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※捨てられた公爵令嬢のお掃除①

 公爵令嬢は自分のご主人様となった天使様の家や病院や学校は勿論のこと、その他諸々の場所に配下を増員して配置し、ご主人様の警護をするように差配した後、自分達の世界に戻るために自分の相棒であり、半身でもある馬の背に乗り、歪んだ空間の中に飛び込んだ。


 歪めた空間の中は、いくつもの異世界に通じているが、どこが何の世界なのかは実際に入ってみなければわからない。だから神に成り立ての者が元の世界にたどり着くことは中々に難しいことなのだが、神となって更に嗅覚が鋭くなった馬のおかげで、ふたりは難なく元の世界に戻ることが出来た。


「あれ、ファム?どこに行くの?復讐……じゃなかった、お掃除をするんでしょう?()()()()()()()()()()王子達を掃除しないの?」


 馬の背から降りた公爵令嬢が川辺から森に向かって歩きだしたので馬は人間に变化し、公爵令嬢の隣に追いつくと、彼女の顔の前に触手を出し、ウニョンと軽く揺らした。


「そうでしたわね。同じ神を喰らって神となった私とあなたは、いまや一心同体の身。今まで輪廻する度に私が行っていた復讐を今生の私が知ったように、あなたも知ったのでしたわね」


 一旦言葉を切った公爵令嬢は肩をすくめてから言葉を続けた。


「既にあなたも御存知の通り、今までの私は毎回、魔物の最初の配下となったことを逆に利用して、国に魔物を誘導して襲わせ復讐を遂げていましたが、今の私は未来永劫、天使様おひとりに仕えると誓った身です。神となった今の私なら彼らを直接葬ることは至極簡単なことですけれども、それは天使様に仕える者には相応しくないやり方ですわ」


「それなら、どうやってお掃除するの?」


「私も天使様に倣うことにしますわ」


 そう言って公爵令嬢は、草むらに隠してあった布袋に手をかけた。







 王子は馬番に命じて自分の婚約者である公爵令嬢を森に捨てに行くように命じたが、本当に彼女を森に捨てようとは考えていなかった。


 何せ、王子には金が無い。王子は帝王教育に息が詰まりそうだった頃に、一部の貴族達に誘われた闇賭博に夢中になり、内緒で国庫にも手を出して、ほぼ使い切ってしまったからだ。王に見つかる前に、それを穴埋めするためには公爵家の持参金がどうしても必要だった。


 しかも、だ。公爵令嬢は優秀で王子が怠惰で手を付けていなかった公務も代わりにこなしてくれていた。だから王子は予定通り、公爵令嬢を正妃に据え、男爵令嬢を側妃にして、仕事は公爵令嬢に丸投げして、自分は男爵令嬢と面白おかしく暮らしていくつもりだった。


 なのに余計な気を利かせた公爵令嬢が婚約解消などと打診してきたものだから、今後、自分に背かないように思い知らせるために此度のことを計画したのだ。


 男達に攫われたとあっては暴行未遂であったとしても、公爵令嬢は正妃になることは出来ない。だけど攫われたのは城で、攫ったのは城の馬番達。公爵令嬢に非は一切ないため、城の不手際の責任を取ると同時に傷物扱いとなった公爵令嬢を救済するために側妃にすればいい。


 これなら愛しい男爵令嬢を正妃にしても、事情が事情だけに貴族達から不平不満は出てこないだろうし、怖い思いをして心を入れ替えた公爵令嬢は王子に感謝して、更に公務を張り切ってしてくれるだろう。


 完璧な計画にほくそ笑む王子は馬車が王宮を出た後、直ぐに婚約者の父親である公爵に公爵令嬢が攫われたと告げ、直ちに救出してくるようにと命じたのだが、公爵は娘が攫われたと聞いても直ぐには動かなかった。


 何とも図々しいことに公爵は城の不手際を指摘し、万が一にも娘が悪人達に殺害されていた場合の慰謝料についての約束が欲しいと言い出したのだ。元は子爵家のしがない三男に過ぎなかったのに、見た目を生かして公爵家に婿入りして高い爵位と金を得た強欲な男は、次は権力だとばかりに宰相の座を欲しているのは貴族の間では有名な話だった。


 下衆な公爵の厚かましい要求に王子は苛つき、顔を背ける。誘拐に真実味を持たせるために馬番には王子の計画については話していない。美しい公爵令嬢の貞操を薄汚い男達にやるつもりは当然ないので大金を渡し、暴行や殺害はしないように念押しをしているが、人の目がない森に着いてしまったら、男達が美しい女を前にして血迷わないとも限らない。


 かといって城の者を動員して救出に向かわせるわけにもいかない。何故なら今の城には物も金もないからだ。国庫の使い込みが露見してしまうのを恐れた王子は、馬も剣も盾も金に変えてしまった。おまけに人を動かすには何かと金がかかる。数ヶ月もの間、王子の独断で給与を未払いのままにしている今の状況では臣下といえど、金を支払わない限り、命令を遂行してはくれないだろう。


 時間がないと内心焦る王子に公爵は、自分を宰相にしてくれるなら娘が殺害されていても慰謝料は要らないと囁く。思わぬ申し出に顔を向けた王子に公爵は後一押しだと思ったのか、宰相にしてくれるなら持参金がわりにと娘に着せていた婚礼衣装の宝石も献上すると言いだした。


 王子の計画が成功したら、公務は公爵令嬢にさせることが出来るし、持参金も手に入るが、慰謝料は払わなければいけなくなる。しかし公爵の提案に乗れば、慰謝料は不要で持参金も手に入り、公務も宰相になった公爵にさせればいいだけだ。自分が公爵よりも下衆で強欲だという自覚のないまま王子は素早く計算すると公爵の提案を受け入れ、公爵が城を出ていってから一人祝杯を上げた。





 王子が公爵令嬢を森に追いやった数日後、王子に呼び出され城にやってきた男爵令嬢はメイドに案内されて入った部屋にいる王子がいつもと変わりない様子なのを見て、眉間に皺を寄せて部屋の入口で立ち止まった。


「……急用を思い出しましたので、すみませんが今日はこれで失礼いたします」


 男爵令嬢はいつものような微笑みを浮かべることもなく硬い表情のまま、そう言って一礼し、クルリと踵を返し、そのまま部屋を出ていってしまった。いつもとは違う様子の男爵令嬢に王子はポカンと口を開けて驚き、何があったのだろうと不思議に思い、男爵令嬢の後を追いかけた。


 王子が廊下を出ると男爵令嬢は随分先まで進んでいた。よく見ると、どうやら男爵令嬢は淑女とは思えぬ程の大きな歩幅で廊下を早歩きしている。王子は慌てて追いかけ、ズンズンと先に進んでいた男爵令嬢を捕まえることが出来たのは、一般人も入ることが出来る城の中庭だった。


「来るなり帰ると言い出すなんて、一体何の急用なんだ?」


「申し訳ありません……」


 そう言って俯く男爵令嬢に王子は驚きを隠せない。王子がお忍びで街を視察するとの建前で賭博場に向かった際に出会い、学園で再会した男爵令嬢は、つい数日前までは王子がどれだけ放蕩を繰り返しても、王子の婚約者である公爵令嬢のように王子を諌めることもなく、常に慈愛の微笑みを浮かべていた。


 優秀なのに努力を欠かさない公爵令嬢に幼き頃から劣等感を感じていた王子は、王子の苦しみに寄り添い、王子がどれだけ怠惰でも小言を言わない男爵令嬢の包み込むような優しさに惚れ込んで恋に落ちたのだ。なのに数日ぶりに会った男爵令嬢は、それまでの親密さが嘘であるかのように、どこか他人行儀だ。


「なっ?おい、本当にどうしたんだ、一体?」


 心配になった王子は俯いている男爵令嬢の顔を覗き込んだ。


「うわっ!?」


 汚物を見るような目つきで睨む顔を間近で見てしまった王子は身を仰け反らせた。


「あの、王子様から好意を寄せられたことは大変光栄なことなのですが、私は王子様の妻に相応しい身分も教養も持っておりません。ですので、どうぞ私などお忘れになって、他に相応しいご令嬢を妻としてお迎え下さいませ」


 男爵令嬢の口から出てくる別れの言葉に王子はたじろいだ。


「何故……?何故今更そのようなことを言うのだ?」


「……だって公爵令嬢がいなくなって数日経つのに、まだ魔物が現れないんだもん。やっぱりゲームの世界じゃなかったんだわ。私の好きな乙女ゲームでは、神様に心身を乗っ取られた王子様が公爵令嬢を食べた魔物を倒した後に財政を立て直してくれて、結婚したら超溺愛してくれて超玉の輿で死んだ後も神の妻として神の世界で永遠に超幸せに生きられるハッピーエンドが待っているけど、どうやら勘違いだったみたいだし。闇賭博にドハマリしている王子と結婚したら、国庫を使い切った咎で夫婦揃って民衆に吊し上げを喰らって縛り首で、ジ・エンド一直線だもん。そんなのマジ無理なので、お付き合いはこれまでにさせてください」


 意味不明な言葉を交えながら、王子が秘密にしていた国庫の使い込みを公衆の門前で暴露してしまった男爵令嬢に王子は慌てて怒鳴りつけた。


「嘘を言うな!」


「嘘なんてついてないわ。誘拐事件が起きた日に、神様が王子に憑依していないか確かめるために部屋を尋ねようとしたら、酒に酔ったような大声が聞こえたのよ。私との浮気を知った公爵令嬢に婚約解消を申し出されたことを根に持って、彼女を馬番達に誘拐させたってこととか、公爵と交わした密談の話とかをね。ウエディングドレスについていた宝石さえあれば、使い込んでいた国庫を穴埋め出来るし、また闇賭博が出来ると、まるで時代劇の悪代官みたいに、自分の悪事をペラペラ語って笑って話してたわ」


「なっ!?不敬だぞ!口を慎め!」


 王子は男爵令嬢を捕まえようと手を伸ばした。すると、それを横から割って入って、逆に王子の手を掴む者達が現れた。


「王子様。男爵令嬢が話していたことは本当なのですか?」


「うっ、嘘だ!こいつは嘘を言っている!」


「そうですか。では場内にいる警護の兵士達が鉄剣の代わりに木刀を帯剣している理由をお聞かせ願いたい」


「使用人達の制服が私服に変わっているのは何故ですか?」


「今まで無料で入れた中庭に入場料を取るようになったのは、どうしてですか?」


 中庭にいた者達が続々と王子の元に集まって問い詰めだした。


「あ〜あ。ゲームの公式プロフィールに書かれていた通りのクズ王子っぷりだから、てっきりゲームの世界だと信じたのになぁ。違ったなんてね。三年間も時間を無駄にしちゃった。……では、そういうことなので私はこれで失礼させていただきますね」


 そう言い残し、男爵令嬢はさっさと一人で帰っていってしまった。後に残された王子は、その後、裁判にかけられ、国庫の使い込みと公爵令嬢を誘拐させた罪で王位剥奪され、縛り首にされることが決定したが、処刑決行日の朝、王子は身につけていた衣類を全て置いたまま牢から忽然と姿を消した。


 鍵が幾重にもかけられて石で出来た牢屋の中には、何故か綺麗に洗われ畳まれた衣類の上に金貨が一枚、置かれていた。



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