3.夕暮れと予感(2)
慧介は国道沿いのスーパーで自転車を停めた。少し疲れたのだろう。高校から夕璃子の家までは、自転車で1時間ほどの距離だった。普段は電車を乗り継いで帰っていた。まだ、半分ほどの距離だった。
夕璃子がベーカリーでいくつかパンを見つくろっていると、ビニール袋を手に慧介が戻ってきた。
「レモンティー。これ、うまいんだ」
中には紙パックのレモンティーが2本入っていた。
そのスーパーには、駐車場の横に飲食可能なスペースが設けられていた。ベンチとテーブルが何セットか置かれている簡易的なものだった。二人は並んでベンチに腰かけた。
紅茶もコーヒーも苦手で敬遠していたけれど、差し出されたレモンティーは甘く、爽やかな香りで特別においしく感じられた。
それから二人は、ぽつりぽつりと、互いの不思議な体験について話をした。これまで誰とも共有できなかった秘密を少しずつ溶け合わせていくうちに、今までにない喜びが胸に渦巻いていた。
焼き立てのクロワッサンを頬張っていると、慧介の骨ばった手が近づいてきて、夕璃子のくちびるを拭った。どきりとして見上げると、彼は目を細めて「パン、たくさんついてるぞ」と笑った。形のよいくちびるから、白い歯がのぞいた。
夕璃子は胸の鼓動がうるさいことに気がついた。それは、なにかの予感だった。
「今さらだけど、森島くんは中学どこだったの?」
「松石南中」
「待って、それって逆方向じゃない。帰りはどうするの?」
「ふつうにチャリで帰るよ」
「そんなの甘えられないよ。私の家の近くからだと、たぶん、一時間半はかかるよ」
「――別に構わない。それより、最後まで送り届けて、安心したいんだ」
慧介はそう言って目を伏せた。
「予知夢ってさ、よく当たるの?」
「いつも見るわけじゃないの。白と黒だけの夢を見たときは、先のことが見える――ように思ってるだけ。本当は自信がない。非科学的なことって、あまり信じてないから」
夕璃子は、自分の手が震えていることに気がついた。慧介はその手を包み込むように、骨ばった温かくて大きな手をそこに重ねた。
その夜、夕璃子が行くはずだった駅で通り魔事件が起きたというニュースが流れた。幸い、亡くなった人はいなかった。でも、もしも慧介がいなかったら、ここに夕璃子の名が流れたのかもしれない。