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※馬は運命を変えてくれた箒星の少女に永遠の忠誠を誓う(前編)

 ご主人様が乗った車が見えなくなってから、馬は横にいる公爵令嬢に向かって言った。


「ねぇ、ファム。ご主人様さ、私達を見て目を丸くしてなかった?もしかしてご主人様、私達のコレが見えてたりして」


馬は自分の後ろから生えているソレをウニョンと一度、大きく揺らせてみせた。


「え?まさか……」


 公爵令嬢は後ろを振り返り、自分の後ろでウニョンウニョンと蠢くソレをチラッと見てから前を向き、言葉を続けた。


「あなたの気のせいではないかしら?私達の本当の姿はこの世界の人間には見えないはずだもの」


 元々、ふたりはこの世界の者ではない。ご主人様に恩返しをするため、次元と世界を渡ってきたのだ。その際に、ご主人様の傍にいても不自然ではない姿に揃って变化していた。


 だから通常ならば、この世界の者にはふたりの真の姿は勿論のこと、ウニョンウニョンと蠢くコレも見ることが出来ないはずなのだ。


 現に今、ふたりの横を通って病院に出入りしている人間達も、ふたりの容姿に見惚れることはあっても、後ろで蠢くソレに気づく様子はなかった。


「それならいいのだけど。でも、ご主人様はひと目で私のことを賢いと見抜いた、鋭い御方だからなぁ……」


 そう言いながら馬は、ご主人様と出会った日のことを思い出した。






 馬は馬として生まれ、人間の王子の所有物となり、散々人間達に虐められ、馬が4歳になる前の日に森まで馬車を引いて走らされ、そこで触手の魔物に捕まり、生きながら血を啜られて苦しみながら死んだ。


 そして馬は、また馬として生まれ、また人間の王子の所有物となり、また散々人間達に甚振られ、また馬が4歳になる前の日に森まで馬車を引いて走らされ、そこでまた触手の魔物に捕まり、また生きながら血を啜られて苦しみながら死んだ。


 その次の来世も、その次の次の来世も、馬は馬として生まれ続け、人間に虐められ続け、そして触手の魔物に殺され続ける一生を何度も繰り返していたが、ある時、馬は自分以外の生き物達の誰もが、自分達が同じ一生を繰り返しているということを知らないということに気が付いた。


 どうして自分だけが、自分達の一生が繰り返されていることを知っているのだろうか?馬に理由はわからなかったが、当然自分の運命を知っている馬は、延々と同じことを繰り返すだけの転生にうんざりし、どうやったら、この運命から逃れられるのだろうと考えるようになっていった。


 知性ある生き物のように思考するという高度な脳の使い方を習得した馬は徐々に賢くなっていき、さらに幾度めかの輪廻を経験した後、何故、世界が繰り返されるようになったのかの理由を知った。


 それは邪神のせいだった。邪神は元々、この世界の生き物達の負の感情が集まって出来た澱から生まれた黒い触手の魔物だった。負の感情だけで構成された魔物は暴食を性としていて、本能の赴くままに多種多様な生き物を襲い始めた。


 魔物の食欲は留まることを知らず、世界中の生き物を喰らわんばかりの勢いだったため、自分が創造した世界を守ろうとした神が魔物を退治しようと現れたのだが、それを魔物が返り討ちして神を喰らい、魔物が邪神となって、この世界の創造神に成り代わってしまったのだ。


 その神が男で婚活の真っ最中だったせいなのか、邪神となった魔物も暴食の代わりに妻が欲しいと思うようになってしまった。しかし男神の高度な知性や繁殖機能は受け継がず、交雑相手を自分に忠実な配下に作り変えてしまうだけの邪神は全ての神々から嫌われ、拒絶された。


 そこで邪神は自らの血肉を使い、自分の妻となる生き物を生み出した。しかし出来上がった妻は、神とは呼べぬ力のない魔物……神になる前の自分でしかなかったので、邪神は魔物に世界の全ての生き物を贄として喰らわせて、神と同等の力をつけてやればよいと考えた。


 本来なら一度で済むはずだったソレは、全ての生き物を喰らった後の魔物が、妻を迎えに来た邪神を夫とは認識せず、かつての邪神がそうしたように、本能のままに襲って邪神を喰らおうとしたため、失敗に終わってしまった。


 邪神は魔物の生みの親であり、未来の夫である邪神を慕うどころか喰らおうとする妻に激怒し、その世界ごと魔物を丸呑みし、魔物が自分好みの妻になるまで、世界の再生と破壊を繰り返すようになったのだ。


 そして馬はいつも魔物に一番最初に喰われる輪廻が繰り返される内に、いつの間にか馬の魂に喰われた神の一部が流れ込んだようで、それが原因で馬は世界が繰り返されている事実に気づくこととなったのだ。それを知った時、馬は愚かな世界に魂が縛り付けられている己が身を呪った。


 何とかならないかと暴れても所詮は馬の身。同胞に世界の絡繰の話をしても理解してはもらえない。人間とは言葉も通じないから、繰り返される世界を止めることも出来ない。


 せめて自分だけでもと抗おうとしても、人間に鞭打たれるのが増えるだけで運命は変わらず、必ず魔物に最初に触手を突っ込まれて死に、死んでも再び馬として生まれる運命からは逃れられなかった。


 そんな転生を繰り返していたある日の夜のことだった。明日は自分が魔物に食べられる日だと知っていた馬は、いつものように、この世界の全てのものを呪いながら眠れぬ夜を過ごしていたところ、夜空にひときわ大きく輝く星を見つけた。


『わぁ!あの星、大きな尻尾がある。まるで私の尻尾みたい。何だか不思議だなぁ』


 馬は数え切れないほどの輪廻を繰り返してきたが、自分が死ぬ前日の夜に箒星を見たのは初めてのことだった。繰り返し生きてきた中での初めての箒星に感動した。


 心を奪われた馬は暫し夜空を眺め、美しい尾を引いて、ゆっくりと流れていく箒星に、ふと、人間の幼子が流れ星に願い事をするように、自分も箒星に願い事を言ってみたくなった。


『お星さま。どうか私達を助けて下さい』


 勿論、沢山の輪廻を重ねて賢くなった馬は幼子のように星が願い事を叶えてくれるなどと信じてはいなかったが、願い事をした後はスッキリとした気持ちになれたので、馬は久しぶりに穏やかな気分で魔物がいる森に向かって飛んでいく箒星が見えなくなるまで眺めていた。




 次の日。馬はいつもそうであるように人間の女を攫ってきた男達に酷く鞭で打たれながら馬車を引いて森にやってきた。何度も馬車に繋がれるのを拒んだり、森を素通りしようとしたが今回も失敗してしまった馬は、絶望しながら最後の時を待っていた。


 馬は何度も繰り返しているから、この後に起きることを知っている。この後、止まった馬車にいきなり魔物が襲いかかってくる。そして魔物は最初に馬を触手で捕らえて生き血を啜り始め、その傍らで女と三人の男達に他の触手を伸ばし、4人の人間を配下に魔改造するのだ。


 わかりきっている最期とはいえ、生きながら血を啜られるのは毎回恐怖でしかない。だから馬は荒い息を吐きながら、もう直ぐやってくる魔物に恐怖していたのだが、どうしてなのかはわからないが、今回の魔物は大きな木の陰に隠れたままで、一向に襲いかかってこようとはしなかった。


 いつもとは違う魔物の様子を馬は不思議に思っていると、馬車の御者席に座っていた黒い覆面と黒い装束をまとっている男が御者席から降りてきて、馬車に回り込み扉を開けた。すると馬車の中から御者の男と同じような服装をしている二人の男達が、大きな布袋を二人がかりで重そうに抱え、馬車から出てきた。


 御者をしている男は王子の馬を世話する馬番で、馬車の中にいた男達は王宮の兵士達の馬を世話する馬番だった。この三人は普段から仕事をさぼり、馬をうつけ扱いして鞭で嬲ってくる怖い人間達だったから、馬は大層嫌っていた。


「早く森に捨てようぜ。夜が来る前に森を出たい」


「ああ、そうだな。急いで捨てよう」


 捨てるという男達の言葉を聞いた馬は今回の転生で、何故男達が森に馬車を向かわせた理由を知った。森に捨てる物のせいで、自分は森に来ることになったのかと馬が考えていると、御者の男が地面に布袋を置いている二人に向かって何事かを言い、男達が地面に置いた布袋から女性を引きずり出した。


 魔物に意識が向いていたのもあって、三人の男達が何を熱心に言い合っているのかが、馬にはサッパリわからなかったが、男達の話が進むに連れて、魔物の触手のうねりが激しくなっていくことに気が付いた。


 もしかして魔物は男達の話を聞いて怒りを感じているのではないだろうか?と馬はチラリと思ったが即座に、いや、そんなわけがない。あれは知性のない魔物なのだと、その考えを打ち消した。けれども男達が女に襲いかかろうとしたとき、自分の考えが合っていたことを知った。


『何が仕方ないだー!痴漢、アカン、絶対!でしょうがー!!』


 いつもなら意味を成さないギギギという耳障りな鳴き声しか出さない魔物が、明らかに意味のある言葉を発している。馬は驚きすぎて口から泡を吹いてしまった。


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