17.岡崎勇貴の誤算(2)
「明日、山の上の喫茶店に行ってみようと思うんです」
その晩、彼女は、モスコミュールの入ったグラスを片手にそう言った。心なしか、少し窶れたような気がする。男が心配そうに「あたしも付いていこうか?」と尋ねるので、思わず舌打ちをしそうになった。彼女は首を振る。
「大丈夫ですよ。明日は一限までだから、それからバスに乗って行こうと思うんです。明るい時間ですしね」
一限が終わり、彼女が正門へ向かうのを見届けたあと、近くのパーキングに駐めておいた車に乗った。バスの後をついていく。借りた店は餌だ。下見をしてあり、視界は開けているが人通りがほとんどないことも、途中の道にいくつか死角になる場所があることもわかっていた。いくつかパターンを考えておき、当日の彼女の動きに合わせて選ぶつもりだった。
それにしても、一番楽なパターンになりそうだ。あの女はどうして、この路線を選んだのだろうか。山向こうのバス停で降りる人はほとんどおらず、バスはすいすいと進んでいく。
追い越さないようにしたかったので、途中で一度車を停めた。そして、あらかじめ盗んであった県外ナンバーのプレートに付け替えた。
「あの……」
しわがれた声が後ろから聞こえて、勇貴は飛び上がりそうになった。振り返ると黒ずくめの服をまとった小柄な老婆だった。
「道に迷ってしまったんだ。先に進もうか、ここで待とうか悩んでいてね。どっちがいいと思う?」
勇貴は舌打ちをしながら「俺には関係ないね」と言った。
「ここで待っていたって何もならんだろう。先に進めばいい」
すると老婆はにたりと笑った。
「――そうか、それがあんたの選択なんだね」
その後は予定が狂ってばかりだった。
待ち伏せをしていた場所に現れたあの女は一人じゃなかった。彼女を庇うように支える女は、ちらりとこちらを見た。サングラスをしていたから顔はわからないだろうが、勇貴は焦りを覚えた。
そして、賭けてみることにした。先回りして、店の裏に車を隠す。開店できるように準備をして、あの女を迎える。カーテンを閉め、連れ合いの女が居なくなるのを見計らってから彼女を迎え入れた。
次の誤算はオーダーだった。実際に注文されるとは思っていなかったのだ。今しかない。勇貴は厨房にこもって準備をはじめた――。
彼女に正体がばれ、咄嗟に口を塞ごうとしたときだった。
「――勇貴くん……?」
懐かしい声と、夕方の赤い光が飛び込んできたのは。




