琴の想い
3、
―星菜―
夏も終わってしまいそうなくらい、秋が近づいてきた。
まだまだ暑さは本物だけど、景色は変わり始めている。
桜の木の枝の先には、燃えるような鮮やかな青緑が咲き誇っていたのに、少し赤や朱色が混ざり始めていた。
あの日、裕から話を聞き、「夏見町脱出計画」を企て始めた。
計画を実行に移すにあたって、琴にも話しておきたい、と思っている。それは裕にも了承を得た。そして今日の下校時、裕と琴と私の3人で集まって、話をしようと約束していた。琴ならきっと、来てくれるだろう。
最近なんだか、空の青さが淡い色になってきているような気がする。濃い群青だった青に、少しフィルターが掛かっているよう。
「おねぇちゃーん!」
背後から琴の声が聞こえ、振り返る。
あれから、計画を立てたり、裕と集まる時は東雲川沿いの丘の上で集まっている。あそこなら滅多に人は来ないし、裕の家からも私の家からもそう遠くないのだ。計画を立てるために集まる場所としては、丁度良かった。まあ、あそこの居心地が良いから、というのもあるのだけれど…。
今日は、そこに琴を呼び、私の口からちゃんと話そうと思っている。
「琴ちゃん!よく来たね。」
芝生の上を駆けて、琴は私の胸に飛び込んできた。
「お姉ちゃん。琴、一人でよく来たと思わない?」
「うん、よく来たね!」
そう言って、琴の小さな頭を撫でてあげる。
そうすると琴は、満足そうに私に笑いかけてくれた。
「星菜。琴ちゃん。」
気づけば琴の後ろに、裕の姿が見えた。
「みんな、やっと揃ったね!」
私たちは、桜の木陰に腰を下ろした。
「お姉ちゃん、裕くん。話って、なに?」
不思議そうに首を傾げる琴に言う。
「あのね琴ちゃん。驚かないで聞いて欲しいんだけどね―」
私は、琴に裕から聞いたすべてを話した。
琴は話を聞いている間ずっと、東雲川の川水を眺めていて、聞いているか少し不安になるくらいだった。
私が話し終えると、琴は私に向き直って、言った。
「お姉ちゃん、私ね…。」
琴が上目遣いに私を見た。
「うん。」
「知ってたの。そのこと。」
「え…!うそ!」
琴は、私が言ったことを全て知っていたのか…。
「ホント…。」
「なんだぁー!早く言ってくれればよかったのに!」
「うん…。ごめん。」
申し訳なさそうに俯く琴に、気になったことを聞いてみた。
「琴ちゃんは、どうやって知ったの?」
「お姉ちゃん、私ね。前から、この町にも、お姉ちゃんにだけ厳しいお母さんとお父さんにも、少し疑問があって…。一度、裕くんに聞いてみたことがあったの。…その時に、教えてくれて…。」
琴は今までそんな素振り見せたことがなかったし、少し驚いてしまった。
「だよね?裕くん。」
「うん…。黙っててごめんな。」
裕も申し訳なさそうに私を見た。
「ううん、いいの!」
裕と琴にそう言って笑いかけた。
「あのね、お姉ちゃん。私、知ってたけど、お姉ちゃんが言ってくれたことが嬉しい。お姉ちゃんが、自分から『私に言いたい』って言ってくれたことが嬉しい。私も一緒に、逃げたい!」
琴が可愛らしい笑顔で笑った。
「うん!一緒に逃げよ!」
暑い夏が終わり、『秋』が近づいてきていた。