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ウニョンウニョンに転生させられちゃった私と捨てられた公爵令嬢と可哀想な馬の話  作者: 三角ケイ
本編 ウニョンウニョンに転生させられちゃった私と捨てられた公爵令嬢と可哀想な馬の話
6/24

 それは女性に夕食を取らせた後に起きた。私は彼女に火のついた枝を持たせて川まで付き添わせ、食器やフライパンを洗うのを横で見せて洗い方を教えようと思い立った。彼女に食器の洗い方を教えることで頭がいっぱいになっていた私は、自分がウニョンウニョンであることを忘れ、うっかり手袋を彼女の目の前で外してしまったのだ。


 心の準備もなく、いきなり近距離でグロテスクな触手を見せつけられて、女性はさぞ驚いたのだろう。彼女は川辺の小石で足を滑らせて体のバランスを崩し、転倒しかけた。私は咄嗟に手袋を外した触手で彼女の手を掴んで転倒を阻止したのだが、そのときに馬に対して感じたよりも強く空腹感を覚え、配下に加えたいという欲求を抱いてしまった。


 私は自分に絶望した。


「あ……、あの、すみませんでした。男達から助けてくださっただけではなく、食事まで作っていただいたのに、このような失礼な態度を恩人に取ってしまって……。それなのに、こうしてまた手を差し伸べて助けてくださるなんて、本当に貴方様はお優しく……。私は自分が恥ずかしいです。誠に申し訳無く思っております。助けてくれてありがとうございました」


 彼女は私の触手を振りほどくことなく、掴まれたままの状態で礼を言った。気持ち悪い触手で触られて、恐ろしくて堪らなかっただろうにお礼を言ってくれた。この人は真面目で誠実な人なのだろう。


「ヒンヒ〜ン」


 黙って私の後を追ってきていた馬が私を呼ぶ。私と女性を引き離そうと思っているのか、私と彼女の間にグイグイと体を擦り付けて割り込もうとしてきた。もしかしたら人に虐められていた馬は、私も人に虐められているのだと思って、人から私を助けようとしてくれているのかもしれない。なんて賢くて優しい馬なのだろう。


 こんな善良なふたりを私は襲ってしまうのだろうか?人としての知性も理性も失い、ただの魔物と化したウニョンウニョンとなって、私は罪なきふたりの命を奪ってしまうのだろうか?それとも私の言う通りにしか動かない、心なき配下に変えてしまうのだろうか?……どちらも絶対にしたくない。





 私は前世では病がちで学校もろくに通えなくて、友達も恋人もいなかった。裕福な家に生まれたけれど、政略結婚で結ばれた両親は夫婦仲が悪く、一人娘の私に関心を示さなかった。生活費や治療費などのお金は惜しみなく出してくれたが両親はそれぞれの恋人の家で生活していたから、滅多に私がいる家には帰ってこなかった。


 両親から私の世話を丸投げされた年配の家政婦や子守役は、両親に見放された病弱な子どもに同情したのか、親身に世話をしてくれたけれど、私が中学に上る前に二人共、高齢を理由に退職してしまった。それ以降に入ってきた人達は真面目に職務を行う人達だったけれど、家族のような情をお互いに持つことはなかった。


 そういう事情もあって、私は前世では誰とも特別に親しくなることがなかったし、誰かの役に立ったこともなかった。何のために生きているのか、わからなかったし、何かを励みに生きていたいと思えるものもなかった。前世の私は……独りぼっちだった。


 だけど私は今日、生まれて初めて女性をこの手で助けることが出来た。両親から愛されず病がちで皆に迷惑をかけていた前世の私は、一度でいいから誰かの役に立ってみたかった。それが出来たのなら、この世に私が生まれてきた意味に出来るのではないだろうかと思っていた。だから女性を助けられたことが私は凄く嬉しかった。


 それに私は今日、生まれて初めて誰かと水浴びや落ち葉拾いを楽しむことが出来た。入退院を繰り返し、散歩でさえもままならなくて、一緒に遊んでくれる人がいなかった前世の私は、一度でいいから外で誰かと遊んでみたかった。体のことで自分も相手も気を使わずに遊べたのなら、どれだけ幸せなことだろうかと思っていた。だから馬と一緒に仲良く過ごせたことが私は凄く幸せだった。


 前世で叶えられなかったものを叶えることが出来た私は、ウニョンウニョンに転生して良かったと思い始めていた。恐ろしい見た目のウニョンウニョンだったから森の動物に襲われず、男達も怯えてくれた。身体能力が優秀なウニョンウニョンだったから女性を助けられて男達を捕らえることも出来た。人間じゃなかったから人に虐待されていた馬が懐いてくれた。どれもこれも私がウニョンウニョンだったから成し得たことだ。


 こんなふうに暮らせるのなら、このままウニョンウニョンとして生きるのも悪くはないのかもしれないと考え始めていたのだけど、どうやら前世の世界と同じで、この世界も私には優しくない世界のようだ。まぁ、突っ込まれない体になりたいと望んで、ウニョンウニョンに生まれ変わった時点で、そんなことはわかりきっていたけれど……。





 少しの間、物思いに耽っていた私は気を取り直すと、触手で掴んでいた女性の手を離そうと試みた。ウニョンウニョンの体は空腹を訴えていたが、私の意志に逆らうことはなかった。触手は従順に彼女から離れ、代わりに汚れた食器を掴み、川で食器を洗い始めた。私は当初考えていた通りに女性を私の横につかせ、食器を洗うのを見学させながら、自分の体が私の意志に従ったことに強く安堵していた。


 こういうのも一種の転生チートと言ってもいいのだろうか?それとも昔取った杵柄というのかしら?よくはわからないけれども、前世の私は検査や手術や治療などで絶食を数え切れないほど経験していたからか、私は空腹感に耐えることには人一倍慣れていた。それが功を奏したようで、私は空腹を訴えるウニョンウニョンの本能を完全に押さえ込み、制御することに成功した。


 その後、私は食器や食べ物が入っていた袋を馬車に戻すついでに彼女の寝床を馬車の中で整え、彼女には他の荷物の中身を確認させておいた。こうして女性に荷物の確認をさせれば、この馬車には旅支度が十分整えられていることが彼女にもわかるはずだから、明日の朝がきたら直ぐにでも旅立つだろう。


 女性が確認を終えたころには、すっかり夜も更けていたので、彼女に馬車で寝るように身振りで促したのだが、ここに来る前まで気を失って眠っていたからか、中々、馬車に入って寝ようとはしなかった。もしも私が、これからも人間だった私の心のままでいられたら、彼女が出発を数日遅らせることになっても何も問題はないが、残念ながら、そういうわけにはいかない。


 だって今は大丈夫でも、いつ何時、私が自我を失って、ふたりに襲いかかるのか、わからないからだ。今の自分の空腹具合と前世の経験から考えて、私が自分自身の体を制御して空腹に耐えられるタイムリミットは、持って三日だろうと予想している。だけど、だからこそ女性と馬には明日の朝の内には森を出ていってもらいたい。


 何故なら高望みなのかもしれないけれど、私は恐ろしい魔物ではなくて、ちょっと……いや、だいぶん見た目が恐ろしいだけの森の愉快な魔物だと、ふたりに思われたいし、そう思われたまま、ふたりとお別れしたいのだ。そのためにも彼女達には明日、万全の体調で出発出来るよう、早く就寝してもらわねばならない。それに睡眠不足は美容と健康の大敵だしね。


 そこで私は女性に言葉が通じないのはわかっていたが一応、一言二言侘びてから催眠成分のある粘液をミスト化して噴射し、強制的に彼女を眠りにつかせた。女性を馬車に運び入れてから焚き火の傍に戻ってきた私に馬がすり寄ってきた。


「ヒヒン」


『あなたもそろそろ眠ったほうがいいよ。火の番なら心配しなくとも大丈夫だから。どうやら私には睡眠は必要ないらしいの。……あっ、そうだ。ねぇ、もしも私の言葉がわかるのなら、あなたにお願いしたいことが、いくつかあるのだけど……』


 言葉が通じているとは思わないのだけど、この馬は賢いから、こちらの言わんとしていることを察しているように感じていた私は、馬にお願いをしてみた。


『……と、お願いはこれだけなのだけど出来そう?』


「ヒヒ〜ン!」


『私のお願いを聞いてくれてありがとう。では、お願いするわね。直ぐに眠れるように、あなたにおやすみなさいのミストをかけてもいいかしら?』


「ヒヒン!」


『本当にありがとう。こんな私を信じてくれて……。じゃ、おやすみなさい。良い夢を見てね』


 私は馬にも催眠成分のある粘液をミスト化して噴射して眠らせた。多分、私の予想が正しければ、明日か明後日にでも、女性を追って森に来る者がいるはずだ。……そう考えた私は、私がやれることは全部やっておこうと思い、馬車に向かっていった。

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