時計塔
完成した時計塔は予想外の良い影響を与えてくれた。時計は基本的に大きな街にしかない。だからそういう街に拠点を構えられる大商人は時間を気にする一方で、地方の商人たちは、お昼ご飯の時間になったら会談を始めましょうかという雰囲気で仕事をしている。
ある時どこかの大商人が思った。
「なんか地方と商売していたら時間を無駄にしちゃうな。よほど興味の惹かれる話じゃなければ時間がもったいないし、彼らは後回しにしよう」
そうして税収が減ると時計なんて買うお金も無くなり、もっと距離を離される悪循環。
だから地方の商人たちは向こうの時間が空くまで待ち続けるというのも珍しくなかった。自分の仕事の時間を削って。
その点でブラックリ村で商売を始めた人たちからは時計塔は評判がいい。その縁で商人たちがお金を出し合って職人たちの休憩所に面白い魔道具を寄贈してきた。
「こちらの魔道具は外国から取り寄せた品でしてね。魔石を入れておくと魔法を使えなくても食べ物を冷凍させておける優れモノです」
「最近は暑いので助かります。ありがたくいただきますよ」
魔石は工場で使っているやつを使って良いと言ったら職人たちは喜んで受け取っていた。時計塔の噂を聞きつけて他の町の商人たちが移ってきたり、支店を出したりしてくれている。これくらい安いもんだよ。
昔の村の市場はただの広い空地に露店がいくつかあるような感じだったけれども、今は目抜き通りに店がしっかりと連なっている。ちゃんとした建物が!
こんなに店がたくさんあるのは、まだ中心の一部だけだけど今後は他の所も発展していくと思う。
ギルドもしっかりした物になったから冒険者も増えた。周りは安全になってきたしダンジョンにも来てくれるからギルドとは今後も仲良くしていきたいね。めちゃ強い受付嬢は怖いからどっかに配置換えになって欲しいけど。
うちもそろそろ町を名乗ってもいいかもしれないね。うん、また今度考えよう。
「そうかぁ、もう夏かぁ」
「そうですね。もう少ししたらダンジョン設立1周年です。またマスターとコアが全員集められますし、前の102番ダンジョンさんともそこで話せばどうですか」
久しぶりにマスタールームで手紙を読んでいる私の独り言にエリーが付き合ってくれている。こういう作業は静かなここが一番だ。
「あの人も名前とか無いのかな。102番って呼びにくいんだけど」
「魔物ですしね。でも知能も高そうですし、何かしらあるんじゃないですか?」
「なんか雰囲気怖いし聞きづらいんだよねー」
ほとんどの手紙は人間界にいる情報部のエルフ達から。後は付き合いのある商会からの挨拶とかもあった。息子さんが会長を引き継いだらしい。おめでとう。
一番最後の手紙を取ると私の似顔絵が書いてあった。
「おや? 数少ないマスターの友達からですか?」
「そんな私をかわいそうな子みたいな言い方をしなくても……」
確かに多くは無いけどさー、とエリーを睨みながら手紙を開く。私の家族からだった。要約すると冒険者は危ないし、たまには帰って来なさいという事だった。
「まだ家族に商人をやっている事を言ってないんですか? もしかして何か深い事情が……」
エリーが深刻そうな顔をする。この子にそこまで人を心配する心があったとは驚きだね。
「何をやったんですか。早く謝った方がいいですよ」
「私が悪い前提かよ。別に喧嘩はしてないよ。私の実家も小規模だけど商人やっているんだけど、商人はつまらなさそうだし冒険者になりたいって言って出てきたから少し恥ずかしくて……」
でも家で教わった事は結局役に立っているわけだし、報告代わりに一度帰ってみようかな。ちょうど来週には夏休みだ。
「ところで結局なんで今は商人しているんですか?」
「ダンジョンマスターとかいう負けたら死ぬ上に逃げられない仕事に就いたせいじゃん……幸せだけどさ」
「最後が聞こえませんでしたね。もう一度」
「その耳交換した方がいいよ」
「オーライ、オーライ」
怪鳥がとある貴族屋敷の庭に着陸する。
最初は馬車を使って帰省しようとしたけれど、近くの領主が怪鳥を持っていたから着陸場を使わせてもらった。私は全行程をゆっくり行きたいという怠け心があったんだけれど。
「ただでさえダンジョンバトルで時間かかったんだから早、これ以上時間を無駄に出来ません」
とエリーが言うから渋々こうして飛んできたってわけだよ。
「よく来たね。君から貰った怪鳥とやらは便利な物だ。広い領地を周る時にこれほど役に立つ物はない」
ついでだし少し用があって、この町や辺り一帯を治めている領主と会う約束をしていた。
この人は前に旧式の武器防具を払い下げてくれた人だよ。
「こちらこそあの時は助かりました。私も取引先に迷惑をかけずに済みました」
そう言うと向こうの顔が一瞬歪む。大半の職や領地を持った貴族は貴族になる商人の事を好かないし、この人も例外じゃなかったんだろうね。
ま、仕方ない。少なくとも良い人そうだし。
「私の屋敷を見せよう。話はそこで」
そうして私は噴水のある庭に、5階まである大きな屋敷に案内された……羨ましい。
「改めて自己紹介しよう。私はヴェール伯爵と呼ばれている。今は領地を他の者に任せて王国軍で働いている」
「私はアオバ準男爵と申します。伯爵様がおいでになられるとは光栄です」
「なぁにこれくらい安いものさ。どれ、今からお茶を持って来させよう」
そう言うと使用人がケーキに高級な紅茶を用意してくれた。私がほとんど口にした事もないレベルのやつ。
「すまないねこういう物しか用意できなくて。商人として儲けている君には安物すぎたかもしれないな」
前言撤回。どんだけ成り上がりが嫌いなんだろうこの人。
いや、でもオレンジのお父さんからの紹介だし、こんな人をわざわざ紹介するとも思えないんだよね。
「おっと悪い。私はそういう風に思ってはいないが……やはり旧来からの貴族達にはそういう風に君を見ている人もいてね。どうだい、私が太鼓判を押せば彼らももっと友好的になると思うが」
ようは仲良くしたいって事だよね。
もっとやり方は無かったのかなって思うけど、私達の階級の差を考えると普通の事。
なんなら差を示すのは挨拶やのような物で個人の気持ちとは関係ないと聞いているから忘れよ。貴族社会では、みんな同じ人間という考えが通用するのは教会だけ。
実際伯爵とお近づきになれるのは私としても大喜び。
「願っても無い話です。私に出来る事なら何でも協力させていただきます」
「ありがとう。君は聞いていた通り賢い子のようだね。なに、大した事じゃ無いさ」
一口紅茶を飲んでから伯爵は話を続けた。
「君の所の怪鳥なんだが、もっと大きい物や速いやつはいないのかい?」
「探してみます。具体的にどういう目的ですか? もう数人が乗れますし、荷物の輸送に使うには高すぎて元がとれないですよ」
「荷物の輸送だ。それも大量に持ち運べるやつが。効率は考えなくてもいい。高くても構わん」
「高くて良いと言う事は軍用ですか」
「そうだ。当然無許可で他国に同じ物を売る事は認めないし、細かい事をペラペラ話すと厳罰が下る。だがアングル王国から君の悪評は聞かないし、我々は君を信用できると考えている」
最近予算が増えたから気前が良いのかな。軍は最新の技術も持っているし、お金もある。そして何より政府と取引をしているとなると信用される!
私から頼み込みたいぐらいの案件が舞い込んできた。
リスクは……無いはず。最悪余ったら客船にでも改造すれば使い道はあるでしょ。
「詳細に移りましょうか」
「助かるよ。とりあえずこの書類にサインしてくれ。私は人払いをしておく」
結局早いやつは実現するか分からず後回しとなったけれど、大きな飛行船なら出来そうだって事になった。
実際にゼロフロアでも研究していて、難しいのは精密な部品の加工くらいという結果が出てる。
私はその製造を担当。テスト飛行をして合格なら晴れて採用となる。
代わりに向こうは加工が難しい部品があれば職人を紹介すると言ってくれた。
「とりあえず試作品を作ってみます。あまり時間はかからないはずです」
「分かった。何かあれば手紙をくれれば良い。政府用の配達員に頼めば安心だ」
こうして私はどんどんとアングル王国、ウェクス王国の方へと傾いていった。その影響を知らないまま。
ガラガラガラ
町から離れるとすぐに静かになった。こっちは田舎で街道を通る馬車なんてほとんどいない。
聞こえてくるのは車輪の音と周りを護衛してくれている冒険者……に扮した黒エルフ達の足音だけ。そしてたまに小鳥のさえずり。
やっぱり旅はこうでなくちゃね! 冒険者時代を思い出すよ。
お日様を見るに多分昼過ぎ。私はやっと故郷に向かい始めた。どうなってるか楽しみだ。




