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ウニョンウニョンに転生させられちゃった私と捨てられた公爵令嬢と可哀想な馬の話  作者: 三角ケイ
本編 ウニョンウニョンに転生させられちゃった私と捨てられた公爵令嬢と可哀想な馬の話
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 馬と一緒に女性がいる方を振り向くと、彼女は手と膝を地につけ、四つん這いの体勢で泣いていた。


「フ……だったのね。森に……ではなかった。”……る時、全てを……の使徒が裁定……。……は贄を得て大いなる破壊の……れる”……ハハッ。妃教育……本当だったんだわ。王子もあの人達も……。……だわ。これで安心して……る」


 ん?泣きながら何かを言って笑ってる?でもここからでは声が小さ過ぎて何を言っているのか、よくわからない。私は少しだけ女性に近づき、意識を向けてみた。すると彼女が泣き笑いしながら全身をガタガタと震わせていることや、さっきよりも空腹の音が大きくなっていることに気が付いた。


 ウニョンウニョンになってから、裸のままでいても寒暖を感じないのだけど、私も謎の悪寒がしているし、女性も震えているところをみると、もしかしなくとも夜の森は寒いんじゃないだろうか?う〜ん。そうだよね。寒くて空腹だと、どうしても悲観的な思考に走りがちになるよね。馬のおかげで焚き火も出来たことだし、女性をここに連れてきて温まってもらって食事も取ってもらおう。そうすれば気持ちも少しは浮上してくるはずだ。


 そう考えた私は女性を連れてこようと足を一歩……いや手なのか?を踏み出したのだが、ふと今の自分の姿を思い出し、その場で歩みを止めた。そうだった。今の私は人間の女の子ではなかったんだ。


 こんなウニョンウニョンなのが自分に近寄って来たら恐怖でしかないだろう。私だって自分の姿を知って気を失ったくらい、リアルホラーな姿なんだもん。彼女の傍に行く前に気がつけて良かった。でも、どうしたら怯えさせないように出来るかな?……あっ!そうだ。


 私は先程洗濯して干しておいた男達の服を一式、取り出して着ることにした。黒い帽子を目深に被り、黒い覆面、タートルネックの黒い上服に黒いズボン。黒い手袋に黒い靴下に黒い靴を身につければ、ほぼ触手の部分は隠れるから、多少は恐怖感は抑えられるはずだ。


 まだ洗濯物は生乾き状態だから臭わないか心配だけど、どうか、これで少しでも彼女の恐怖心を抑えられますようにと願って女性の目の前で着替えた私は彼女に近づいた。帽子が落ちないように縁を持ち、頭にしている部分の触手をゆっくり下げて、一礼し、お嬢様、あちらに行きませんか、と身振りで焚き火に誘ってみた。


 女性は沢山の逡巡の後、おずおずと頷いてくれた。私は嬉しい気持ちになって、焚き火の傍に彼女を誘導し、そこで一旦、彼女を待たせたまま馬車の御者席に転びかけながら……人間の服を着て動くのに、ウニョンウニョンの体が苦労していた……走っていき、踏み台とタオルを取って引き返してくると、台にタオルを敷いて臨時の椅子にして、彼女を座らせた。


 火の傍に座った彼女が、ホッと小さく息を吐き出した。彼女の強張っていた肩の力が少し抜けたように見える。私は馬車に向かい、人間の食糧が入った袋を持ってくると彼女の前に置くと、今度は調理道具やカトラリーが入った袋を取りに、もう一度馬車のところに走っていった。


 二つの袋をお腹を空かせているはずの女性の前に置いても、彼女は手を出そうとしない。首をかしげて私を見つめるだけで袋の中の物に手を出そうとする様子がない。もしかして毒を警戒している?いや、もしかしなくとも、令嬢である彼女は自分で料理をしたことがなくて、どうしたらいいかわからないだけなのかもしれない。


 う〜ん。ここは一丁、私がユーチューブのお料理教室の先生になったつもりで、お手本を見せてあげようかな。と、言っても大したものは作れないのだけどね。私は仕方なく……ううん、本当は一度でいいからアウトドア料理に挑戦してみたかったから結構ノリノリで……彼女の食事を作ることにした。


 焚き火の周りを取り囲むようにして大きめの石を並べて、即席簡易コンロを作り、片手鍋に水を入れて火にかけた。片手鍋でお湯を沸かしている間に、固いパンとチーズを取り出し、小刀でパンを8枚切りの食パンくらいの厚さに切り、チーズは削るように薄く切ってから、トングでパンを掴んで焚き火で軽く炙っていった。


 炙ったパンを皿に乗せてから直ぐに削ったチーズを乗せると予熱でチーズが溶けていき、上手い具合にチーズトーストが出来上がった。お湯も丁度湧いたようなので、烏龍茶っぽい匂いのする茶葉を片手鍋に入れて少し煮出してから、コップにお茶を注いだ。茶こしがないから、どうしても茶葉がコップに入っちゃうのは避けられないのが悔しいけれど、無いものは無いのだから仕方がない。彼女には茶葉を避けながらお茶を飲んでもらおう。


 女性に私が作ったチーズトーストとお茶を差し出すと、彼女は目をまん丸にさせ驚いた。驚くのも無理はない。だって私はウニョンウニョンなんだもん。人ではない者が人間の作った道具を使って調理をしたら驚くに決まってる。説明してあげたいけど、言葉が通じないから説明のしようもない。作る工程を見せていたのだから、毒の混入がないことは理解してくれていると思うのだけど、やっぱり人外が作ったご飯は恐ろしくて食べられないかな。


 女性は何度もそれらと私を見比べるのに忙しくして、一向に食べようとしなかったけれども、暫くして今までで一番大きなお腹の音が鳴ったことで、空腹を我慢できなくなったのか、彼女はチーズトーストを手に取り、小さく千切ると恐る恐る口に入れた。


 瞬間、彼女の目はさっきよりも更に大きく丸く見開かれたかと思ったら、次からは千切らず、直接チーズトーストにかぶりつき始めた。うふふ。空腹時に熱々トロトロのチーズの濃厚な匂いは堪らないよね。カロリーの摂りすぎは乙女の大敵だけれど、辛いことがあったときには、やっぱりガツンとくるカロリーをお腹に入れたいよね。


 私は女性が食べ出したのを横目で確認してから、一度小刀とまな板をバケツの水で洗い、リンゴを二つ取り出した。フッフッフ。ガツンとくる食事の後は甘いスイーツだ。どれだけお腹いっぱいでも、スイーツは別腹だと乙女の私は知っている。


 私は馬にリンゴを一つあげ、そして2つ目のリンゴで焼きリンゴを作ろうとして……自分が何故、謎の悪寒と恐怖感に襲われているのかを知った。





 それは焼きリンゴを作ろうとして、フライパンをコンロに置いた時だった。パチッと一本の枝が爆ぜ、火の粉が舞い上がったのだ。そして舞い上がった火の粉がたまたま、服で覆われていない部分の触手の上に落ちた。その瞬間、火の粉が落ちた部分の触手が一瞬で溶けて無くなってしまったのだ。


 そうか。私の体は火がつくと体が溶けて無くなる性質を持っていると、ウニョンウニョンの本能が体に訴えかけていたから、火に対して悪寒と恐怖感を感じていたのか。前世の記憶と感覚があるからこそ、火をつけるのも火の傍にいるのも何とか耐えられていたが、冷や汗が湧き出て止まらなかったのは火が自分の弱点だったからだ。


 火を使うときは必ず水を入れたバケツを傍に置いておきましょうという前世の知識がなかったら、私はそのまま溶けて死んでいただろう。火の粉が触手に落ちた直後にバケツに触手を突っ込んだ私を気遣うようにヒンヒンと鼻を鳴らせる馬と体を強張らせて狼狽える女性を安心させるために、何でもない風を取り繕っていたけれども、内心では熱いやら痛いやらで心臓バクバクものだった。……例のごとく心臓が、どこにあるかは、わからないけれど。


 それでも平然を装って馬を宥めようとして触手を伸ばした私は、ふと自分の心に異変が起きていることに気が付いた。生まれて半日以上も時間が経ったことで、空腹になってきたのだろうか?それとも体の一部が溶けたことで、ウニョンウニョンの体が危機感を感じたからだろうか?


 つい、さっきまでは馬を見ても何とも思っていなかったのに、段々と大きくて美味しそうな生き物だなとか、これだけ賢い馬なら、さぞかし使い勝手のよさそうな配下になりそうだなと思い始める自分が私の中に生まれていることを知って私は愕然とした。


 私……。自我が消えて、ただのウニョンウニョンになってしまうの?そして賢くて優しい馬を襲ってしまうの?


 私は不安を打ち消すようにリンゴを切り、もう一度触手でフライパンを持ち、リンゴを焼くことにした。バターなどの油がなかったから、火から遠く離して弱火で焼いていき、リンゴがしんなりしてきたら、砂糖をふりかけ、砂糖が溶けて、カラメルの香ばしい匂いがした瞬間に焼きリンゴを火から上げた。そして出来上がった焼きリンゴをチーズトーストをスッカリ平らげていた女性のお皿に盛ってあげた。


 女性は目を瞬かせて驚いていたが、今度は直ぐに焼きリンゴを口に入れて食べてくれた。よしよし。やっぱりスイーツは別腹だった。私は馬と彼女がリンゴを美味しそうに食べるのを眺めながら、つい先程気づいた自分の変化を忘れようと必死に努めたのだけど、現実は焼きリンゴのようには甘くなかった。

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