4.再会のレモンティー(2)
その電話が鳴ったのは、まだ少し肌寒い、四月の朝だった。夕璃子はキッチンの小窓からぼんやりと柔らかな薄青色の空を眺め、フレンチトーストを焼いていた。見慣れない番号だったのに珍しく電話に出たのは、直感だったのかもしれない。
「今、おまえの大学にいる」
少し不機嫌そうな低い声を聞いたとき、体の芯がびりびりと震えるような衝撃があった。
相手は名乗らなかった。夕璃子も尋ねなかった。
「うん」
それだけつぶやいて、ひっつめ髪をほどき、急いで化粧をした。飛び出しそうな鼓動を抱えながら自転車にまたがった。
大学へ続く長い坂道の両側には、桜が咲いていた。風の強い日で、せっかく満開になった桜の花びらが、はらりふわりと空に吹き上げられている。それはまるで従姉の結婚式で見たフラワーシャワーのようで、とても幸先よく感じられた。
見慣れた正門の前に立っていたのは、妙に存在感のある男だった。
体にぴったりと沿う細身の黒いスーツを着こなし、茶色く染めた少し長めの髪の毛を丁寧にセットしたその人が目に入った瞬間、夕璃子はぽかんと口を開けていた。
その顔は間違いなく森島慧介だった。でも、あの人はこんなに美しい顔をしていただろうか。
男の人に美しいだなんて変化もしれない。でも、それ以外の言葉は思いつかなかった。くっきりした二重のまぶたに縁取られた瞳は、色素の薄い琥珀色をしていて、その奥底まで沈んでいきそうな危うさがあった。どこか酷薄な印象を与える薄いくちびるにも、すっと通った鼻梁にも、たしかに見覚えがある。
でも、それが慧介だと考えるのを頭が拒否している。そういう感じだった。
「ゆりこ」
夕璃子の姿を見とめた途端、男は目を細めて、ふわりと笑った。
手にはその出で立ちにふさわしくない、コンビニのロゴが入ったビニール袋が握られていた。そこに入っているのは、たぶん、レモンティー。
「おまえに会うために、来た」
風が吹き上げて、桜の花びらが舞い上がる。気がつくと夕璃子は、男の腕の中に固く抱きとめられていたのだった。