エリア1 第五話 心許す存在
「ユズ。起きて。もう朝だよ」
飲み会の次の日の朝、ユズとミカは宿屋の同じ部屋に泊まっていた。なんと宿屋は無料で泊まれるようで部屋もたくさん空いていたのだが、ユズが怖いから一緒の部屋が良いと駄々をこねた為ミカは一緒の部屋に泊まることになった。この二人は変な関係という訳ではなく、とても仲の良い親友である。第三者から見てみればユズが彼女でミカが彼氏にも見えなくは無いのだが、別にそういう訳では無い。ユズは赤い髪にポニーテール。ミカは少し青色にも見える銀髪にポニーテールと親友同士同じ髪型になっていた。
「ん〜後5分〜」
「それじゃいつまで経っても起きれないでしょ。全く。ほら!」
ミカは布団を無理矢理剥がしユズを起こす。
「ん〜いいじゃんミカ〜1日ぐらい休んでも〜」
「まだ初日よ。最初からそれじゃあ、ずっと引きこもりになっちゃうわよ」
そう言ってユズを無理矢理着替えさせ、外のお店で食事をすることにした。
お店では鮭の定食を二人で食べている。
「おいし〜やっぱり魚はいいなぁ」
ユズは嬉しそうにご飯を食べているが、その表情はどこか悲しげだった。他の人間であれば気づかなかったかもしれないが親友であるミカはその変化に気づいた。
「もしかして...気にしてる?名前の事」
その言葉にユズは箸を止める。そして笑顔の演技をやめた。やはりミカに気を遣わせないようにわざと明るく振舞っていたんだろう。
「うん....ミカはすぐに受け入れてたみたいだったけど...私はちょっと受け入れられなくて...家族からもらった大切な名前を忘れちゃう事が辛かった...ううん...今でも辛い」
二人共、もう自分の本名を覚えていない。あの時自信の名前を決めてから完全に思い出せなくなってしまっていた。二人が高校で遊んでいた頃の思い出を思い出そうとしても、名前の記憶だけが全く思い出せなくなっていた。
「ユズは...本当に家族と仲が良かったもんね。」
「うん....あっ!ごめんミカ!私そういうつもりじゃ...」
「ううん。大丈夫。わかってるから」
ユズは家族と本当に仲が良かった。19歳になっても反抗期というものはやってくる気配が無く、毎日母親と一緒に夕ご飯を作っている程だった。しかしミカは違った。ミカの両親は美香が産まれて早々に離婚し、母親一人でミカを育てていた。そしてミカは人付き合いが苦手だった。かなりの美人だったので中学の頃はたくさんの男子に話しかけられていたのだが、彼女はグイグイくるタイプの男性が特に苦手だった。お昼休みに校庭の木の下で一人お弁当を食べていたのだが、ある日ユズが一人で話しかけてきたのだ。
「あの.....澤谷さん...だよね?良かったら一緒にご飯食べない?」
美咲は内心混乱した。あなたこそなんで一人で校庭にいるんだ?友達いないのか?美咲が言える事ではなかったがそんな疑問が溢れていた。
「悪いけど、私は一人でたべてるから」
美咲はいつも男子から一緒に食べようと誘われているのだが当然断っていた。女子かわ誘われることも何度かあったが美咲に惚れていた男子と仲良くしている女子だった為苦手意識が強かった。そしていつものように彼女の誘いも断ったのだが。
「そっか......ごめんね.....余計な事しちゃって.....」
その彼女、ユズは泣いていた。どうやらよっぽどショックだったらしい。そんな彼女の姿を見ると美咲は驚いてしまう。目の前で泣いている彼女に向こうへ行ってとは言えなくなっていた。
「ごめんごめん!冗談だから!私も一緒に食べたいな〜」
どう考えても嘘丸出しだったが、彼女は笑顔で笑っていた。
「ありがとう!あっ!私、千川柚子美!よろしくね!」
彼女の笑顔はとても純粋だった。今までに見てきた下心が隠されている笑顔とは違い、とてもまっすぐな目をしていた。
「私は澤谷美咲。」
「もちろん知ってるよ!クラスで一番モテる澤谷さん(さわたに)さん!いつもクールでとっても格好いいって有名人だからね!」
そんな話は初耳だった。クールと言っても誰とも話していないだけなのだが。それから二人は毎日一緒にお弁当を食べるようになり、次第にクラスでもよく話すようになっていた。二人共すごい美少女だったので、男子はなんとか仲良くしようと話しかけていたのだが下心のある呼びかけに、美咲は心を開こうとはしなかった。
そうして二人は高校も同じ学校へと進み、親友となった。柚子美はどこか抜けたところもあり、何かあると美咲が助けていた。今ミカが彼氏に見えるのはきっとそういう名残があるのだろう。
「ラスボスを倒したらどんな願いでも叶えられる理想今日に行けるって、昨日メイ先輩が言ってたじゃない?きっとそこに行けば名前も思い出せるよ」
「そうだよね...それにいつまでも落ち込んでもいられないし、ありがとうミカ」
ユズもいつまでも落ち込んでいては行けないと気持ちを切り替える。
食事を終えた後、二人は武器屋に向かっていた。そして武器屋のすぐそばを歩いている時、二人は北側へ歩いて行く三人組を見つける。
「ねぇミカ。あれって昨日いた人達じゃない?」
「あ〜確か高校時代の友人って言ってたわね。名前までは覚えてないけど」
北側へ歩いてゆくのは、ナト、エル、ミラの三人だった。
「二人は剣を持ってるわね。やっぱり王道なスタイルで戦うのかしら」
「ミカは何にするの?」
「私は動きやすいやつがいいかな。例えば小さい武器とか」
そうして二人は武器屋に入り武器を選んでいた。店には色々な武器がありミカはかなり興奮している。
「私は短剣にするわ。ユズは決まった?」
「ん〜正直よく分からないというか.....やっぱり王道な剣がいいのかなぁ」
ミカはよくバトル者のゲームとプレイしていた為自分の戦いやすいスタイルが分かっていた。しかし、ユズはそういうゲームはあまりやった事がなかった為どれを使えばいいのかよく分からなかった。
ひとまず剣を使い、ダメそうだったらまた選び直すという事になった。
そして街の東側へ向かって歩いていると、向こうから誰かが走ってきている。
「ミカ!お前今日!トライ・ランドに来て何日目だ!」
その男はミカの肩を掴んだ。ミカは混乱している。この男が誰か全く分からなかったからだ。クローバーチームにいたプレイヤーでは無かった。完全に初対面のはずなのに彼はミカの名前を知っていた。
「えーと。まだ今日が一日目.....」
反射的にミカは質問に答えていた。ミカの言葉を聞くと、その男はとても嬉しそうにしていた。
「そっか....成功したんだ....急がないと!」
男はそう呟いていた。当然だが二人には何を言っているのかさっぱり分からなかった。男の髪色はよく目立つ紫色だった。そしてその男は挨拶もお礼もせずにそのまま走り去ってしまった。
「あの人。何だったの?」
「さぁ?」
二人は東側のエリアに到着すると早速モンスターと戦ってみる事にする。
ユズは運動神経が悪い訳では無かったので、すぐに剣を使い方を覚えた。ミカは元々ゲームでは短剣を使うことが多かったので直ぐにコツを掴みモンスターを倒していった。
この時遠くからナト、エル、ミラの三人が二人を目撃していたのだが、モンスターに夢中で二人は気が付かなかった。