11.東久世あやみの活躍
次の講義は退屈だった。出席していれば単位をもらえる授業なので仕方なく出ているが、この教授の話はつまらない。話題がどんどんずれていき、気がつくと雑談で終わっていることがほとんどだからだ。
あやみはぼんやりと視線を外へ投げた。ふと、正門前のバス停にあの女が一人で立っているのを見つけた。
いつもと同じ、自信なさげに丸まった背中が憎らしい。素材が悪いわけでもないのに、努力を怠る女はきらいだ。それに、ああいう人は、御しやすそうに見える。だから、歪んだ執着を持つ、性質の悪いやつが寄ってくるのだ――。
「本当に、みっともない人」
あやみは、心の中でつぶやいた。
それにしても、あちら側のバス停に並ぶ学生は基本的に居ない。山頂で下ろされるからだ。あやみの実家は山向こうのほうにあるけれど、それでもかなりの距離を歩かねばならない。あちらに知り合いでもいるのだろうか。
あれこれ思案しているうちに、バスが滑り込んできた。あの女は魔女のような容姿の老婆に手を貸している。――あの老婆は、どこからやってきた?
何もないところから急に現れたように思えて、あやみは目をまたたかせた。
老婆に礼を言われているのだろう、ここからだと表情はよくわからないけれど、あの女がはにかんでいるように見えた。そういう顔もできるのかとあやみが感心しているうちに、バスは静かに走り出した。そして、その後を黒い車がついていくのが見えた。
あやみは、なんとなく嫌な予感を覚えた。机の下で祖母にメールを送る。あの女の服装と特徴、気になる車があったことを書いた。
二限目が終わったときだった。森島慧介が息を切らして駆け込んできた。彼は、あの女とよく一緒にいる大崎秋奈に詰め寄った。あの女の所在を問い詰めているらしい。大崎が困惑しながら電話をかけている。森島の凄みに気圧されてか、彼女は誤って通話をスピーカーに切り替えてしまった。
紫望山にいるという間延びした声が、悲鳴になって途切れた。
通話は切れて、それから何度かけても繋がらない。大崎は泣き出し、講堂は騒然とした。森島は顔色をなくしている。
ミドリは身体をくねらせながら「警察に電話したほうがいいんじゃない?」と目尻を下げながら言う。その顔には明らかに嬉色が滲んでいる。感情を隠すことをやめたあやみが侮蔑のまなざしを向けたが、予期せぬ出来事に心を弾ませているらしいミドリがそれに気づくことはなかった。
そのとき、コートのポケットで携帯が震えた。祖母だった。石倉夕璃子を見つけたとの知らせを見て息をついた。あやみはそのとき初めて、自分がひどく緊張していたことに気がついた。メールには、石倉夕璃子が怪しげな男に尾けられていたこと、そして山頂の喫茶店まで送り届けたことが続けて記されていた。
あやみは乱暴にノートやレジュメを取りまとめ、ピンヒールを脱ぎ、スニーカーに履き替えると、座り込んだ森島の元へ向かった。