表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夏を見て、冬は死す―  作者: やきぶたたまこめし
5/27

川沿いの小さな丘


       ✾


「キーンコーンカーンコーン…」

 長い7時間の授業が終わり、下校の時間となった。

 「フレミスク学園」の重く分厚い門が、コンクリートの地面を擦りながら開いた。

 生徒たちは解放されたような顔で、門を潜り、下校を始めた。

 私は、少し教室で時間を潰し、人の多い時間を避けて帰ることにした。人の多いところが苦手らしくて、周りに人がいない方が落ち着けるのだ。

 教室で10分くらい時間を潰したら、丁度いい時間になっていた。

 周りにはすっかり人がいなくなり、見回りの先生の姿も見当たらない。

 私の家は、川沿いを通って、橋を渡る前の土手の近くに建っている。下校の時間は私にとって唯一の自由時間で、少しでも長く自由な時間をつくれればと思い、遠回りして帰ることにした。

 橋を渡り、川沿いをぶらぶらと歩いてみる。

 家の近くのこの川は、「東雲川」という。春山の上流からずっと長く続いていて、町のふもとまで流れている。昔はもっと荒れた川で、よく氾濫を起こしていたらしいが、昔の人たちが氾濫しないように作り変えてくれたとか。そのおかげか、ここ数年は全く水害が起きていないようだ。

 そんな東雲川の、中央部くらいまで来た時。

「わぁ…」

 東雲川に沿うようにしてある、小さな丘。

「きれい…」

 天然の芝生に、色とりどりの花たちがたくさん咲いている。紫陽花に芝桜、エンダーフラワーに、ビバーナムスノーボール。初夏に咲く花たちと一緒に、マスカットのようなフルーティーな香りが風に乗って匂ってくる。

 どこか懐かしいようなその香りと景色に、不思議と心が癒されていく。

 家に居ても、落ち着かなかった。

 少しでも勉強でないことをすると、母が部屋に入って来る。見張られているような、そんな気分になって、心が休まらなかった。まるで、きつく硬く絶対に切れない鎖を括り付けられているよう。愛情なのかよくわからないもののせいで、身動きが取れず、縛られているのだ。

 ここにいると、そんな嫌なことや不安が、全部洗い流されていくようだった。

 やっと、居場所を見つけられたみたい。

 私は、桜の木の下の、小さな木陰に腰を下ろした。

 ボーっと、川に流れる水の音を聞いた。

 澄んだ薄い空の色が水面に映り、その上に最後の春の欠片が舞い落ちた。焦げたような茶色の枝の先に散らばる色は、今は瑞々しい青緑に変わってしまった。

 でも私は、春の桜も、夏の桜も、秋の桜も、冬の桜も、全部桜だと思う。美しくない季節があったとしても、その時空があるからこそ、たくさんの花たちを咲かせられるのだと思う。桜は、散ってしまっても変わらずそこにあるのだから。

「ガサッ…。」

 背後から誰かの気配がした。後ろを振り返ってみる。

「星菜…!何で、ここに…?」

 目を大きく見開いて、今まで見たこともないほど驚いた、裕がいた。

「裕くん…。たまたま、回り道して帰ってたら、見つけてね。すっごく綺麗な場所でしょ。」

 少しだけがっかりしたような顔を浮かべた後、裕は私に横に腰を下ろした。

「うん。ここ、綺麗な場所だな。」

 裕の反応を少し不思議に思いながらも、私たちは目の前の景色を見つめた。

「私、ここにいると、嫌なこと全部洗い流れていくみたいなの。」

「うん。なんか、川の流れと一緒に、嫌な気持ちも流れてくみたいだな。」

 ここから見るとちっぽけな町の景色に、悩んでいたこともちっぽけに思えてくる。山に川、桜の木に、街路樹。空に、雲に、ほんのり暖かい初夏の空気。お母さんに、お父さん、琴、裕くん。大切なものがこんなにも傍にある。それだけでもう、十分だ。

「なぁ、星菜。」

「うん?どうしたの?裕くん。」

「……やっぱ、いいや。」

「う、うん。そっか…。」

 なんだか気になりながらも、聞き返してはいけないような気がした。

「なぁ、星菜。」

「ん?なに?」

「……」

 急に黙り込んでしまった裕のほうを、自然と向き直った。


「俺と一緒に、この町を、出よう。」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ