1.夢の余韻と厚焼き玉子のサンドイッチ(2)
昨夜、眠る前に決めていた。大学前からバスに乗って、山の上へ行こう、と。
今日は1限で授業が終わる火曜日。時間はたっぷりある。山頂には喫茶店があり、その窓からは翡翠のように美しい泉が見えるのだという。そこに行けば何かが変わる。それは確信だった。
予知夢は当たらないこともある。もしも、――8時までに慧介から連絡が来なかったら。きっとだいじょうぶ。あれは現実にはならない。
まな板の上にラップを広げ、パンを置く。そこにたっぷりマヨネーズを塗り、出来上がった厚焼き玉子を乗せ、もう一枚のパンで挟んだ。そして、ラップでくるむ。こうすると具がずれたりはみ出したりすることなく、綺麗に切ることができる。
美しい断面のサンドイッチが四つ出来上がった。つい二人分作ってしまったので、半分は朝食に回すことにした。
夕璃子はキッチンの戸棚から弁当箱を、冷蔵庫からいくつかの保存容器を出してきた。キャロットラペは昨夜仕込んでおいたものだ。レンジで少しやわらかくした人参とレーズンをオイルと酢でマリネする。甘酸っぱいのが好きなあの人のために、はちみつをたっぷりかけるのが定番だった。
ゆでておいたブロッコリーとエビは、小さなカップに詰めて、味噌を混ぜたマヨネーズで和え、チーズを乗せて焼く。彼はブロッコリーが嫌いだったけれど、この食べ方は好んでいた。
そして隙間にミニトマトを詰める。トマトが嫌いで、いつもそれだけが残されていたっけ。
弁当を詰め終えた夕璃子は、粉末スープを牛乳で溶いて作ったコーンスープに、余った常備菜とサンドイッチを添え、簡易的な朝食にした。どこか味気なく感じられるのは、音がないせいだということにした。
目頭がじわりと熱くなり、止める間もなく、涙がするりと抜けていった。
メイクが落ちないように、指の腹で抑えるようにして涙を拭う。笑いながらごしごし拭いてくれるあの人は居ない。あの朝、私が置いてきたのだ。
そういえば麦茶を用意するのを忘れていた、と冷蔵庫の扉を開ける。その中には、当たり前のように紙パックのレモンティーが鎮座していた。夕璃子は、はっと息を飲む。無意識のうちに買ってしまっていたのだ。
十六のときからの習慣になっていたそれは、かんたんには抜けてくれそうもなかった。
人はいつ、痛みを忘れられるのだろう。この胸の疼きが癒やされることなどあるのだろうか?
もくもくとサンドイッチを食べていると、夕璃子の意識はふたたび、モノトーンの夢に持っていかれてしまった。先ほどは動転していて思い出せなかったけれど、首にかかった毛むくじゃらのごつごつした手を思い出し、身震いした。
いつの間にか8時をとうに過ぎていた。それが少し悲しかった。そろそろ家を出ないと遅刻してしまう。夕璃子は手早く洗いものを済ませ、キャメル色のリュックを引っかけて、家を出た。