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※捨てられた公爵令嬢のお掃除⑦

 面談終了後に案内の兵士から往復の路銀だと布袋を渡され、追い出されるようにして城門から出てきた老婆は、布袋の中を覗きこみながら独りごちていた。


「こんなに大きな城に住んでいるのに、往復でかかる交通費しかくれないなんて随分としみったれてるわね。あ〜あ。それにしても何十年も経ってから私と面談するなんて一体何が狙いだったんだろう、あの女?私に後悔させて、謝罪をさせたかった?でもさ、何回も輪廻を繰り返しているとは言っても今世ではなかったことになっているなら私は悪くないわよね?あっ、もしかして悪役令嬢の自分が女王となった姿をヒロインの私に見せつけて、ザマァ感を満喫したかったのかも」


 今の今まで気が付かなかったけれども、女王となった公爵令嬢は自分と同じ前世の世界出身の転生者だったのだろう。何故、今になって正体を明かす気になったのかは不明だが、前世の世界では乙女ゲームの悪役令嬢に転生しちゃったけど何やかんやでザマァ出来ちゃいました系の読み物は大人気だったから、それを思い出して女王は誰とも結ばれず貧乏暮らしをしている自分に、格差を見せつけて優越感に浸りたくなったのかもしれないと老婆は考えた。


「う〜ん、確かにずっと貧乏暮らしだし、妬ましいことは妬ましいけど、向こうだって誰とも結ばれてないし、それに玉の輿で贅沢な暮らしが出来るならともかく、自分が王になって働くのとかはしんどそうだから、あんまり悔しくはないかな。ハハハ、思うようなザマァにならなくてお生憎様。こういうのも、ザマァ返しって言うのかもね。っていうか、さぁ。あの触手、何なの?少しも年を取っていないのも意味不(いみふ)で、マジ怖いんだけど。もしかしてあの女、神様が出てくるルートの魔物の力を取り込んだんじゃ……」


 老婆は黒い触手を思い出し、恐怖にかられたが、次の瞬間には、フウッと息を強く吐いた。


「まぁ、どうでもいいか。私も年だし、今更だもん。どうせ会うこともないだろうし。……そうだ。折角王都に来たんだし、久しぶりに学園を見ておこうかな。確か城の左横に“ダークナイト”の学園があるんだったよね」


 視線を左にやった老婆は、そのまま学園に向かって歩きだした。




「ハァハァハァ……。ああ〜、もう!遠い〜!しんどすぎる!城の横とは言っても学園に着くまで距離があったこと、すっかり忘れてた〜。こんなことなら乗り合い馬車に乗っておくんだった」


 学園に向かって歩き進んで20分後。老婆はゼイゼイと肩で息をしながら重たい足を引きずるようにして歩いていた。老婆は車道を走っていく馬車を恨めしそうに横目で見て舌打ちし、愚痴り始めた。


「チッ。……あ〜あ、それにしても学園に向かうまでの町並みがこんなにもお洒落で楽しそうな場所になっているなんてね。こんなに変わっているなんて思いもよらなかったわ。さっき見た店だって前世の世界で有名な映画に出てきた魔法店と同じ外観だったし、その横の店は前世の世界で流行っていたスイーツの店だったし!オペラ座にそっくりな演芸場もあって、その演芸場の横の掲示板にはダンス大会のお知らせが貼ってあったし!どうしてこんなに“ダークナイト”にはなかったものばかりあるのよ!それに……」


 老婆はキッと上を見上げ、空を睨みつけた。


「それにどうして、こんなにも空が明るいのよ!空も街の建物も何もかもの色が明るくて綺麗になっているなんて絶対に変よ!こんなの、こんな明るい色は“ダークナイト”じゃないわ!こんなの、まるで違う世界じゃない!」


 はるか遠い記憶となって今では思い出すことも殆ど無くなっていた前世の記憶が、怪しげな触手を体に突っ込まれたことにより、鮮明に思い出せるようになっていた老婆は、目の前に広がる王都の景色が“ダークナイト”の景色ではないとハッキリと認識できていた。


 “ダークナイト”と一部のコアなゲームファンに呼ばれている『闇夜の紳士は心優しき清らか乙女の騎士になりたい』では、かろうじてゲームの主要な登場人物達の目や髪の色だけは鮮やかな色が使われているものの、ゲーム自体が霊との恋愛がメインのオカルト系の乙女ゲームであるため、ゲーム画面は常に闇を感じさせるような暗い色合いで、スチル画面で描かれている周りの建物も人物も陰気な印象を与えるような色調で統一されていた。


 また“ダークナイト”では4体の霊は出るものの、魔法や不思議な力などは一切存在せず、ゲームの世界感が中世西欧時代風であるからなのか、下水道やガスや電気等の設備はなく、老婆は平民となってからは暗い色合いの世界で水汲みや火起こしといった生活するための労働や食べるために日銭を稼ぐ労働で明け暮れるだけで何の楽しみもなく、ただ生きていたのだ。それなのに……。


 それなのに何十年ぶりに訪れた王都はまるで闇から世界全体が解き放たれたように明るかった。どこもかしこも眩く光り輝いていて、どこにも“ダークナイト”を連想させるような暗さは微塵もなかった。しかも今の王都は老婆が住んでいる田舎とは違い、上下水道がキチンと整えられており、ガスや電気の代わりは魔法が担っていて、人々の生活は活気に溢れ、豊かだった。


「……私の若い頃には王都にこんな便利なものや娯楽も何もなかったのに。いまだに私の住んでいるところはまだ井戸で水汲みしないといけないし、魔法も娯楽もなかったのに、こんなのズルいわよ……っ!えっ?あれは!?」


 今の王都を羨んでいた老婆は学園の門の前に立つ数人の青年達に気づくと驚きのあまり、皺だらけの右手で震える口元を押さえた。


「嘘……。どうして?あれは“ダークナイト”の?!見間違いかしら?ううん、見間違いじゃないわ!でも、どうして彼らが……?って、ううっ!イタタ……。胸が……」


 老婆は興奮により、また強い動悸に襲われた。が、自分が前世の世界で一番大好きだったゲームの攻略対象者達が目の前にいて、しかも老婆の視線に気がついたのか、老婆のいる方を見て、顔を綻ばせて手を振ってくれている。そんな夢のような状況に居ても立っても居られなくなった老婆は痛む胸を押さえながら駆け寄ろうとした。


 そんな老婆の横を一台の馬車が横切っていった。“ダークナイト”の攻略対象者達の視線は学園に近づいてくる馬車に合わせて動いていき、学園前で馬車が停まると、彼らは我先にと馬車へ群がっていった。自分に対して手を振っていたわけではないと知った老婆は馬車から出てきた少女を見て、ピタリと足を止めた。





「よく来たね、コメット。さぁ、私の手に捕まって、ゆっくりと降りておいで。久しぶりだね、コメット。元気だったかい?一段と素敵な淑女らしくなっていて驚いたよ」


 耳に心地よい優しい呼び声。それは記憶にある声よりも低かったけれども優しげな口調は幼い頃の彼と全く変わりなく、池で溺れ死んだはずの少年が生きて成長している姿がそこにあった。


「待ってたよ、コメット!僕は昨日こっちに来て、アークトゥルス義兄さんの部屋に泊めてもらってたんだ。今日のオープンキャンパスには義兄さんと僕と君の三人で見て回ろうと思っていたんだけど、余計なのがいっぱい着いてきちゃったんだ。君からも彼らの案内は要らないって断ってくれない?」


 記憶とは違う明るい口調の声。だけども、その口調は義兄を池で失う前の少年時代と同じで、明るい表情の彼からは、ゲームのような義兄を池に突き落としたという罪の意識から来る、闇の気配は少しも感じられない。そしてそれはそこにいる者達皆も同じであった。


「余計なのとは失礼だな、アトラス君。君とアークトゥルス生徒会長はコメットの単なる幼馴染に過ぎないけど、僕はコメットの従兄なんだよ?コメットのおばさんからもコメットがオープンキャンパスで学園を見学しに行くと手紙を貰っているんだから、僕が案内するのは当然のことだよ。……やぁ、コメット。少し会わない内にまた随分と可愛らしくなったね。こちらにいるのは僕の同級生で一緒に生徒会の書記をしているリゲル。君が来ると言ったら、どうしても会いたいというから連れてきたんだ」


 記憶通りの穏やかな声。彼の姿はゲームの回想場面で登場する生前の姿、そのままだった。ヒロインの従兄が面倒見の良い兄貴面で笑いかける姿は、ゲームで見たときよりも逞しく生き生きとしている。


「初めまして、コメット嬢。僕はリゲルと言います。多分、君は気づいていなかっただろうけど、僕は半年前に君とカノープスが話しているのを偶然見かけたことがあるんだ。そのときの僕はある事情からカノープスを憎んでいたのだけど、君の話を聞いたことで、僕がカノープスを誤解していたことがわかったんだ。だから僕は君にとても感謝をしていて、お礼を言いたいとずっと思っていた。あのときは本当にありがとう。君が入学する頃にはアークトゥルス生徒会長は学園を卒業していていないけど、君の従兄のカノープスと僕はいるから頼りにしてくれると嬉しい」


 記憶とは違う素直な感謝の言葉。ゲームで見せる、カノープスに取り憑かれていないときの公爵子息の傲慢な姿は影も形も見当たらない。生きているカノープスに従妹に手を出すなよと小声で牽制され、頬を赤らめ、そんな不埒な動機で頼ってほしいと言ったんじゃないと小声で反論している姿からは、純情そうな青年の人柄が滲み出ていた。


「やぁ、お久しぶりですね、コメットお嬢様。私のことを覚えておいでですか?あなたの家庭教師だったポルックスです。コメットお嬢様は真摯に勉学を学ばれる、とても真面目な生徒でしたから、私はあなたの初めての家庭教師になれたことをとても光栄に思っていたので、またあなたの師になれるのが今からとても楽しみなんです。そうそう、こちらの男を覚えていますか?昔、私がコメットお嬢様のお屋敷にいたときに、先触れも出さずに突然押しかけてきた私の親友のカストルです。あのときの非礼を詫びたいというので連れてきたんです」


 記憶よりも落ち着いた大人の男性の声。ゲームの回想場面で現れる家庭教師は随分と凛々しい大人の男性に成長し、自分の一番最初の教え子を懐かしみ、再会を心から喜んでいた。


「コメットお嬢様。お久しぶりです。カストルです。あのときは突然お屋敷に押しかけ、本当に申し訳ありませんでした。いきなり乗り込んでいってポルックスに掴みかかった僕を追い出すことなく、喧嘩をしないで話し合ってと泣いて縋って必死に説得してくださったコメットお嬢様のおかげで、僕は冷静さを取り戻して話し合うことが出来たんですよ。結果、お互いの解釈の行き違いだったと気が付くことができて、僕は唯一無二の親友を失わずに済み、二人揃って母校の教師になることが出来たんです。こうして僕らが笑って暮らせるのも皆、コメットお嬢様のおかげです。あのときは本当にありがとうございました」


 記憶とは違う真摯な謝罪の言葉。ゲームで見せる酷薄な表情など一度も顔に浮かべたことなどなさそうな誠実そうな男性は、目に涙を滲ませて心からの感謝を口にしていた。




「な、何で皆、生きているの……?」


 何十年ぶりに見るヒロインの幼馴染の子爵子息とその義兄。ヒロインの従兄弟と従兄弟の生徒会仲間である公爵子息。そしてヒロインの幼少期の家庭教師と家庭教師の親友だった学園教師。ゲームでは殺された者と殺した者であるはずの彼らの表情は皆、ほがらかで明るく、生き生きとしていて健やかそうであった。


「何よ、これ?本当なら、あそこにいるのはヒロインである私のはずでしょう?一体、誰なの、あの女?……えっ!」


 王子以外の攻略対象者達が皆、生きている状態で一人の少女を取り囲んでいる。まるで普通の乙女ゲームのような光景に最初、呆然と立ち尽くしていた老婆は少女を凝視し、その顔を見て言葉を失った。何故なら、そこにいた少女は前世の世界で自分が嫌っていた少女だったからだ。

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