裕の語った真実
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教室で会ったときには、すぐチャイムが鳴ってしまい、話せなかった。休み時間もなかなか話しかけられなかった。私は、少し考え、思った。
今、学校で話すことはない。下校時でも、明日の登校時でも、裕に話せるときに話そう、と。
決して、焦ることはないんだから…。
そう思って7時間を過ごしていき、下校時刻となった。
裕の家は、東雲川の反対方向にあるから、私の家とも真逆の方向だ。
「裕くん!」
下校時の生徒たちの渦に消えていく裕の背中に呼びかけた。
「ちょっと、話せる?」
切れた息を整える。
「うん。いいよ。」
5時頃の帰り道は、真夏より暑さがなくなっていた。
春が来た頃からだんだん日の入りが遅くなり、太陽の出ている時間が多くなった。夕方の5時は、まだまだ日は海に吸い込まれずに、空の上から私たちを見下ろしている。
東雲川に流れる川水が、茜色の夕日を水面に映した。まるで、光の道が続いているかのように、太陽の粒が水面の上で泳いでいる。
「裕くん。」
「うん?」
「昨日、私と一緒にこの町を出て、したいことがある、って言ったじゃん。」
「うん。」
「それ…、本当の、こと…?」
勘だけど、裕は嘘をついているんじゃないか、と思った。悪い嘘じゃなくて、誰かのための、誰かを守るための、嘘。
「え……。」
「勘だけど、裕くん。何か私に黙ってることがあるんじゃないかな、って思って…。」
「……。」
「…あっ!もし勘違いだったらごめんね。でも…、ちゃんと確かめたくて!」
琴と話した通り、ちゃんと聞いておきたい。
例え裕が話したくないことだったとしても、聞いておかなきゃいけない気がするのだ。
「星菜。ちょっと、あそこに座って話さない?」
そう言って裕は、川沿いの土手にある、小さな公園を指さした。
「うん。いいよ。」
私たちは、公園のベンチに腰掛けた。
ほとんど人のいなくなった公園は、静かでシンとしている。
少しオレンジの混ざった赤色の滑り台に、チェーンの茶色く錆びついたブランコ。少ししか遊具はないけれど、なんだか懐かしい感じがする。
「星菜、これ。見て欲しい。」
裕はいつの間にか手のひらに藤色の手紙を乗せていた。
「うん。」
裕から渡されたその手紙は、酷く痛んでおり、紙もボロボロになっていた。それだけ長い間、手紙を持っていたのだろうか?
「その手紙、死んだ母さんからもらったものなんだ。」
「え…。」
「いつも、どこに行くときも鞄に入れて、持ち歩いてるんだ。まるで母さんが傍にいてくれてるみたいで、安心するから…。まぁ、そのせいでボロボロになっちゃったんだけどね。」
確かに新品のように綺麗ではないけれど、色褪せた藤の花のような紫が、胸に沁みわたるように目に焼き付いた。
裕はきっと、この手紙を大切にしてきたんだろうな。
「母さんが死んで10年経った頃。この手紙が贈られてきたんだ。この手紙には―この町から逃げろ、って書いてあった。そうしないと、星菜も琴も、咲良も、みんな死んでしまう、って…。」
「え……。」
『この町から逃げろ』って…。そうしないとみんな死ぬ、って……、どういう、こと?
急にそんなこと言われても、わけが分からない。
「星菜。信じられないかもしれないけど、この町には何かある。このままここにいたら…、みんな死んでしまう。」
「うそ…。」
本当に、嘘だと思った。『この町には何かある』って、何があるの?
どうして、みんな死んでしまうの?
「嘘じゃない。母さんが、残してくれたんだ…。最後の最後に、俺たちに…。」
裕の泣きそうな声で、真っ白だった頭がやっと冷静になり始めた。
裕が、こんな嘘を言うわけがない。
まだ少しの付き合いだけど、なんとなく分かる。
裕は、こんな冗談を言うような人じゃない。
きっと…、本当なんだ。
本当にこの町にいたら、私たちは死んでしまうんだ…。
「星菜…。お願いだ。一緒に、逃げてくれないか…?」
きっと裕は、沢山の勇気をかき集めて、言ってくれたんだ。
私なら、信じてくれるか分からないようなこんな話、怖くて話せない。
私のことを信じて、私なら信じてくれる、って話してくれたんだ。
そんな裕の勇気を、踏みにじりたくない。
「星菜…。お願いだ。」
裕の瑠璃色に揺れる瞳を、真っすぐに見つめて言った。
「うん。もちろん!」