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ウニョンウニョンに転生させられちゃった私と捨てられた公爵令嬢と可哀想な馬の話  作者: 三角ケイ
本編 ウニョンウニョンに転生させられちゃった私と捨てられた公爵令嬢と可哀想な馬の話
8/24

 新たな誓いを胸に刻んで、更に気合が入った私の死んだふりは多分、ウニョンウニョンの世界で芸能界があったとしたら、そこでアカデミー賞を狙えるほど上手かったのだと思う。何故なら私の死んだふりを見た兵士達は完全に私が死んでいると思って近づいてきて、私を木の枝でつついてみたり、剣の柄で触手を持ち上げては悲鳴をあげたりして、はしゃぎはじめたからだ。


 おおっ。ここに来て、初のモテキ到来か?この後、私は兵士達の手によって、謎の魔物発見!と、SNSデビューさせられちゃうのだろうか?……駄目だ、痛みで思考がおかしくなってる。こんなモテ方なんて私は少しも嬉しくないし、この世界にSNSはないし、デビューなんてまっぴらごめんだ。


 つつくの止めて。乙女の体を勝手に触るんじゃない。あんまり怒せないで。ウニョンウニョンの本能が目覚めるようなことはしないで。私が自我を失ったら、とんでもない魔物が爆誕してしまうんだから。


 グッと我慢していると騒いでいる兵士達をかき分けて、ゴテゴテに着飾った中年男性が出てきた。中年男性は私を一瞥するとレースが付いたハンカチを胸元のポケットから取り出して口元を覆い、汚らわしそうに私から視線を反らし、女性に言った。


「お前を狙った矢がお前を襲っていた魔物に当たるとはな。運が悪いのか良いのか、よくわからんヤツだな。王子から聞いたぞ。王子の金貨を強奪した三人の盗人達が花嫁の着ていたウエディングドレスの宝石に目がくらんでお前ごと森に攫っていったとな。お前には何の非もないが、男達に攫われたお前は傷物同然となったゆえ、王子の妃にはなれない。だけど心配するな。王子は自分の金貨が戻り、公爵家が用意したウエディングドレスの宝石を王子への慰謝料代わりに渡せば、この私を当初の予定通り、宰相にしてくださると約束してくれた。利用価値が無くなったお前など我が家には不要だから始末して宝石だけを回収しようとしたが、まぁ、いい。ドレスを脱いで、ここを立ち去れ。さぁ、ドレスを私に寄越……。おいっ!何だ、これは!?ドレスに縫い付けていた宝石が一つ残らず外されているじゃないか!?おい、お前!宝石をどこへやったんだ!?」


 私は我が子に対して言っているとはとても思えない、中年男性の言葉にドン引きした。これじゃ、彼女も人間不信になるはずだ。王子も酷い人間だと思っていたのだけど、実の父親も酷い人間だったとは。中年男性の言葉を聞き、回りの兵士達の表情も心なしか引きつっている。


「公爵様!馬車の座席の下も後ろも調べましたが金貨や宝石はありませんでした!」


「御者席にも金貨どころか銅貨一枚さえも見つかりませんでした!」


「公爵様!馬車の外側の金箔も剥がされております!」


 兵士の何人かが馬車の中を検分し、中年男性に向かって報告している。馬車に金目の物が何も置かれていないと知った中年男性は怒りで顔を歪め、女性の胸ぐらを掴み、声を荒らげた。


「おい!金貨とドレスの宝石はどうした!?」


「そんなの、どうでもいい!あんなにお優しい天使様を私から奪った貴方達を私は許しません!……絶対に報いを受けてもらいますから!」


「何を生意気なっ!」


 中年男性が女性の頬を打とうとしたので私は死んだふりを止めて触手を伸ばし、中年男性が振りかざした手をペシッと払い除けた。


「ギャッ!?魔物が動いたぞ!」


「天使様っ!?」


「死んでなかったのか!危ないっ、皆、離れろ!」


「公爵様、こちらにお下がりを!」


 死んだと思っていた私が急に動いて中年男性は腰を抜かしてしまった。慌てた兵士達によって中年男性は引きずられるように後退していき、それまで私の体を好き勝手いじっていた兵士達も一斉に潮が引くように下がっていった。


「この森に行く途中で男の死体が三つ転がっているのを見つけましたが、きっと、あれは王子が言っていた三人の盗人で、こいつに襲われたのでしょう!」


「公爵様、人喰い魔物の討伐のご指示を!」


 兵士達がひっきりなしに公爵に指示を仰いでいる。誰一人、王子を呼ぶ者はいない。私は昨日の男達が王子はお金目当てで女性と婚約していたと言ってたから、ウエディングドレスに沢山の宝石がついていたことを思い出した王子が、後で宝石だけを回収しに森に来るのではないかと思っていた。


 だけど私の予想は少ししか当たらず、どうやら王子は初めから、公爵に金品を持ってこさせるつもりで女性の誘拐計画を企てていたらしい。王子はなんて狡賢くて卑怯な人間なのだろう。娘よりも自身の出世が大事なんて、公爵はなんて強欲で思いやりに欠ける人間なんだろう。これほど酷い奴らなら食べてもいいかもしれな……駄目だ。矢に射たれたところが痛くて、抑え込んでいた本能が少しずつ顔を出してきている。


 段々頭が回らなくなってきたし、この後、どうしたらいいんだっけ?兵士達が私に照準を合わせた弓矢を構え、ジリジリと私に近づいてくる。……そうだ。私は出来るだけ彼らをふたりから引き離さなきゃならないんだった。私は女性に向かって催眠成分のある粘液を噴射した。


「ゲッ!この魔物、何かを吐き出したぞ!」


「毒液かもしれん!皆、魔物から離れろ!」


 兵士達が騒然とする中、私は倒れゆく女性を怪我をしていない触手で受け止め、乱暴ではあるが馬車の中に放り込み、扉をバタンと閉めた。


『賢い馬、今よ!』


「ヒヒ〜ン!」


 馬は一声だけ嘶いた後、後ろを振り返すこと無く、全力疾走していった。私が馬車を降り、女性が馬車に乗ってから私が声を上げる。それが昨日、馬と決めた合図だった。私の声を聞いた馬は迷わず走ってくれた。お願いをきちんと聞いてくれた。馬は私が見込んだ通りの賢い馬だったのだ。


 さようなら。元気でね。短い間だったけど、ありがとう。どうかふたりが無事に逃げられますように。ふたりが幸せになりますように。ずっとふたりのこと祈っているからね。






 兵士達は私が死んだと思って馬から降りていたから、誰も走りだした馬車を追いかけて止めることが出来なかった。


「うわっ、馬車が!」


「倒れた令嬢を乗せた馬車が行ってしまったぞ!」


「ど、どうしましょう、公爵様?馬車を追いかけて、ご令嬢を助けてきましょうか?」


 指示待ちする兵士達に公爵様と呼ばれる中年男性が何かを言う前に、私はゆっくりと触手を三本、高々と上に上げて、持っているものをポンと高く上に投げて、見事にキャッチしてみせた。それを三回ほど繰り返し、私は彼らに私が持っている物を見せびらかした。


 一本の触手には一枚の金貨。二本目の触手には女性のドレスに縫い付けられていた一個の宝石。フッフッフ。どちらもポンと投げたときに朝日を受けた反射が眩し過ぎて目にしみますぜぇ、旦那ぁ。そして三本目の触手にはパンパンに何かがギュウギュウに詰め込まれている袋。袋を持っている触手をプルプル震わせて、さも重そうな袋を持っているように見せなくちゃ。ウニョンウニョン界のハリウッド女優になったつもりで頑張れ、私!


「おいっ!魔物が金貨を持っているぞ!」


「宝石も持っているぞ!……まさか金貨も宝石も、この魔物が盗ったのか?」


「あの袋を見ろ!きっとあれに全部入っているんだ!」


 馬車に向かっていた皆の視線が、あっという間に私に釘付けだ。嬉しくはないモテキが続行中で何よりだ。このまま上手く引っかかってくれますように。祈りながら私は兵士達が見守る中、ゆっくりと金貨と宝石を触手の先の穴に放り込んだ。


 うげっ、胃カメラより飲み込み辛っ。何だ、これ?異物感半端ない。もしかして生き血しか吸えないウニョンウニョンの体は固形物を食せるようにはなっていなかったのかも。しまったな。夜に練習しておけば良かった。お食事中の人には大変見苦しくて申し訳ないのだけど今直ぐに吐き出してしまいたい。だけど仕方ない。ここが私の正念場なのだ。


 良い子もそうでない子も皆、私の真似をしちゃ絶対駄目だからねと、私は飲み込みづらさを誰に言っているのかわからない変な妄想で誤魔化しつつ、兵士達に見せつけるようにして、ゴックンゴックンと、わざと音を立てて、どこにあるかわからない喉を鳴らして金貨も宝石も飲み込んでみせた。


「ゲゲッ!信じられない。こいつ金貨と宝石を飲み込みやがった!」


「もしや、この魔物は金や宝石を食べる魔物ではないでしょうか?」


「そう言えば三人の死体は裸体でしたが、獣に襲われたような形跡はなく、打撲や絞め痕といった諍いの跡しか見当たりありませんでした。もしかしたら魔物に金品と馬車を奪われた盗人達は内輪もめで自滅したのかもしれません」


 何とか無理やり金貨と宝石を飲み込み終えた私は、重そうな袋を見せびらかしながら森の奥にある川に向かって走っていく。こんな見た目なのに身体能力が優秀過ぎるウニョンウニョンの体は、走るのも俊足で誰も私に追いつけない。


「魔物が袋を持ったまま逃げていくぞ!」


「早くあいつをなんとかしろ!このままじゃ、あの袋の中身も全部喰われてしまうぞ!」


「公爵様、ご令嬢の方はいかがいたしましょう?」


「あいつは何も持っていなかったのだから捨て置けばいい!そんなことよりも魔物だ!金貨も宝石も魔物が持っているんだ。早く追え!」


 いいぞ。その調子だ。誰も馬車を追いかけていない。後もう少しだ、頑張れ私!私は焚き火をした場所まで走ってくると、焚き火を後ろにして立ち止まった。男達がここに到着する前に布袋を開け、殆どの触手を一斉に袋の中に突っ込んだ。きっと遠目には金貨と宝石をむさぼり食べているように見えるはず。


「公爵様!どうやら魔物が袋の中の物を食べているようです!」


「止めろ!喰わせるな!」


 ウニョンウニョンと蠢く触手を袋の中に突っ込んでいる姿はさぞかし奇怪で恐ろしいに違いない。因みに食べているのは金貨ではなく、深夜に一人で集めておいた松ぼっくり。これも飲み込みづらいけど、金貨や宝石よりかは幾分飲み込みやすい。心を無にして触手で吸い込むようにして急いで飲み込んでいく。


 遠くから次々と矢が飛んできては、触手の体にバシッバシッとクリティカルヒットしていく。イテテ、イテテ……。不味い。矢が刺さったところから血液が流れ続け、命の危機を感じ取った、ウニョンウニョンの本能が必死になって、超早口で私を説得してきた。



 ねぇ、どうして空腹を我慢しているの?生き物が他の生き物を食べることは自然界では当たり前のことだよ。前世では動物のお肉やお魚を普通に食べていたんでしょ。いくら今の自分が生きたままの獲物をジワジワと苦しめるような食べ方しか出来ないからって、食べないなんて自然の摂理に反してるよ。


 生きたまま長時間かけてジワジワ血を啜って殺すか、出来るだけ苦しまないように一気に殺してから食べるかの違いだけで、どちらにしろ他の生き物を殺すことになるんだから結果はどっちも同じでしょ?どうして私だけが食べちゃ駄目なの?ほら、見てご覧よ。あいつら凄く美味しそうだよ?


 ねぇ、どうして襲われているのに身を守らないの?生き物が自分の身を守るために、他の生き物を利用することは自然界でも割と多いと知っているでしょ?コバンザメはサメのお腹に貼り付いて泳ぐし、クマノミはイソギンチャクの中に潜んでるよね。人間だって他の生き物の意志を無視して、皮を剥いで身に纏って寒さを凌いだり、家畜や番犬を飼ったりするじゃない。何が私と違うというの?


 私が他の生き物を自分の意のままに動く忠実な配下に魔改造しちゃうのも、それと同じことなんだよ。だって私は人間と同じで、自分の身を守るための毛皮も爪も牙もないんだもん。粘液しか噴射出来ない、か弱い生き物なんだから、身を守る術があるのに使わないなんて愚の骨頂だよ。


 魔改造したら、その生き物の自我が失われてしまって、本来の生き物では無くなってしまうから嫌だなんて、甘いことを言っている場合?大体、私は弱々メンタルで痛くて苦しいことが大嫌いだから、注射も内視鏡検査も大嫌いなんでしょう?だったら四の五の言ってないで痛くならないように配下を作って自分を守らせようよ!何を躊躇うことがあるの?ほら、見てご覧よ。あいつら身を守る部下にピッタリじゃない?



 ウニョンウニョンの本能は言葉巧みに本能のまま生きようよと私を全力で誘ってくる。そうするのが一番楽だということを私も心のどこかで理解はしていたが、だからといって本能のままに生きたいとは私は思わなかった。何故なら私は……本当に触手を突っ込むのが絶対に嫌だったからだ。


 それが自然の摂理に反してようが、愚の骨頂だろうが、どうでも良かった。ただ私は、自分がされて嫌なことは相手が誰でも絶対にしたくなかった。弱々メンタルだからこそ、例え自分が心を無くしてしまったとしても、自分が捕食した動物の苦しみ続ける姿を見続けることも、心を無くした配下に囲まれて孤独になることも私には耐えられなかった。


 夥しく血を流している私を見て、兵士達は勝利を確信したのだろう。最後のトドメを刺そうと私を取り囲み、距離を詰めてきた。兵士達に指示を出していた中年男性も、フゥフゥ汗だくになって、ようやくここにたどり着いたようだ。追手が全員揃ったことをどこにあるか、わからない目で確かめた私は最後の力を振り絞って布袋を逆さに持って振りかざし、袋の中が空になったことを皆に知らしめた。


「こいつっ!?皆の者、魔物に止めを刺し、腸から金貨と宝石を取り返せ!」


「ハハッ!皆、全ての矢を魔物に射ち込め!」


 病気でもないのに誰が医師でもないあなた達に私の腸を見せるか!私は兵士達が射る矢が雨のように降り落ちてくるのを見ながら、後ろにある焚き火目掛けて倒れていった。


 ……覚えているのは、そこまで。多分、私のウニョンウニョン人生は、そこで幕を閉じた。


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