疑問と勇気
―星菜―
家に帰ると、案の定怒鳴り散らされた。
「星菜!こんな時間まで何してるの!?今日は晩ご飯抜きだからね!部屋で勉強してなさい!」
いつも通りの母の怒鳴り声。
「はい。」
そう短く返事をすると、部屋へと向かう廊下を歩いていく。
きっと今日も、部屋の前に見張りがいるのだろう。お風呂には入らせてくれるだろうか―?トイレには―?さすがにトイレには行かせてもらえるだろうか。
今日は少し、遅く帰りすぎた。ずっとあの場所にいたいくらいだったけど、これ以上帰りが遅ければ、母はどんな風に怒り狂うだろう。
「ガラガラァ…」
明るい薄茶色の開き戸を開け、自室へと入る。
少し疲れたから、勉強するふりをして今日のことをボーっと考えてみる。
裕はなぜ、あんなことを言ったのだろうか?『この町を出る』って、どういうことなのだろうか?私も、この町以外の場所のことも知ってみたい、とは思っている。でもあんな急に、あんなことを言うだろうか?あの時の裕はなんだか、様子が変な気がした。どうして…?
そもそも裕はなぜ、あの場所に来たのだろうか?そして、私があの場所にいた時、なぜあんなにも驚いていたのだろうか?
分からないことが多すぎて、整理が追い付かない。
私はいったい、どうしたらいいの―?
✾
「行ってきます。」
呟くように言い、玄関扉を閉める。
私に続いて、琴も家の中から出てきた。
まだ夏の始まりだというのに、真夏のように暑苦しい。体中に熱気が纏わりつき、どんなに手で仰いでもまるで効果がない。朝はマシな方だが、真夏は汗が噴き出て、熱くて目まいがしそうなほどだ。
特に学園の中は、職員室以外、冷房が設置されてなく、窓を開けても鉄格子があるから、全然風が吹いてこない。真夏になれば、この暑さに耐えられるだろうか。
「お姉ちゃん、待って!」
背後から琴の声がして、立ち止まって振り向く。
「あっ!ごめんね、琴ちゃん!」
気づけば、琴を置き去りにして、どんどん進んで行っていた。
「ねえお姉ちゃん。何か、悩んでる…?」
私の横に並び、ゆっくりと歩き出した琴が言った。
「え…。」
図星の質問に、少し驚く。
「なんで…?」
「だってお姉ちゃん。昨日帰ってきてからずっと浮かない顔してる。」
琴は、周りをよく見ている。
母や父の変化にも、私の変化にも、すぐ気づいてしまう。
「なんか…悩み事…?」
記憶を失う前の私は、琴に何でも話せていたのかな?
「少し…気になることがあってね…。」
そう言った私の声をかき消すように、琴が言った。
「お姉ちゃん!」
「うん?」
「私ね、お姉ちゃんの思うままに進めばいいと思う。気持ちの動く方へ、行きたい方へ行けばいいと思うの。お姉ちゃんには絶対に、幸せになって欲しいから。何かに縛られ続けて苦しそうなお姉ちゃん、もう見たくないの。」
「琴ちゃん…。」
琴は、誰よりも家族思いだと思う。私のことも母と父のことも、大好きなのが一緒にいるとすごく伝わってくる。
琴が私の妹で、本当に良かった。
「ありがと琴ちゃん!私、聞いてみるね!聞きたいこと全部!」
「うん!」
琴に勇気づけられた私は、裕に会ったら昨日のことを聞こう、と心に決めた。
初夏の生ぬるい風が、私たちの横を駆け抜けていった。