配するような顔で小声でユエに声を投げかける。
「ユエちゃん……泣いてるけど大丈夫?」
「……え?」
ユエが自身の目元に指を置くと、水……涙の感触がそこにあった。
例えあの時に泣けなくとも、再会すればどんな気持ちに変化するかを、嫌というほどユエは実感した。
「あっ、あー、欠伸……かな?眠くなるんだよね、この時間だと」
お友達にはそう誤魔化し、早々にユエは机に突っ伏した。お友達の方はそんな様子を心配しつつも、次第に授業の方に集中して行く。
「いきなりはずるいよ。シニ……」
小さく小さく呟きながら、再び会えた両親への嬉しさと、今頃になって実感した寂しさに、ユエの机は止まらない涙で濡れいた。
死者の魂を天から地上に持ってくるのはタブーである。
その行為は、今日中に達成するはずだった仕事ノルマの一部を残業終わり寸前でドブに捨てるのと同じ。下手にそんなことをすれば、いつもの業務に加え死神に関係の無い業務まで振られ、大変なことになる。
過去にその行為を犯し幽霊を生み出してしまった死神は、数十年もの間休む暇の無いブラック企業も真っ青な業務スケジュールを課せられ、今や真っ白に燃え尽きた。
故にシニは現状に満足しつつも、現実に焦っていた。
「天の神には、天の神には秘密で頼む……!」
そんなあり得そうな先のことを考えつつ、面白いものを見たような様子で、同僚は学校の廊下でシニの様子を見ていた。
シニが連れて来たユエの両親の魂と、協力してくれた死神の同僚に土下座するほどに頭を下げているシニだが、もう既に上司である天の神には全てバレている。そしてどんなことも限度はあれど許すつもりである。(天の神より。幽霊にするのは許さない)
実は天の神公認のカップルであり、天では死神や死者の魂達がその初々しい光景に半ばファンクラブ(天の神はファンクラブ会員1号)が結成されていることを、シニとユエはまだ知らない。
静まらない感情をできるだけ抑え、ユエの一日の授業は終わりを告げた。そして現在、学校の屋上。
屋上には、ユエの父と母の魂。そしてユエとシニがいた。長時間この世にいると幽霊と化してしまう為、できうる限り短時間な方が好ましい。だからこそ、再び天に戻す予定時間まで、シニがこの世に余裕を持って存在できる限界時間まで、後20分ほど。戻す前に、家族だけとの一緒時間を作ってあげようというシニの采配である。
「――――」
「――――」
「そうなんだ。うん。元気にやってるよ」
魂の声は存在しない。肉体的な声帯が存在しないからである。魂同士との会話は一応可能だが、魂の会話は声というより心の中の心象風景、つまり心の声を相手の魂に与えて会話を成立させている。
魂との会話には、同じ性質を持たなければ会話をする土俵にすら上がれない。そしてそれは、死神も例外ではない。肉体から離れた魂と死神は近い性質を持つが、同じでは無い。人と猿、ネコとライオンのように、近くとも隔絶した壁が存在する。
ただし巫女は魂と同じ性質を生物ながら保有している為、魂との会話を可能としている。その為、シニは3人(人間はユエ1人)の会話に入れずに疎外感を感じていた。シニにできるのは、ユエの表情を観察することだけである。
会話を眺めていると、突然ユエの母がシニを指差し、何か言われたのかユエの顔が急激に赤に染まり顔を手で覆った。その様子に、シニは何を言われたのか分からないまま、魂を天に戻す予定時間になった。
天に戻す作業は簡単である。魂を抱えるか魂の端を持って、天に持って行くだけ。同僚の手も借り、シニは2つの魂を天に戻した。
その様子を見ていたユエは、寂しい気持ちを抑えるように、この気持ちを明日に放り投げる。明日になれば、またいつも通りシニとの生活で寂しさが埋まると思って。
「そう言えば、ユエが顔を赤くした時、何を言われたんだ?」
夕日が地平線に沈み、街灯が道を照らす頃。ユエとシニは帰り道の最中、途端に思い出したシニのその発言がユエの足を止めた。
「え?聞きたいの?……うーん。冷静さは保ってね」
その前置きに、シニが若干身構える。
「良い旦那さんを手に入れたね。いつか子供もできちゃったり?だって……シニ?」
その言葉を聞いた瞬間、シニは恥ずか死を覚悟した。(死神なのに……)そしてそれを言ったユエも後から恥ずかしくなり、顔を赤らめた。
「改めて言われたら恥ずかしくなったから……」
そのまま、会話が一切無しの無言の下校で家に到着した。
夕食と入浴を終えた夜の10時頃。ユエの自室にはシニがいた。一緒に住んでいる上にユエは子供の頃から一緒であり、シニは死神特有の常識のズレが働き、両者共に特に気にしていない。
欠伸で目に涙を溜めながら、ユエは天井を見据えて唐突に湧き出した思い付きに口を開く。
「シニの仕事って手伝えたりしないのかな」
「ぶっ、ぶはぁ?!い、いいい、いきなり何を?!」
死神であるシニが噴き出し(骸骨がむせた……?)、混乱極まれりな様子でユエを見る。その様子に、ユエは珍しいものを見た、という顔で面白おかしくシニを見つめる。
「私は巫女なんだよね?魂とか死神とか、幽霊も見えるでしょ?」
「ま、まぁ……それはそうだが」
「確か前に、幽霊には手を焼かされた。まだあの幽霊がこの世に残ってるのかー。って言ってたでしょ?私もシニの役に立ちたいんだよ」
突然のことに混乱しつつも、全力で混沌混乱な心を鎮める。(←に10分経過)やっと鎮めた心と胸を押さえながら、現状を打破できるだろう言葉を投げかける。
「……どちらにせよ、もう遅い。明日またそれについて話そう。ちなみに、我は反対だからな」
「えー?まぁいっか」
(現状の打破=明日に放り投げ)残念がっていない飄々とした様子で、ユエはベットに転がり毛布を被る。
シニにとってもユエにとっても心理的に大変だった1日が、ユエの睡眠で終わりを告げる。
「おやすみ、シニ」
「おやすみ。ユエ」




