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※捨てられた公爵令嬢のお掃除⑥

※この回、残酷な描写があります。ご注意下さい。

 女王の触手が老婆に視せたのは老婆が王子の恋人だったころの若かりし日の記憶だったが、それは老婆の覚えていたものとは全く異なるものであった。


 王子が公爵令嬢を森に捨てた次の日。男爵令嬢の目論見通り、“ダークナイト”の隠しルートで現れる魔物が出現し、人々が襲われ、暫くして魔物から世界を守るために神様が現れ、王子に乗り移った。男爵令嬢は“ダークナイト”のストーリー通りに魔物に向かっていく前の王子の腕を強引に掴み、間髪入れずに王子の頬に勝利を願ってキスをしたのだが、その後にゲームでは見たことがない現象が起こった。


 なんと男爵令嬢が王子に触れた瞬間、神が乗り移った直後から光り輝いていた王子の体から急速に光が失われていったのだ。男爵令嬢が触れた王子の腕と頬の部分は黒ずんでいき、そこからシュウシュウという音を立てて煙が上り、焦げたような臭いまで漂い始めた。


 本来なら、この場面は男爵令嬢のキスを受けた神様が、初めて男爵令嬢を意識する場面だった。それなのに、この現象は一体何なのだ?と男爵令嬢がゲームとは異なる展開を不思議に思っていると、自分の体から出る煙に驚き、黒ずんで異臭のする腕を見た王子が男爵令嬢を視て、「騙り者か」と嫌悪の表情で一言呟いた後、魔物に捕まり喰われてしまった。


 神を喰らった魔物は無双状態となり、国中の人々が魔物に喰われ、男爵令嬢自身も魔物の餌食となった。世界が滅ぶ様を視せられ茫然自失となっている老婆に女王は言った。


「凄惨すぎて言葉が出ないでしょう?でもね、悲劇はこれで終わりではなかったの。しっかと目を見開いて、自分が招いた結果を思い知ってくださいな」


 そう。悲劇はこれで終わりではなかった。神を喰らって邪神となった魔物は、“ダークナイト”の攻略対象者である神を喰らったことで、“ダークナイト”の攻略対象者になってしまったのだ。そのせいで邪神は無性であるにもかかわらず、心優しき清らかな乙女を妻を求め出した。


 最初は神々の世界で妻を探したが誰からも相手にされなかった邪神は、自らの血肉で妻となる魔物を作り出そうと創造神が作っていた元の世界をそのまま再生したものの、世界を喰らい尽くした魔物が心優しき清らかな乙女でないことに拒否反応を起こし、その結果、“ダークナイト”の世界の破壊と再生が無限地獄のように繰り返されるようになってしまったのだ。


「こっ、こんなの嘘よ!こんな酷いことが私のせいなんて……。絶対違うわ。私は悪くない。こんなの絶対おかしい。……だって私は生きているじゃない。何よ、これ?こんな過去なんてなかったはずよ。だって、そうでしょう?私は確かに神様が乗り移った王子とのハッピーエンドを目指したけれど、魔物が国を襲ったなんて事実はなかったし、神様だって現れなかったじゃない!」


 生々しく恐ろしい映像を延々と視させられている老婆は、これは現実ではないと喚いて反論した。何故なら老婆が覚えている記憶では、公爵令嬢が魔物が棲む森に攫われていくところまでは同じだが、あの後、いくら待ってもゲームのように魔物が現れて人々を襲うようなことはなかったのだ。


 実は“ダークナイト”の世界のヒロインに転生したはずなのに、どういうわけだか男爵令嬢は誰一人として霊の姿を見ることが出来なかった。そこで男爵令嬢は学園に在学中は覚えていたゲームシナリオ通りに行動し、本当は見えていないにもかかわらず、霊が見えているかのように振る舞っただけであった。


 なので実際に4人の霊と交流できたかのか確かめられなかった男爵令嬢は魔物や神が現れないと知った時、自分が霊を見ないのも魔物や神様が現れないのも、転生した世界が“ダークナイト”の世界ではないからだと考えた。“ダークナイト”の世界でないのなら、いくら外見が良くても高慢で怠惰で賭博で国庫を使い込むような王子など害悪でしかない。男爵令嬢は王子と別れ、真っ当な貴族子息と縁を結ぼうとした。


 しかし男爵令嬢が幼い頃に彼女の従兄弟や幼馴染や家庭教師といった、彼女に近しい人間が立て続けに三人も命を落としていることや、学園で彼女と親しくなった三人の貴族子息と、彼女と恋人になった王子が揃いも揃って犯罪者として逮捕されたことで、貴族達の間で男爵令嬢は自分の周りにいる男を不幸にする女だと噂されるようになっていた。


 元々、特定の上級貴族子息達に馴れ馴れしく付きまとったり、王子に婚約者がいるとわかっていて恋人になる女だと貴族女性達から嫌われていた男爵令嬢は、貴族の誰からも避けられるようになったため、結婚を諦めて実家で余生を送ろうとしたが、既に娘のせいで貴族達から付き合いを断られ没落の危機にあった男爵家は、不幸を招く娘を置いてはおけないと娘を男爵家から除籍し、放逐した。


 平民となった元男爵令嬢は前世の世界の異世界転生小説の主人公のように、前世の知識を使って金持ちになろうと考えたが、前世では若くして交通事故で死んでしまったために、この世界で金になるような有益な専門知識を何も持ってはいなかった。


 それどころか、“ダークナイト”のヒロインに転生したと思い込んでいた彼女はゲームのイベントをこなすことにかかりきりだったため、現世でも金になるような有益な知識を身につけていなかったから、ろくな職に就くことが出来ず、それに平民になってからも不幸を怯れる人々から避けられたため、職も住まいも転々と変え続けることになり、その後も誰とも親しくなることなく、長い人生を孤独に生きてきたのだ。


「そうよ。私はしわくちゃのババアになっているわ!だからあんたから生えている黒い触手も、今、視させられている世界の滅亡も只の幻なんだわ!どうせ、あれでしょ!?隣国から伝わった怪しい妖術か何かなんでしょ!昔、あんたを助けた隣国の王女とやらとあんたが親しくなったせいで、人族しかいなかったこの国は隣国から流れてきた獣人や魔人や妖精族といった、ありとあらゆる種族が入り交じる国に変わっちゃったし。それにどんな種族同士だろうが、男同士や女同士といった同性同士だろうが、相思相愛であれば結婚も出来るし、子どもも作れるようになって、おまけにこの国では存在していなかった魔法まで使える者が出始めたっていうじゃないの!大体、“ダークナイト”の設定では隣国や魔法なんて存在すらしていないのだから、やっぱり、この世界は“ダークナイト”の世界ではなかったのよ!」


 老婆は女王が嘘をついていると断言した。その瞬間、老婆は強い動悸と頭痛に襲われた。


「え?何よ、この痛み?……そうか。あんた、私を殺す気なのね!さては裏で手を回して、噂で私を孤立させて貧乏人生を送るようにも画策してたんでしょ!?何十年にも渡って王子を奪った仕返しをしておきながら、最後は殺そうとするなんて、どこまでも陰湿な女ね!」


 老婆がキッと女王を睨みつけて言うと、女王は驚いたように言った。


「あら?そんなことしませんわ。確かに前の輪廻までの私は、私を愛さない父や私を森に捨てた王子を恨み、国ごと滅んでしまえと毎回、進んで魔物の配下になって人々を襲って命を奪っていましたが、今世の私は罪深い馬番の男達にも更生の機会と金貨一枚の恩情を与えた天使様に心を捧げ、仕える身となったのですもの。以前と同じことなどするわけがございませんわ」


 そう言った後、女王はここ数十年の国の様子を老婆に視せた。


「ほら、ご覧なさい。今の私は無辜の民を滅ぼしてはいませんし、罪を犯した王子や私の父も死刑ではなく、終身強制労働の刑罰で手打ちにしていますもの。ウフフ……前までは王子や父の血をジワジワと魔物に吸わせて殺すことで仕返しをしてましたけれども、たった数日で死んでしまったから、そんな短期間の苦しみで逃してあげられるような薄い憎しみではないのにと悔しく思っていたのです。でも今生では彼らから身分や財産を取り上げて丸裸にし、それぞれの罪に見合った強制労働の罰を課したところ、いっそのこと殺してくれと日々嘆き苦しむ姿を何十年も楽しむことが出来ましたのよ」


 光景が変わり、荒れ地で働いている一人の老人の姿が映し出された。顔色が悪い痩せぎすの老人がボソボソと何事かを呟きながら固い土を鍬で耕していたが突然自分の胸に手をやり、呻いたかと思った途端、そのまま倒れて動かなくなってしまった。


「まぁ!王子の今の姿をあなたに視せてあげようと思ったら、何という奇遇かしら。ちょうど王子が息絶える瞬間をあなたとともに見ることになるなんて。王子はね、恋人だと思っていたあなたに裏切られて、実の父親も自分のことを王族の血を繋ぐだけの種馬としか見ておらず、国民の全てが自分を憎み、極刑を望んでいると知って、絶望に突き落とされたらしくてね。それ以来、ずっと幽鬼のような表情で生きていたのよ。……ウフフ、こういうのをあなたの世界では“情けは人の為ならず”というのでしたかしらね?本当に善行はしておくものですわよね。天使様に倣い、殺さずにいたおかげで、私の本懐は今生でようやく遂げられたのですもの。手を汚さずに綺麗にお掃除も出来たし、一挙両得でしたわね」


 女王は満足そうに話した後、老婆から触手を全て引き抜いたが、それら全てに血はついていなかった。


「これはね。口頭での説明が難しい真実を伝え、無かったことになっている記憶を視せるために使ったのであって、命を奪うものではありませんわ。動悸や頭痛になったのはあなたが高齢だから。感情が高ぶって血圧や心臓に負荷がかかったのでしょう。ちなみに貴方が孤立して貧乏だったのは、あなたの以前の行いのせいですわ。私とても多忙ですの。そんなみみっちい仕返しなんていたしませんわ。それに……」


 女王は兵士に目線を送ると、兵士は老婆の体を起こし、立たせた。


「それに……あなたに仕返しをするのは、私ではありませんわ。私は彼らの願いに添った場を提供するだけ。面談は終了です。何十年経ってもあなたがあなたのままであったことを確かめられて良かったです。これで心置きなくお掃除出来ますもの。もうお会いすることは二度とないでしょう。さようなら」


 女王はそういうと玉座から立ち上がり、謁見室の奥にある別の扉へと向かっていった。


「えっ!?ちょっと、待ってよ!それって、どういう意味よ!ってか、何で今世だけ今までと違うのか、理由を言いなさいよ!わけわかんないままにしないでよ。それにそれにあんただけ若いのも変よ!」


 老婆が喚き続けたが、女王は足を止めなかった。兵士は女王に向かって一礼すると、老婆の頭を無理やり押さえつけて一礼させてから、老婆を引きずり、謁見室から出ていった。









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