※捨てられた公爵令嬢のお掃除⑨
※残酷な描写があります。ご注意下さい。
幽霊になって少女の体を奪い、楽しそうなもので溢れている王都でイケメン達にチヤホヤされて、一生幸せに生きてやる。
そう思って自死したはずの老婆が倒れていたのは草木が生い茂り、ジメジメとした薄暗い場所だった。
「ううっ……何よ、ここ?何で、あの子は王都にいないの?……あれ?手が皺だらけ。私、あの子に憑依できなかったの?それとも、あんなにも苦しくて痛い思いをしたというのに死ねなかったの?」
老婆が起き上がろうとした地面に置いた自分の手を見た後、辺りを見回していると突然、若い男性の声が聞こえてきた。
「いいえ、あなたはお亡くなりになりましたよ。ですが、“ダークナイト”の世界では幽霊が体を奪える相手は、自分を殺した犯人だけとなっているそうなので、自分自身を殺めたあなたは誰にも憑くことは出来ません。まぁ、憑くことが可能だったとしても、コメット様に転生した天使様に永遠の愛と忠誠を誓った公爵令嬢と馬がそれを許すはずもないでしょうけれど」
声に驚いた老婆は立ち上がり、声が聞こえた後ろを振り返り、更に驚いた。
「ええっ!嘘、どうして王子がここに!?何で、どうしてよ?……王子は老いて死んだんじゃないの?どうして若いままなのよ?」
そこに立っていたのは若い姿の王子だった。老婆は思わず駆け寄ろうとしたが、それまで自由に動かすことが出来ていた足が、まるで縫い付けられているかのように動かすことが出来なくなっていた。
「私は王子ではありません。私は昔、城の図書館で司書をしていた者です。女王となった公爵令嬢から聞いた話ですが、私は『闇夜の紳士は心優しき清らか乙女の騎士になりたい』というゲームの追加コンテンツで登場する新キャラだったそうです。それによると司書である私の正体は、王が昔にメイドに手を出して産ませた子どもで、王子と私は双子のように似ているという設定らしいです。そして私はヒロインが三人の幽霊と交流を持たず、王子の求愛を断らないと出現しない隠しキャラで、王子の身代わりに処刑されそうになっている私をヒロインが助け、冤罪を晴らして王と王子を失脚させ、代わりに王となった私と結ばれるというストーリーになっていたそうです」
「追加コンテンツ……。そんなの知らないわ。隠しキャラがいたなんて……」
「ご存知ないのも致し方ないかと。なにせゲームの追加コンテンツが出たのは、あなたが行ったイジメがご家族に発覚した日だったそうですから。ゲームとは違い、現実に私を助けてくださったのはあなたではなく、神となった公爵令嬢と馬でした。命を救われただけではなく、母を無理やり手籠めにしたあげく、無一文で城から追い出し、更には罪を犯して処刑されることが決まった王子の身代わりに私を殺そうとした王と王子に復讐することが出来た私は神達に感謝し、自らお二方の忠実な下僕となりたくて我が身我が魂を捧げたのです。それ以来、私はこうして神の手足となってお仕えしているのです」
「公爵令嬢が追加コンテンツを知っているということは……。やっぱり公爵令嬢は転生者だったのね!ああ、悔しすぎる!もっと早くに気がついていれば!」
「私がここにいるのは、神の代理であなたに沙汰を告げに来たからです。あなたは前世で何の罪もない少女達に嫉妬して虐め、その心に一生癒えぬ傷を作り、最期は逆恨みで天使様の命を奪おうと自分自身を殺めた。今世でも身勝手な理由で三人の人間に殺意を抱き、直接または間接的に死に追いやり、穢れた手で善神に触れ、神の力を削いで世界を滅ぼすきっかけを作り、最期はコメット様に転生した天使様の体を奪おうと自分自身を殺めた。本来なら、それほどの罪を重ねた者は地獄へ行き……」
「何で私が地獄に行かないといけないのよ!私は何も悪いことはしていないのに!悪いのは私よりも美人に生まれた子達の方よ!それに今の私はヒロインなのよ!"ダークナイト”では幽霊が攻略対象者なんだから、彼らが幽霊になるよう助けるのは、ヒロインとして当然のことでしょ!私が地獄に行くなんてありえないわよ!絶対地獄になんか行かないんだから!」
老婆は自分の沙汰を告げようとする青年の言葉を大声で遮った。
「あれほどのことをしておいて罪を認める気はないのですね。まぁ、神達からあなたはそう言うだろうと聞かされていたので驚きはしませんが。安心して下さい。ここは地獄ではありません」
地獄ではないと聞き、老婆はキョロキョロと辺りを見回した。
「ふ〜ん。じゃ、ここはどこなの?もしかして天国?……なわけないよね。だって“ダークナイト”の世界よりも陰気だもん」
「実は前世のあなたが最期に嫉妬していた少女は本当ならば大手術の甲斐なく命を落とし、"ダークナイト”の世界ではない別世界で聖女として転生するはずでした。ですが、あなたが心優しき清き乙女ではなかったせいで、"ダークナイト”の世界は変わり、少女の運命も変わり、そして少女とあなたがいた元の世界までもが変わってしまい、別世界は少女の魂を迎えることが出来なくなってしまったのです。ここはその別世界で、あなたは……」
「皆まで言わなくてもわかったわ!それってあの子の代わりに聖女をしろって話だよね!やったー!神様ご指名聖女転生キター!!こういうのを待ってたのよ!今度こそ私はあの子よりも幸せになってやるんだから!……って、ババアのまま聖女なんてありえないんだけど。そうだ!あの子の代わりなんだから、どうせなら"ダークナイト”の世界に来たときのあの子の姿に変えてよ!」
前世の世界で見た少女より、今世で見た少女の方が血色がよく、健康そうだった。イケメン達とキャッキャウフフな生活を送るのなら、体は健康な方がいいに決まっている。
そう考えた老婆が願望をそのまま口にしたときだった。老婆の全身の皮膚がボコボコと不自然に膨れ上がったのだ。
「うわっ!なにこれ気持ち悪……ギャー、何?痛い!?痛い、痛い!体が痛っ、誰か助けっ!」
膨れていく体からブチブチと何かが千切れるような音と、ボキボキゴリゴリと硬いものが砕けていくような音が鳴り出すと同時に体の至るところから血が吹き出し、無数の黒い突起が皮膚をメリメリと突き破って飛び出てきたかと思ったら、見る見るうちに老婆の姿は恐ろしい触手の魔物へと変わっていった。
「ギギッ?ギギギ、ギギ!?」
体毛のような短い触手を震わせ、『何っ?何よ、これ!?』と喚く老婆の声も既に人外のソレに変わっていて耳障りな音が発せられただけだった。
「う〜ん……。あなたが何と仰っているかが全くわからなくなってしまいましたが多分、それほど体を震わせているということは、ご希望通りの姿になれて喜んでくださっているのでしょうね。喜んでもらえて何よりです。こちらもあなたご自身が魔物の姿を望んでくださったおかげで手間が省けて助かりました。ああ、注意事項がございます。その姿は紛れもなくあなたが望んだ少女の姿なのですが、元々の魔物が持っていた能力をそのままあなたに与えるのは危険でしかないので、大きさや能力等などは色々と改変しているそうです。その点だけはご理解のほど、よろしくお願いします」
『ちょっと!こんな醜い魔物があの子のわけないじゃない!私はあの子の代わりに聖女になるんでしょ!魔物なんて嫌!ちゃんと元の姿……あの子の姿に変えてよね!……あれ?あんた、すっごく大きくなってない?何で?』
老婆だった魔物は猛烈に抗議を捲し立てていたが、暫くして男の様相が随分変わっていることに気がついた。さっきは単に背が高い細身の青年だったのに、今では巨人のように体が大きくなっていて、真上に見上げても青年の顔は見えなくなっていた。自分の体が縮んで小さくなったと気が付かない老婆だった魔物の前で、巨人となった青年の体がフワッと浮かび上がった。
「では無事に、有害ゴミを資源ゴミにリサイクル出来たことですし、後はあなたに伝えるよう命じられていた残りを告げますね。少女を手に入れられなくなった別世界の神は大層お怒りになられて、賠償に神達にあなたと“ダークナイト”の世界の消滅と少女の魂の譲渡を求められました。ですが事の発端であるあなたが前世での生を終えた後、地獄に行かずに前世の記憶を持ったまま“ダークナイト”の世界のヒロインに転生することになった原因が、あなたが盗んで乗った車が別世界の神が干渉していた車だったからだということが判明しましてね」
『えっ!?』
「あれ?触手が全部上に逆立っていますね。もしかして前世で自分が死に至るまでの経過は二通りあるけれども、どちらも最期は同じ車に乗り込んで死んだことを思い出されて驚かれていますか?そうなんですよ。少女が大手術の甲斐なく亡くなっても、我が神達が手術を成功させて少女の命が助かっても、どちらにしろあなたは少女の両親の報復を受けて退学し、引っ越しをする日にあなたの両親に自立するように告げられて、やけになって車を奪って事故を起こして、あの日あのときあの場所で亡くなるのです」
『そんな……』
「別世界の神は、あの車に干渉していた理由を我が神達に明かしませんでしたが、我が神達や“ダークナイト”の世界や少女に一切の非がないことを認め、賠償請求を取り下げられました。そして別世界の神は迷惑をかけた詫びに、賠償をあなた個人に請求すると約束し、あなたの魂が消滅するまで、魔物として自分の世界に留め置くと誓われ、先ずは聖女に転生するはずだった少女の代わりになってくれる魂を呼び寄せるための餌として使うことにしたそうです」
『何ですって!?』
老婆だった魔物は空に浮かんでいく男の体を掴もうと触手を上にかざしたが、触手は伸びずに短いままなので男を捕らえることは出来なかった。
「別世界の神は、地獄で罰を受けず罪を償っていないままのあなたが魔物になれば、あなたによって人生を狂わされ傷ついた者達の魂が、あなたに報復を与えるために、この世界に引き寄せられて聖女もしくは勇者として転生してくるだろう。そして転生してきた彼ら彼女らからの報復が、あなたが地獄で受けるはずだった罰の代わりになるだろうとお考えになったようです」
『冗談じゃないわ!そんなの嫌よ!』
何の感情もこもっていない眼差しで小さな魔物を見下ろす青年の姿が段々と透明になっていき、最後は声だけが残った。
「もしも、たとえ誰も転生してこなくとも、人々を害する魔物がいれば、きっと人々は魔物を倒すために力を合わせて立ち上がってくれるだろうとも別世界の神は期待されているそうですよ。人というのは共通の敵がいる間は、人同士で無闇に争いを起こさない生き物ですからね。勿論、魔物となったあなた自身が世界を救えるなら、それはそれで構わないそうですが。……さて、お掃除も終わったことですし、私はこれで失礼します。因みにあなたが妬んでやまない少女はその姿で天使様と崇められましたが、この世界の人々にあなたは何と呼ばれるようになるのでしょうね……」
そこは魔素から生まれる魔物がいる世界。人々は襲いかかってくる魔物に恐怖し、愛する者を魔物から守るため、昔から剣と魔法の腕を磨いていた。そんなある日。草木が生い茂り、ジメジメとした薄暗い場所で新たな魔物が誕生した。
全長3〜5センチほどの大きさしかない、その魔物は無数の黒くて短い触手だけで出来ていて、動物の生き血を主食としていた。ギギギと耳障りな音を体から発する触手の魔物は人間の若い女を厭い、女を見れば毒性はないが異臭が強い体液を吹きかけ、逆に人間の若い男は好み、男を見れば飛びつき、体中を這い回って男の穴という穴に短い触手を突き入れて血を啜ろうとしたため、人々は触手の魔物に恐怖し、“黒い邪悪”と呼び、忌み嫌うのに時間はかからなかった。
かつて、いくら転生を繰り返しても他人のことを思いやれず、己の欲望のままに人を害し続け、例え自分の命を失うことになっても己の欲望に忠実な悪しき人間だった魔物が、自分の魂が消滅する前に天使様と人々に呼ばれるほど変われるかどうかは……神でさえわからないだろう。
※ここまで読んでくれてありがとうございます。この回の話はこれで終わりです。後、一、二話で、この物語を終える予定です。




