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※馬は運命を変えてくれた箒星の少女に永遠の忠誠を誓う(中編)

 驚く馬の前で魔物が触手を伸ばす。繰り返される生の中で、魔物が意味のある言葉を話したことは今まで一度もなかったが、どうやら奇跡は、それだけのようだ。きっと、この後はいつものように誰彼構わず、いきなり触手を突っ込んで蹂躙していくのだろう。


 馬はそう思い、覚悟したのだが、魔物は伸ばした触手で男達から女を奪い取ると、自分の後ろに女を置き庇うと、男達に威嚇を放ち、気を失わせただけで、一向に触手を突っ込もうとはしなかった。そして沢山ある触手を腕組みさせて、何かを考える素振りを見せた後、おもむろにブシャッと男達の顔めがけて粘液を噴射させ、誰に言い訳しているのか、わからない独り言を呟き、男達を丸裸にし始めた。


『ううっ。これって外から見たら、思いっきり私が痴女に見えるヤツじゃん。違うんです、おまわりさん。これは一応、か弱き乙女を悪い人達から守るための正当防衛なんです』


 魔物は男達を裸にしても触手を突っ込むことは無く、裸のまま放置すると、今度は馬の方にやってきた。いくつかの予想外なことはあったものの、やはり一番最初に食べられるのは自分なのかと馬が死への恐怖で震えていると、何と魔物は馬に話しかけてきたのだ。


『沢山怖がらせちゃってごめんね』


 魔物は馬が魔物の言葉を理解しているのがわかっているかのように謝りながら、馬にも何かを噴射してきた。一瞬、毒を吹きかけられたのかと思ったが、その霧状のものは新緑の木々のような瑞々しい香りがするだけで、体が苦しくなることはなく、馬はそれまで感じていた恐怖が段々小さくなっていくように感じた。


『これは……魔法?不安な気持ちが消えていく。こんなこと今までなかったのに。一体、何が起きているの?』


 魔物によって不安が解消された馬は不思議に思って魔物を見ると、魔物は倒れている人間の女をそっと抱き上げ、馬車の中に運び入れはじめた。そして丸裸で寝ている男達の真ん中にキラキラ光る金色の平たい石……金貨……を一枚置いて、人間みたいな仕草で御者席に乗り込むと馬のお尻の傷のないところを触手で軽く触れてきた。


『もしかして私に馬車を走らせて欲しいと頼んでいるの?』


 馬が後ろを振り返ると、魔物はまた傷がない場所を選んで、そっと馬に触れてくる。その仕草は実に優しげで、馬は魔物に丁寧に馬車を動かしてほしいと頼まれているように思えてならなかった。


『……フゥ。もう、わけがわからないけど、仕方ないから走ってあげる。どっちに行ったらいいの?』


 馬は魔物が触手で指し示す森の奥深くに向けて馬車を走らせた。




 その後、魔物は馬車を走らせた馬に礼を言い、どこかから取り出したリンゴを馬に差し出し、触手で撫でながら沢山労ってくれた。馬に新鮮な水を飲ませるために自ら川に連れて行ってくれ、馬の体を洗って傷の手当までしてくれた。幾度もの輪廻を重ねたが、誰かにこんなにも優しく世話をされたのは生まれて初めてのことだった。


 感激した馬は嬉しさから思わず恐怖を忘れ、魔物に擦り寄ってしまったが、魔物は少しも嫌がらず、馬の気が済むまで甘えさせてくれた。それに魔物は焚き火の枝を拾う手伝いをする度に馬を賢い、お利口だと褒めてくれ、柔らかそうな草を探して見つけては、お礼だと言って食べさせてくれた。


 今回の魔物は今までのような傍若無人ぶりは一切なく、馬の賢さを直ぐに見抜くほど聡明で、それにとても心優しかった。こんなにも優しいのなら、邪神もきっと気にいるだろう。そうしたら、こんな愚かな輪廻も終いになる。魔物は出会ったときから激しい空腹を訴える音が体から鳴り響いていたから、馬は今回も自分の死が近いことは既にわかっていたが、今までとは違い、それを嘆く気持ちはあまりなかった。


 と、いうのも、邪神と同じ体を持つ魔物は暴食の性も邪神と同じだけれども、今回の魔物は他者の痛みを思いやる気持ちを持っているから、魔物が馬を食べることになっても、今までのようにジワジワと嬲るような食べ方ではなく、一息に息の根を止めて捕食される生き物が長く苦しまないようにしてくれるはずだと確信していたからだ。


 だから馬は今回は魔物に喰われることが恐ろしいとは思わなかった。それどころか、知性を持った優しい魔物の傍にいるのが随分と心地良かった馬は、これからも傍にいられないのは残念だと心のなかで嘆き悲しみ、それでも優しい魔物に喰われて永遠の眠りにつけるのならば悔いはないとさえ思うようになっていた。


 この短時間で、そのように思えるほど魔物に心惹かれてしまった馬に、魔物は変わった頼み事をしてきた。それは明日、魔物が合図をしたら女性を乗せた馬車を来た方向と逆の方向に思い切り走らせることと、その合図があった次の日になったら、魔物が森に隠した荷物を人間の女に渡すというものだった。


『……と、お願いはこれだけなのだけど出来そう?』


 馬はどうして魔物がそんなことを頼むのか、わからなかった。だけど頼み事が難しいものではなかったことと、頼りにされたことが嬉しかったから、馬は喜んで引き受けた。


 翌朝。魔物に助けられた人間の女がいきなり魔物に妻にしてくれと言い出した。女は毎回、魔物に襲われて魔改造されていた女だった。馬は女と直接関わったことが一度もなかったため、どういう女なのか全く知らなかったが昨日、森で男達が女に対し、発情の匂いを出していたのを考えれば、女は人間の基準で言えば、大層モテる雌なのだろう。


 しかし女の求婚に魔物が困っていることを察せない辺り、あまり賢くはないようだ。本気の好意を恩返しという言葉で隠して迫ってくる女に、恩返しはいらないと魔物が馬の元に逃げてきたので、馬は魔物に頼りにされたことが誇らしく、嬉しくて堪らなかった。


 強いのに弱くて、賢いのに鈍くて、恐ろしいのに優しい魔物が心底愛おしくて仕方がなくなった馬は、この時に、魔物を自分の唯一のご主人様とすることを誓った。






「早く!もっと早く!早く森に戻ってちょうだい!」


 馬がご主人様の傍から離れた次の日の朝。丸一日眠っていた女は目覚めるなり、辺りを見渡し、そこがご主人様がいた森でないと知るや着ていたドレスを脱ぎ捨てて、ご主人様が畳んでしまっておいた男達の黒一色の服に着替えて帯剣し、馬から馬車を外し、馬に飛び乗って馬に戻るよう命じてきた。


『あなたは忘れているだろうけど、ご主人様は強いから、そんなに急がなくても大丈夫よ』


 馬は背に乗っている口やかましい女を宥めながら、ご主人様がいる森に駆け戻った。邪神の血肉で作られているご主人様は邪神の次に強い存在だ。その証拠に今までの輪廻では、いつも魔物は世界を滅亡に追い詰めている。


 いくら今のご主人様が他の生き物を襲うことが出来ないくらいに心優しくとも、流石に自分を襲ってくる相手をそのままにはしないだろう。ご主人様が空腹であることは確かなのだし、情さえ交わさなければ、ご主人様は生き物を食すことに罪悪感を感じることなく、返り討ちにして兵士達を喰らうことだって出来るのではないだろうか。


 生が繰り返される度、暴れる魔物を間近で見てきた馬はそう思ったからこそ、引き裂かれそうな心の痛みを無視し、兵士達に襲われるご主人様を森に残し、ご主人様に頼まれたことを果たすために馬車を走らせ、追手がいないことを確認してから馬車ごと隠せるくらいの茂みを見つけ、そこに潜んだのだ。


 大丈夫なはずだと思うも不安で、居ても立っても居られない気持ちをグッと堪え、心配しなくとも、ご主人様は強いから大丈夫。明日になったら、ご主人様に賢いと褒めてもらって、いっぱい撫でてもらうのだ。……そう、馬は何度も自分に言い聞かせ、一日経つのを待ったのだった。




 生き物の気配がなく、静まり返った森の入り口に女を乗せた馬は辿り着いた。馬の予想とは違い、どこにも血を抜かれて干からびた死体は転がっていなかったし、血を抜かれていない死体も見当たらなかった。結局ご主人様は空腹を満たすことはせず、あの大人数を配下にしたのだろうか?と馬は漠然と思いながら歩を進めた。


 馬が森の中に入っていくと木々のアチコチに矢が刺さっているのを女が見つけた。地面についた靴跡と矢の刺さった木々を視線で辿ると、どちらも一直線に川に向かっている。女がゴクリと喉を鳴らせるのが聞こえた馬は焦る心を抑えこみ、ご主人様に頼まれていた二つ目の頼まれごとを先に片付けることに集中した。


 ご主人様が荷物を隠していたのは川から少し離れた森の中で、馬が焚き火の材料を探すご主人様を手伝って、最初に松ぼっくりを見つけてあげた場所だった。そこは背の高い草が密集していて隠し場所にはうってつけだった。馬は女を誘導し、ご主人様が隠していた荷物が入った布袋を見つけさせた。


「ここに天使様がいるのですか?ん?これは何ですの?……この袋は馬車にあった袋ではないですか。どうして、こんなところに?……ああっ、これは!ドレスに縫い付けられていた宝石だわ。旅をするのに重いから天使様が捨ててくださったとばかり思っていましたわ。金貨も入っている。もしかして天使様がこれらを奪われないようにするために外して、ここに隠されたのね……。あら?どうしてここにマッチが入っているのかしら?火は天使様の天敵なのに。……ハッ!こんなことしている場合ではないわ!早く天使様の元に行かなきゃ!」


 目を潤ませながら布袋の中を検めている女を見届けた馬は、ご主人様からの頼まれた二つのことをやり遂げたと確認した途端、女を待たずに川のほとりに向かって走り出した。


「そっちに天使様がいるのね!待って!私も行くわ!」


 川に近づくにつれ、木に刺さっている矢が増えていく。馬は嫌な予感を振り払うように走っていった。


 沢山の靴跡の終着点は、焚き火があった場所だった。そこは普通の焚き火ではこうはならないだろうと思えるほどに真っ黒に地面が焼きただれていて、その中心辺りには数え切れないほどの矢じりが刺さっていた。焦げ臭い匂いが色濃く漂う場所には剣で地面を抉ったり、突き刺したような跡がいくつも残っていて、馬は記憶を頼りにご主人様の匂いを探り、川辺で変わり果てた姿のご主人様を見つけたのだった。



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