2.予知夢とホットチョコレート(1)
森島慧介と出会ったのは、高校生のときだ。クラスが離れているのに三年間話す機会が多かったのは、選択制だった美術の授業で隣になったからだ。
背が高く肩幅の広い、精悍な顔立ちの少年で、野球部伝統の坊主頭をしていた。整えられているが細くはない眉が印象的で、真面目そうにも見えるのだけれど、顧問の目の届かないところでは制服を着崩していた。
当時の夕璃子は、男性にしてはやや長髪の芸能人に夢中だったので、彼に対して恋情を持つことになるとは思いもしなかった。興味を持ったのは、その絵がきっかけだ。慧介は見た目に似合わず、繊細な美しい絵を描くのだ。
二時間単位で自由に絵を描き、教師が1人ずつじっくりまわりながら助言をしていくというスタイルの授業だった。
毎回、チョコレートをひと粒ずつ、厳しい顔で生徒たちの机に置きながら回っていた美術教師は、偏屈だけれど気に入った者には甘いという、定年間近の男性だった。彼にとりわけ気に入られた慧介と夕璃子は、何度も部活の勧誘を受けた。
入部はしなかったものの、毎週火曜日の夕方は、彼のために美術準備室に集まることにしていた。その頃には、少しずつ慧介を意識するようになっていた。
いつもは大学まで自転車で通っている。坂道を十五分ほどかけて登って行くので、着くころにはいつも息を切らしていた。
でも今日は、雨でもないのにバスで行く。その後の目的地が、自転車で行くには遠すぎたからだ。最寄りのバス停から出ているこのバスは、大学に行くときにしか使ったことがない。でも、終点まで乗って、そこから20分ほど歩けば、山の上の喫茶店に行くことができる算段だった。
大学が終わったあと、学校の前からこのバスに乗ればいい。
バスは時間通りにやってきた。運転手に回数券を渡して乗り込み、後部座席へ向かう。一番うしろの右側の席。夕璃子たちがバスに乗るとき、定位置はそこだった。
車窓の向こうへ吹き飛んでいく景色を眺めながら、夕璃子はふと、前に見た予知夢を思い出していた。その日も殺される夢を見たのだ。当時は「嫌な夢を見たものだ」と思っただけだった。