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夏を見て、冬は死す―  作者: やきぶたたまこめし
4/27

裕と私


       ✾


 今日は少し、頭痛が酷かった。

 春に目覚めた時からしていた頭痛が、だんだん酷くなってきている。

 今日はそれが特に酷くて、3時間目の体育を休むことにした。

 2度休むと「訂正部屋」行きになるから、次からは我慢しなければ。

 私は、体育担当の先生に休むことを伝え終えると、1階の一番端にある保健室へと向かった。

 「フレミスク学園」の中でも保健室は特に雑に作られていて、教室の4分の1程度の広さの部屋に、今にも壊れそうなベットが一つあるだけだった。もちろん保健の先生もおらず、ほとんど使われることがなかった。

 私は、そんな保健室の窓を開けた。

 ここの窓だけは、鉄格子が設置されていない。保健室と職員室以外のどの部屋にも、基本鉄格子がはめられていて、窓も全開できないようになっている。おまけに、学園の外枠には分厚いコンクリートの塀があり、その上には有刺鉄線も設置されている。登下校時以外は門も開いていないため、なんだか私たちは、7時間ずっと学園に閉じ込められているようなのだ。

 私は、門の小さな隙間を通り抜けて吹いてくる、初夏の生ぬるい風を受け、ボーっと外を眺めていた。

「ガラガラァ…」

 保健室の扉が開く音がし、咄嗟に後ろを振り向く。

 誰だろう…。

「秋月…くん…。」

 そこには、制服姿の裕がいた。

「どうしたの?体調、悪いの?」

 2回授業を休むと「訂正部屋」行きになるため、ほとんどの人が授業を休んだりしない。そのため、裕が休んだということは、相当体調が良くないのだろうか…?

「『裕』でいいよ。前はそう呼んでたし。」

「う、うん。裕くん…。」

 『前は』その言葉に少し引っ掛かりながらも、私は裕のことを下の名前で呼んでみる。

 『くん』と付けたのは、どうしても話すのも初めての感覚で、この人のことはまだ名前くらいしか知らない。前はそう呼んでいたのかもしれないけど、『裕』と呼ぶのはどうしても違和感があったからだ。

「体調悪いなら、ベット使っていいよ。」

 ベットを指さしながら言う。

「いいよ。俺、体調悪いわけじゃないから。」

「え…。それならなんで…?」

 授業を休むのはとてもリスクが高い。

 だから体調が悪い以外で、なぜ授業を休んだのだろうか…?

「あのさ、星菜。ちょっと、話してもいい?」

 裕はそう言って、ギシギシと音を立て、ベットの上に腰を下ろした。

「う、うん。」

 私も、傍にあった椅子に腰かける。

「俺、星菜とは幼馴染だったんだ―」

 そう前置きすると、裕は私が記憶を失う前の話を始めた。

 私と裕は幼馴染で、幼い頃からよく遊んでいたらしい。裕によると、私には小学校の時に仲良くなった、「月乃 咲良」という友達がいたらしい。

 その子のことは、名前を聞いただけではよく分からなかった。

 小学校に入学した頃から、私の両親は私だけに厳しく、今よりはマシだけど「勉強」ばかりの日々を送っていたらしい。「フレミスク学園」に入学してからは、それがもっとエスカレートし、私は学園で勉強し、家でも部屋に閉じこもり勉強し、という風な生活だったらしい。そんなこともあってか、私の成績はいつもトップで、裕は私に勉強で勝ったことがないと言っていた。

「何か、思い出した…?」

 裕が話し始め、「月乃 咲良」という名前を聞いた時から、頭痛がより酷くなってきた。

「ううん。何も…」

 何なのだろうか…、この頭痛は―?

「そっか…」

 裕が悲しそうに顔を俯かせる。

「裕、くん。その…裕くんの、ご家族は…?」

 ふと、話題を変えようと、出した言葉。

「星菜…。ホントに、何も覚えてないんだな…。本当は、こんなの全部嘘で、星菜がドッキリしかけてるのかな?とか、思うようにしてた。でも…、ほんとに記憶、ないんだな。」

 裕の苦しそうな、自分を責めるような顔。

 自分はなぜもっと早く、記憶を思い出せないのか。なぜこんなにも、大切な人を苦しめるようなことしかできないのだろうか。

「俺の母さん、4歳の時に事故で死んだんだ。」

「え……」

「父さんは、母さんが死んでから全く家に帰ってこなくなった。だから俺、今は一人暮らしなんだ。」

「うそ……」

 母を亡くし、父もいなくなった…?

 それは…、どんなに辛いことなのだろう。頼れる家族が、誰もいないということはどんなに寂しいことなのだろう。

 想像してみる。もし私に、母も父も琴もいなかったとしたら…。私はいったい、生きていけるのだろうか。その痛みを、乗り越えられるのだろうか。

 記憶を失う前の私は、裕を支えられてきたのだろうか。

「でもやっぱり…、星菜なんだな。おんなじ顔してるよ。俺の母さんが死んだ、って知った時と。俺よりも悲しんで、泣いてくれて。すっごい嬉しかったんだから。母さんは、幸せだったんだな、って思えた。ありがとな、星菜。」

 その言葉で何故か、涙が溢れそうだった。

 悲しいわけでも、苦しいわけでもない。裕の母親が、どんな人なのかも知らない。

 でもただ、優しい裕の言葉に、切ない気持ちが込み上げてくる。

「星菜、今、生きていてくれて、ありがとな。」

 その言葉にどんなに深い意味が込められているか、私はまだ、知らなかった―


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