さようなら前世
全てを溶かすかのような暑さ。
高層ビルが立ち並び、コンクリートの照り返しは皮膚に刺さるかと言わんばかりに痛い。襟元までボタンを閉めたリクルートスーツは私の体を蒸し焼きにしてくる。クールビズという言葉とは一切縁の無い、時代の波に乗り遅れた滅私奉公な企業の犬として私は暮らしていた。
営業先に向かうため、人混みをかき分け歩いていた時ーー
突然目の前が真っ暗になった。
誰か電気を消したの?と思ったがそんな訳ない。だって外にいたから。
それじゃあ私の目を塞いでいる人がいるのか?
それも考えられない。私が見ている景色は人間が作り出す事のできないほど漆黒だから。
目の前の景色に囚われていた時、ふと感じた違和感。
自分の肉体が無いのだ。
自分でも初めての感覚だ。自分の手足を動かそうという伝達神経も存在せず、自分の意思があるだけ。体中わ駆け巡る血液も生きるために脈打つ鼓動も感じられない。
自分が陥っている状況を全く把握しきれず呆然としていると突然、
「ようこそ。死後の世界へ。」
知らない声が現れた。
誰?というか死後の世界?じゃあ私は死んだの?今私どこにいるの?
私の意思が疑問符で埋め尽くされていると、謎の声が話し始めた。
「君は死んだんだ。身を焼き尽くす暑さ、君らで言うところの熱中症でね。即死では無いが暑さで意識を手放した後、そのまま心臓が止まってしまったんだ。」
そうか、私は熱中症で死んだんだ。
なんとも哀れな死に方なんだ。水を飲んでおけば、スーツのボタンを一つ外しておけば死ななかったのかもしれない。
「後悔しても仕方ないよ。死んでしまったのだから。もう取り返しはつかない。」
私の考えを読んでいるかのようだ。何者なのだろう。
「読んでいるのではなく君の意思と直接話しているんだよ。そして僕は死後の魂を様々な場所へ導く者だ。」
理解が追いつかない。
「簡単に言うと、君は死んで魂となり、僕にこれからどこかへ転生させられるということだ。」
…転生?
「そう。万物は生を終えた後、新たに生まれ変わるのさ。どこの何に生まれ変わるかは僕次第だけどね。」
どういう基準で転生場所を決めるんだろう。今まで生きてきた世界は嫌だな。死ぬ前までやってた乙女ゲームの世界の石ころとかになりたい。
「転生できるのは生死がある者だけだ。残念ながら石ころにはしてあげられない。でも、君が生前好きだったゲームの世界に転生させることは可能だよ。」
二次元のゲームは果たして生きていると言えるのか…?
「その中にいる者にとっては生死のある世界だよ。ただ君たちの世界線と交わらないだけさ。じゃあ転生させてあげるね。」
え、もう?一旦天国とか地獄とかに行くんじゃないの?
「魂の数は膨大だから一つの魂に割いてる余裕は無いんだ。」
そうなのか…。なんかあっさりしてる。
「けど、迷子になった魂に会うのは久しぶりだ。おかげでずいぶん時間を取られたな。」
迷子?
「そう。大体の魂は未練を残して生前の世界に留まるか、死後の世界に来て僕の元にすぐ現れるかなんだ。けど君は死後の世界の片隅で何故か留まっていたから僕がわざわざ迎えに行ってあげたんだよ。」
なんか申し訳ないな…。というかなんで私は片隅に留まっていたんだ?
「分からない。たまたまかもしれないし、もしかしたら君は異端児なのかもしれないね。大体の魂は死後の世界の仕組みを自動的に知るようになっているんだが君にそれは見られない。神か何かが仕組んでいるのかも。」
私が異端児?特に前世でもパッとしなかった私が神に仕組まれてるかもしれないの?てかこいつは神じゃないんだ。
「言っただろ、僕は魂を導く者。神じゃない。そろそろ時間がないからパパッと転生させるね。めんどくさいから別の生物じゃなくて人間でいい?遺伝子配列がほぼ同じだから転生させやすいんだよね。」
なんかだんだん雑になってくな。
転生ってもうちょっと神々しい感じじゃないのか。
「膨大な量の仕事は雑じゃないとこなしていけないよ。じゃあ次の人生も頑張ってね。」
頑張ってねと聞こえた瞬間、目の前が目も開けられないほど眩しい白になり、ぷつんと意識が途切れた感覚がした。