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※捨てられた公爵令嬢のお掃除④

 「ああ、なんてきらびやかなんだろう。流石都会だわ。見るもの全てがお洒落だわ。うちの田舎とは大違い」


 その日、一人の老婆が女王との面談のために乗合馬車を乗り継いで王都を訪れていた。老婆は若い頃、この城に住む王子と恋仲であったが、王子と別れた後は城どころか王都にさえ来たことがなかったので、すっかり様変わりをしている王都の町並みを車窓から興奮気味に見ていたが、ふと城に目をやったとき、とてつもない違和感に襲われた。


「あれ?あの城、昔と外観が違っているような……嘘!?どうして?なんで前世の世界にあった、外国のお城にソックリになっているの?」


 今はもう、おぼろげにしか覚えていない、前世の世界の記憶。年老いた今では、その記憶が本当のことなのかどうかも定かではなかったが、その城は老婆の前世の世界で、一度は訪れてみたい場所だと少女達の間で人気があったことを彼女は微かに覚えていた。


 馬車を降りた老婆は、目の前にある城を見て、あんぐりと大きく口を開く。間近に見た城は、新築のように真新しく綺麗だった。門番に面談のことを告げ、年若い兵士の案内で城の中に入った老婆は、城内に置かれている絵画や壺を見ては、羨ましげにため息をついた。


「……あの女だけズルいわ。私は田舎の掘っ立て小屋に住んで日雇いの仕事をしているのに、あの女はこんなに綺麗な城に住んで贅沢三昧しているなんて。ああ、高そうな物がいっぱい置いてある。どれか一つでも私にくれないかしら?それをお金に変えたら隙間だらけのボロ小屋に住まなくともよくなるのに。……あら?そう言えば、これによく似た風景をどこかで見たような……。ああ、そうよ!外観は違うけれど、王子の隠しルートのエンディングスチールに出てきた城の内装に似てる!もしかして、あの女……」


 前世の世界にあった城にソックリな城を見たことで、久しく思い出すことがなかったゲームの記憶を思い出した老婆は苛立たしげに左手親指の爪を噛んだ。老婆を女王のもとに案内していた年若い兵はガリガリと爪を噛む老婆を見て眉をひそめると、みすぼらしい身なりの老婆に最低限の礼儀を教えようと口を開いた。


「女王陛下の御前では汚い言葉を使わず、爪も噛まないように。それと女王陛下に一礼した後は、女王陛下の許しが出るまで頭を下げておくように」


 兵士に誘導されて謁見室に通された老婆は玉座にいる女王を見て目を見開いて驚いた。何故なら、そこにいた女王は何十年も前に見たときと少しも変わらず、若いままの姿だったからだ。


「何でっ!?何であんた若いままなのよ!?……やっぱり、あんた転生者だったのね。道理で王子と親しくなっても虐めてこないから変だと思っていたのよ。さては自分が“ダークナイト”の悪役令嬢だと知って神様を横取りしたのね!卑怯よ!私がヒロインなのに!そこに座るのは私だったはずなのに返しなさいよ!」


 老婆が一礼することもなく、怒りの形相で女王を罵りだしたので、兵士は慌てて老婆の身を拘束した。


「こらっ!女王陛下に何たる不敬を!」


「煩い!こいつが横取りしたのが悪いのよ!この世界は私がヒロインの世界なのに!神様と結ばれるのは私だったはずなのに!」


 兵士に取り押さえられ、床にはいつくばるようにして押さえつけられながらも喚くのを止めない老婆に、玉座にいる女王が言った。


「いいえ、一番悪いのは『闇夜の紳士は心優しき清らか乙女の騎士になりたい』というゲームの世界に転生したあなたが、そのゲームのヒロインになる適正がないことを自覚してなかったことよ。あなたがヒロインにさえなろうとしなければ、魔物が現れることはなかったし、神様が魔物に負けることもなかったし、魔物が邪神となって、あの地獄のような輪廻が繰り返されることもなかったのに」


「?……何の話よ?」


「やっぱりあなたも覚えていないのね。私も邪神を喰らうまでは忘れていたから、あなたのことを強く言えないけど……。どうせあなたで面談は最後なのだし、まだ時間があるだろうから教えてあげるわ。衛兵、その女に視せてあげなさい」


「ハッ!」


 女王の命令を受けた兵士の背から黒い触手が何本も伸びて老婆の顔の辺りを這いずりだした。


「え?……なにこれ?これ魔物の触手じゃない!どうして?うわ気持ち悪……いや!止めて!グワァ……ガッ!」


 必死に身を捩って避けようとしていた老婆の口に黒い触手が突っ込まれた瞬間、老婆は白目を向いて動かなくなった。


「さぁ、思い出して。あなたが犯した最大の罪を」






 男爵令嬢が『闇夜の紳士は心優しき清らか乙女の騎士になりたい』というゲームの世界に転生したことに気がついたのは、同じ年の幼馴染の子爵令息の5歳の誕生会に招かれた日だった。


『闇夜の紳士は心優しき清らか乙女の騎士になりたい』は、一部のコアなファン達に“ダークナイト”と略称で呼ばれていたオカルト系の乙女ゲームだった。何故オカルト系かというと、“ダークナイト”に出てくるメインの攻略対象者は王子、公爵令息、学園教師、子爵令息の4人……ではなく、その4人にそれぞれ憑いている4体の霊だったからだ。


 ヒロインは4体の霊の内の誰かと恋に落ちて結ばれなければならないのだが、結ばれる方法が霊が取り憑いている人間の体を霊に心身ともに乗っ取らせるという、中々に乱暴で闇深い手段だったため、いくら霊との恋を成就させるためとはいえ、霊に人間を乗っ取らせるなどゲームであってもやって良いことと悪いことがあるとクレームが出ないようにするためか、霊に憑かれている生身の4人は皆外見はイケメンだが、中身は最低最悪なダメ男ばかりとなっているのも、このゲーム独特の特徴だった。


 心優しき清らかな乙女であるヒロインは男爵令嬢で、彼女が学園に入学し、彼らに憑いている霊と出会い、霊が抱える問題を解決し、恋を育み、卒業までの三年間の間に、霊を憑いている人間の体を乗っ取らせ、生身の彼らを最低なダメ男から最高のスパダリに生まれ変わらせて卒業後に結ばれるのがゲームの目的だ。


 勿論、“ダークナイト”では霊ではなく、人間本体と結ばれるエンドもキチンと存在している。人間本体と結ばれるには、霊と霊に憑かれている生身の彼らの両方の問題に真摯に向き合い、彼らが真っ当な人間に更生できるよう陰日向なく寄り添い続け、霊を昇天させなければならない。しかし生身の4人は害悪な性格の者ばかりで、4体の霊が背後霊もしくは生き霊となった原因が彼らであるためか、一部のファンの間では人間本体と結ばれるエンドはビターエンドと呼ばれ、人気がなかった。


 それに比べ、4体の霊は生前の容姿も垢抜けず、霊となった姿もおどろおどろしいが、性格が皆、善良なイケメンで、この世に留まっている理由を解消させて昇天させるよりも、害悪でしかない生身の彼らを乗っ取った方が、今後の皆の平和と幸福に繋がるとユーザーに思わせるところがオカルト系と言われる大きな所以だった。


 ちなみに子爵令息に憑いているのは、ヒロインの幼なじみの子爵令息の義兄の霊で、学園教師に憑いているのは、ヒロインの元家庭教師の霊で、公爵令息に憑いているのは、ヒロインの従兄弟の霊だ。そして王子に憑いてるのは何と息子である王子の愚行により、心労で倒れてしまった王の生霊なのだ。


 だが王の生霊ルートでは、取り憑いている息子には婚約者の公爵令嬢がいることもあって、ヒロインが王の生霊と結ばれるエンドだけは通常ルートでは存在せず、ヒロインと心を通わせても最終的に王の生霊は王子として生きることを選び、公爵令嬢と結ばれる。勿論、王子の抱えている悩みを解消させ、王の生霊が王子から離れた場合もエンディングは同じで、どちらも最後、ヒロインは二人を支える女官となるエンドを迎えるのだが、実は王の生霊ルートには、もう一つの隠しルートが存在していた。


 その隠しルートではヒロインは王子と結ばれることが出来るのだが、それはファンの間では天国と地獄紙一重エンドと呼ばれるほど過酷なルートだった。……何故なら隠しルートに入ると、世界を滅ぼすと言い伝えられている触手の魔物が現れるからだ。


 霊が取り憑いている生身の4人の人間性が皆、クズさMAXになると現れる隠しルートでは、王子の罠にハマった公爵令嬢が森に捨てられて、そこに棲む魔物に食べられてしまうことで、人間の味を覚えた魔物が国に現れ、人々を襲い始める。すると世界を守るために創造神が現れる。その創造神こそが“ダークナイト”の隠しキャラなのだ。


 現実世界では肉体がない創造神は王子の体に乗り移って魔物と戦うことになるのだが、神が人の体に入ることで王の生霊も王子自身の魂も神の気に当てられて消滅してしまう。そして神様が魔物に勝つとヒロインは神様が乗り移った王子と結婚することが出来るのだが、神様が負けてしまうと世界が滅んでしまうのだ。


 “ダークナイト”を隅から隅までやり込んでいた、一部のコアなファンだった男爵令嬢は、自分が“ダークナイト”の世界のヒロインに転生していることに狂喜乱舞した。


「やったー!一番好きなゲームのヒロインに転生するなんて、転生ガチャ大当たりじゃん!超勝ち組の人生サイコー!」


 どのルートも完璧に覚えていた男爵令嬢は、絶対に失敗しない自信があった。


「えっと、子爵令息と結ばれると畜産業で豊かな収入を得られるけれど、そんなには贅沢な暮らしは出来ないし、低い身分の貴族のままだから社交界では肩身が狭いし、一生田舎臭い領地で暮らさないといけないのよね。学園教師と結ばれると将来学園長夫人と呼ばれることになるけれど、教師は伯爵家の4男で結婚前に平民になってしまうから、私がしたい贅沢な暮らしは年を取るまで出来ないのよね。公爵令息と結ばれると将来は宰相夫人になれるし、王都で暮らせるけれども、義両親と同居なのが鬱陶しいし。ここは王子一択かな。でも王子を落としても玉の輿に乗れないんじゃ意味ないよね。しかも私がスパダリにした王子を公爵令嬢が掻っ攫うのを間近で見ているだけなんてマジむかつく。と、なると、やっぱり目指すのは神様ルートしかないよね!」





 口に触手を突っ込まれ、視せられているのは幼い頃の自分の姿。老婆は昔を思い出しながら、自分は何も悪いことはしていなかったはずだと心の中で反論する。そんな老婆に女王は呆れたような声で言った。


「あら、あんなことをしたのに覚えていないの?神様を引っ張り出すために、あなたがしたことなのに。衛兵、もっと触手を突っ込んで記憶を引きずり出してやりなさい」


 女王の命令を受けた衛兵の触手が老婆の耳や鼻にも入り込んでいくと、老婆の脳裏には誕生会で出会った子爵令息の義兄の姿が浮かび上がった。


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