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元禄浪漫紀行  作者: 桐生甘太郎
お江戸こんなところ編
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第二話 髷

今回は主人公の頭の話です。よろしくお願いします!

俺はとにかく、どうやら江戸時代に一人きりでタイムスリップしたらしい。それか、もしくはこの何十人から百人くらいは居る人々が、全員何かのドッキリ番組かなんかのエキストラなのかのどちらかだ。俺は後者であることを祈りながら、女の人にこう聴いてみた。


「あの…助けてくれてありがとうございます。ところで、ここはどこですか?」


俺たちはどうやら漬物を売っているらしい店先で立ち話をしていた。店の奥の方には丸い桶のような漬物樽(つけものだる)がたくさんある。女の人はまた呆れたように首を振り、大きく息を吸った。


「ここはねお前さん。江戸の真ん中、上様のお膝元さ。お前さんが今立っているのは、家康様が(まつ)られている日光までの街道と、中山道がちょうど交わるところ。京都へ行こうと、日光へ行こうとどっちでもいいけどねえ…」


女の人はそう言いながら挑戦的な目を作って俺を見た。どうやら俺が自分の居る場所に恐れをなすと思ったようだ。


「日本橋だ…」


「なんだい、人に説明させといて知ってるんじゃないかさ」


当てが外れたように手のひらをこちらに放り女の人はつまらなそうにそう言った。


俺は焦っていたし困っていたが、同時に興奮もしていた。なぜなら、俺は時代小説を書いてみたいと思ったこともある、小説家志望の人間だからだ。


もし元の時代に帰れるなら、最高の取材ができるぞ!


俺の心はそんなふうに沸き立ち、俺はきょろきょろと辺りを見回してみた。


「うわあ…!」


そこらじゅうに居る人たちは、時代劇で見るのとは違って、みんなめいめいにバラバラの恰好をしている。


鉢巻をして半纏を羽織っただけの、職人らしき男の人たちの一群が俺たちの前を横切る。


(ねずみ)色の着物を着て、紺色のねんねこの中に赤ん坊をおぶった女の人が通る。


(かみしも)を着て脇差(わきざし)と刀を腰に差した武士らしき二人連れ、着流しだけでのんびり歩いている三人くらいの男性、裾に彩り豊かな折り返しのある着物を着て髪を大きく広げて結った女の人たち…それぞれどこへ行くのかわからないけど、みんな江戸の人たちなんだ!


そして俺は漬物屋を振り返って、助けてくれた女の人を見る。


彼女は鼠色の布地に紺色の縦縞が入った着物を着て、黒に近い太い帯を締め、裸足に草履(ぞうり)を履いているようだった。彼女の髪の毛も、(びん)が大きく広がった綺麗な結い上げ方だ。


「あの…その(まげ)の作り方は…なんて言うんですか?」


俺は、目の前の景色が今までとはまるきり違って、何もかもが目に新しいことが、嬉しくてしかたなかった。だからそう聞いたのだが、女の人はまたもやため息を吐く。


「あのねお前さん。これじゃああたしはいちいちお前さんに教えて歩かなくちゃいけないじゃないかさ。これはね、勝山(かつやま)さ。流行ってる結い方だよ。ほんとに知らないのかい?」


彼女は自分の髷に手を添えて、こちらに見せてちょっと笑った。彼女の髪は向こう側が透けるほど鬢が広げてあって、大きく高く結い上げた後ろ髪がとても華やかだった。


へえ。髪の結い方にもやっぱり流行り(すた)りがあるんだなあと、俺は感心していた。


「でもねえ、あんた」


「は、はい?」


すると彼女は急に俺にびしっと指をさした。俺はぎょっとしてちょっと身を引く。


「とにかく!あんたの髷がほどけてる方が先!ほら、そこに髪結い床があるから、行くよ!(ぜに)はあたしが出してやるから!」


「えっ?ええっ!?」


いきなり彼女は俺の手を握ってずんずん進み出したので、俺はびっくりしてしまった。でも女の人は力いっぱい引っ張っているらしく、俺は大した抵抗も出来ず引きずられていく。


そういえば俺は現代人なんだから、ちょんまげなんか作っていない。彼女はとうとうそれに我慢がならなくなったようだ。確かに俺たちの進む先には、店先まで人がはみ出している床屋の看板を出した店があり、中の鏡の前では誰かの髪を結っている人が見えた。


「ちょっと!悪いですってそんな!僕、大丈夫ですから!」


「つべこべ言わず来る!髷もなくってどうやって生きていく気だい?お前さん!」


「そ、そんな~!」





挿絵(By みてみん)




俺は嫌だった。自分がちょんまげ姿になるなんて考えたこともないが、嫌だった。だって、どう考えたって機能的でもなんでもないのに、しかも、かっこ悪い。そんな髪型に誰がしたいと言うのだ。


しかし、不幸にもと言おうか幸いなことにと言おうか、俺は髪がえらく長かった。美容室も理容室も大っ嫌いだったからだ。これは小さい頃からそうで、俺も理由はよくわからない。ただ、髪を他人にいじくられるのは嫌いだ。


そして俺は、昔のものだからか、あまりよく映らない鏡の中でちょんまげ姿になった情けない自分の姿を見て、涙が出そうになった。なんの因果でこんなことをしなくちゃいけないんだ。


「じゃあお代の六十文。ちゃんと数えとくれよ」


「はい確かに!ありがとうございます。それにしても、珍しい方ですねえ…」


俺は、自分の後ろで床屋の主人と助けてくれた女の人が会話をしているのに、聞き耳を立てていた。


「まあそうなのよ。何から何まで変なのさ。着物も見たことがないものだし、髷はないし、それに「ここはどこだ」なんて、まさかそんなこと日本橋で聞かれるなんて、あたしゃ思ってもみなかったよ」


すると後ろから床屋の主人が近寄ってきて、俺の頭をもう一度くまなく眺めた。


「どうです旦那。いい男になりましたでしょう」


うるさい、ほっとけ。


そう言えたらどんなに楽か。でもここは江戸時代の江戸だ。そんなことを言ったら怪しまれる。いや、どうやらこれ以上怪しまれようがないくらい怪しまれているみたいだけど。


「えっと…いい、です…。ありがとうございました」


俺はそう言いながら店主を振り返って、立ち上がりお辞儀をする。


「うん!まあさっきの様子のまんまじゃあ、まるで山賊ですからね。なかなかの二枚目になりましたよ!」


「はあ…」


山賊、ね。そうか、俺たち現代人の髪型は江戸時代の人からすれば山賊なのか。これはいい勉強になったかもしれない。








俺はそれから、油まみれにされてきつく結ばれた頭を気にしながら、女の人に連れられて店を出た。


「あの…すみません。お代は必ず返しますから」


「いいよ別に。あたしは稼ぎがないわけじゃないんだ。それにお前さん、悪いこと言うようだけど、文無しだろう?そんなつぎはぎだらけのへんてこな着物着てさ」


「あ、これは…その…」


俺が慌てて自分が着ていたパッチワーク模様のTシャツを隠そうとすると、女の人はまた俺の手を取った。


「さて、次は着物さね。急ぐよ!あたしは仕事の時分までに帰らなきゃいけないんだからね!」


「え、ええっ!?大丈夫ですよ!」


俺が腕を引っ張って止まろうとすると、彼女は俺を振り返って睨みつけた。


「さっきから文句ばかりだねえお前さんは!そんな派手な着物じゃ役人からお(とが)めを受けるよ!だから着物を買うの!」


「ひいっ!?そうなんですか!?」


俺がそう叫んで身を縮めると、彼女はまたため息を吐く。


「ほんとになんにも知らないんだねえ。もしかしてお前さん、とんでもないバカなんじゃないだろうね?」







つづく

進みがどうにも遅くて申し訳ございません。


ご辛抱頂けますと、有難いです。

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