エリア1 第七話 相棒
ユズは落とし穴を転がっていた。落とし穴はずっと垂直になっている訳ではなくエスカレーターのように下になっていたのだが、ユズは止まる事ができなかった。そしてあちこちに体をぶつけていた。一番下まで落ちると彼女のお尻は床に激突してしまった。
「痛ったぁ...」
彼女の周りには無数の蜘蛛の巣が張られていた。ずっと掃除していないからと言って納得できる量ではなかった。ここは蜘蛛の巣なのだと嫌でも伝わってくる。ふとリングを見ると彼女の体力は86%と表示されていた。
とにかくミカのところまで戻らないと...
上には自分が落ちてきた穴があったがジャンプしてどうにかなる高さではなかった。恐らく手を伸ばして思いっきりジャンプしても届かないだろう。この部屋はかなり広かった。学校の体育館ぐらいはあるだろうか。奥にはどこかへ繋がっている空洞があった。あそこへいけば出られるかも知れない。そう思いユズは奥へと向かおうとする。しかし奥からは何かが近づいてくる音がした。明らかに人間の足音ではなかった。もっと体がすくむような、寝る前に聞いたら間違いなく眠れなくなる音だ。ユズは動く事ができなかった。隠れなければいけないと頭は理解しているのに、恐怖で体が動かなかったのだ。
奥から現れたのは蜘蛛型のモンスター。しかし他のモンスターとは大きさが違った。どう考えても5倍はある。このモンスターは間違いなくエネミー。単独で挑めばほぼ間違いなく死ぬ。だがユズはエネミーの存在を理解していなかった。
蜘蛛は彼女に向かって糸を吐き出した。
「ヒャ!」
ユズは慌てて糸を避ける。エネミーのことはわからなくてもやばい敵であることは理解できていた。蜘蛛は糸を交わされた事に腹を立てたのか大きな叫び声をあげる。本当に恐ろしい身が含む叫び声だった。その声は城中に鳴り響いていた。ユズは叫び声に怯んでしまい動けなくなってしまった。蜘蛛は素早く彼女に近づくと彼女を壁に突き飛ばした。ユズの体は壁にめり込んでしまう。彼女の体力は73%に減ってしまった。蜘蛛がまた近付いてくる事に気づくと、ユズは何とか動こうとするがめり込んでしまった身体はなかなか外れなかった。
やばいやばいやばい!早く逃げないと!
蜘蛛はもう目の前に迫っていた。そして蜘蛛はユズを口に咥えると噛み始めた。ガムを噛むかのように。
ユズの体力は66%、59%、52%とどんどん減っている。次第にユズの頭の中は恐怖で包まれてしまう。もう自分は助からないのか。ここで死んでしまうのか。そう思うようになっていた。
突然蜘蛛は叫び声をあげユズを吐き出した。蜘蛛の足は8本生えていたがその内の2本が切り落とされる。
「へ?.....何?.....」
軽く放心状態になっていたユズは蜘蛛を見る。すると自分の目の前には誰かが立っていた。青色にも見える銀髪のポニーテール。それはずっと見ていた親友の背中だった。
「遅くなってごめん。ユズ。よく頑張ったね」
彼女、ミカの言葉を聞くとユズは泣き出してしまった。色々な感情が込み上げてきてしまったからだ。
「信じてたよ...絶対来てくれるって...」
そしてユズは立ち上がった。親友と一緒に目の前にいるモンスターを倒すために。蜘蛛は足を失った痛みで悶えていた。今は二人に構う余裕はなさそうである。
「まだ戦える?」
「もちろん!私はミカの相棒なんだから!」
ユズがそう言うとミカは彼女のほっぺにひと刺し指を当てた。
「頼りにしてるよ?相棒」
ユズは驚いた後同じようにミカのほっぺに人差し指を当てた。
「そっちこそ、頼りにしてるよ?」
ミカも少し照れる。自分が先にやった事とはいえいざ自分がされると少し恥ずかしいようだ。
蜘蛛は体勢を整えると二人に向かって突進してきた。お互い右と左に交わし、蜘蛛の後ろを攻撃する。蜘蛛はすぐに後ろへ振り返ると、今度は糸を吐き出した。しかしさっきまでとは違い、ユズは蜘蛛の攻撃がよく見えていた。仲間がいると言う事実。それだけで彼女は物事を冷静に判断する事ができた。ユズは剣を。ミカは短剣二本に雷鳴を使いながら攻撃をしている。普通のモンスターなら既に倒れているはずだが、相手はエネミー。そう簡単には倒れない。二人は一人が囮になりもう一方が背後を攻撃するという連携を完璧にこなしている。
ユズが危なくなったらミカが助け、ミカが危なくなったらユズが助ける。この連携は深い信頼がないと絶対に成立しないものだった。
「ユズ!後少しだから頑張って!」
「うん!」
二人は順調に蜘蛛の体力を削っていた。途中何度か足を狙おうとしたのだが、最初は不意をついたからこそ当たった攻撃であり正面から削ることはできなかった。ユズの体力は50%。ミカは87%と二人ともすぐにやられる体力ではない。このままいけば勝てると二人は思っていた。しかしトラブルが起こる。
蜘蛛は突然壁を這い始めた。今までそんな動きを見せなかったため忘れていたが、蜘蛛は本来どこでも貼って進むことが出来る。こう言う動きをしても全く不思議ではなかった。
そして二人がいる下へ目掛けて蜘蛛の糸を吐き出し始めた。
「うわ!」
「ユズ!一旦避ける事に集中して!あいつの狙いは私たちの動きを止めることだから!」
「うん!分かった!」
ユズは上にいる蜘蛛に集中し蜘蛛の糸を避け始める。だが上に集中しすぎてしまい既に落ちている蜘蛛の糸に脚を捉えられてしまう。ユズの足が蜘蛛の糸に絡まると、蜘蛛はユズ目掛けて一直線に落ちてきた。
「ユズ!!」
ミカが助けに入ろうとするが、間に合わず蜘蛛が落ちてきた衝撃で壁に吹き飛ばされてしまった。
ミカは壁についていた蜘蛛の巣に張り付いてしまい動くことができなくなってしまった。
「クソっ!ユズ!逃げて!」
「ミカ!今助けに」
ユズが最後まで言葉を発する前に蜘蛛は彼女を日本の足で捕まえると部屋の奥にある空洞の前へと連れて行った。
蜘蛛が何かを叫ぶと空洞の奥からは小さい蜘蛛がたくさん集まってきた。全部で10匹。
「ちょっと!嫌!離して!」
ユズは何とか逃げようと足を剣で刺す。蜘蛛は叫び声をあげるが彼女をはなそうとはしなかった。
まさか!私を餌にする気!?
「ユズ!さっきの剣、あれを使って!」
ミカは彼女に向かって叫ぶが蜘蛛の声が邪魔をしているためユズは聞き取ることができない。ミカは何とか動こうと全身を動かしてはいるが、ねばねばしている蜘蛛の巣から抜け出すことができない。
エネミーの蜘蛛が足からユズを離すと10匹の蜘蛛たちが彼女目掛けて襲い掛かった。同時に彼女は剣を落としてしまう。そして先程入手した雷神を手に取るが、彼女は使い方がわからなかった。そして蜘蛛は彼女目掛けて襲いかかった。
「嫌!!離して!!」
「ユズ!」
ミカは叫ぶことしかできなかった。親友が今、目の前で襲われていると言うのに蜘蛛の巣から脱出することが出来なかった。いくら抜け出そうとしても強力な蜘蛛の巣を外すことが出来なかった。彼女は叫ぶことしかできなかった。親友の名前を。そしてただ見ていることしかできなかった。襲われている親友の姿を。
するとユズのリングから警告音が鳴り響いた。残り20%を切った場合の危険な警告である。
だからと言って蜘蛛たちが彼女を襲うのをやめようとはしなかった。
「お願い....やめて.....」
ミカの目には涙が溢れていた。親友がピンチなのに自分は何もする事が出来ない。助けたいのに助けることが出来ない。そんな事実を実感していたからだ。
その時、ユズを襲っていた蜘蛛たちは急に叫び声をあげた。後ろから誰かに攻撃されたのだ。蜘蛛たちは一度ユズから離れようとするが再び何者かに攻撃され5匹は消滅してしまった。
「そこの君!大丈夫か!」
蜘蛛を攻撃したこの少年。少し緑色にも見える髪色に緑色に輝く剣を持っている。
「う.....うん....」
「まだ立てるなら手伝ってくれ。俺一人じゃアイツを倒せない。君もこの剣を使って一緒に戦ってくれ!」
彼は落ちていた雷神を指さした。ユズは何かを決意したように雷神を手に取る。
「俺が囮になって削り続けるから、その隅に君は残ってる小さい奴を攻撃してくれ」
「うん。分かった」
そしてその少年と少女。シドとユズは背中合わせになり、それぞれ蜘蛛たちに向かって飛び込んで行った。