【15話】風呂と約束
俺がトイレから出ると、柚葉はすでに風呂を済ませてリビングで美結と一緒にテレビを見ていた。
俺が近づくと美結が気づいて声をかけてきた。
「えーくんほんとに長いトイレだったね。いるのかいないのか分かんなくなっちゃうよ。」
「だから俺はこれが普通なんだって。それと、さっきはごめんな。」
返事をするついでに謝る。
すると美結は、
「うん、もういいよ。でもちょっと悲しかった。」
そう言って目線をそらす。
すると隣にいた柚葉がまたもやとんでもない発言をした。
「じゃあさ、仲直りのしるしで2人でお風呂入ってきたら?ほら、裸の付き合いって言うしさっ。」
いやいやいやいや、何言ってんだ柚葉。
それは温泉とかで同姓とやるもんだろ。
「ダメダメッ!それはダメだよっ!」
美結が慌てて拒否する。
それでも柚葉は食い下がる。
「だって昔はみんなで入ってたこともあったでしょ?それにおにーちゃんが中学の時まではゆずと入ってたじゃん。だから大丈夫だよっ。」
どう考えたらそういう理論にたどり着くのかまったく理解ができないが、柚葉はとにかく俺と美結を一緒に入らせたいらしい。
「それはダメだ、柚葉。もう子供の頃とは違うんだから、俺も恥ずかしいし美結だって恥ずかしいだろ。」
「そっそうだよ。私も恥ずかしいよっ。」
美結も賛同してくれる。
それでも柚葉はまだ引き下がらない。
「もう。2人とも昔から一緒なんだから家族みたいなもんでしょ?恥ずかしいとか言ってないで入っちゃえばいいじゃんっ!1回入っちゃえば慣れるって。」
慣れるか、アホ!
じゃあお前だったらどうなんだ。
幼なじみの男の子がいたとして、大学生にもなって一緒に風呂なんて入れるか!?
そう思ったが話をややこしくしたくなかったので口には出さないでおく。
「とにかくそういうのはダメだ。」
「そっ、そうだよっ。まだ私たちそういうことは…」
美結はそう言ってからハッと何かに気づいたようなそぶりをして、慌てて言う。
「ちょっといまの無しっ!!」
すると柚葉が、
「まだ、ねぇ~。それってそういう予定はあるけどってことなのかなあ?」
とニヤニヤして聞いてくる。
「そっ、そんなんじゃなくって、だから、その…もう、柚葉ちゃんいじめないでよぅ。」
美結は顔を真っ赤にしながら声がどんどんしぼんでいった。
なんだか俺まで顔が熱くなる。
そ、そうか、もし俺たちが付き合うことになったら、一緒に風呂入ることも普通なのかな。
いや、いかん、変なこと考えるな。
あちらへ行きそうになった思考をどうにか呼び戻す。
「昔から変わってないね、美結ちゃんは。昔みんなでお風呂入ろって言った時も、美結ちゃん恥ずかしがってなかなか入ってくれなかったよね。それでゆずが強引に引っ張っていったりしたなあ。」
「そ、そうだっけ?私覚えてない。」
「えーうそー。ゆずが覚えてるんだから、美結ちゃんも覚えてるでしょー。」
ごまかしきれないと思ったのか美結はしぶしぶ認めた。
「う、まあ、覚えてる…かな。」
「じゃあさじゃあさっ、あの時の約束覚えてる?」
なんだ?約束って。
俺の知らないところで約束なんてしてたのか?
「う、うん。覚えてる。」
「ちゃんと実行できたの?」
「ま、まあ、約束よりは遅れちゃったけど、きっ昨日の帰り…」
「そっそうなんだ。やるじゃん!で、なんて答えてあげたの?おにーちゃん。」
「えっ?俺?答える?」
なんのことだ?美結と柚葉の約束になんで俺が関係してる?さっぱりわからん。
「ちょっと、柚葉ちゃん、もう恥ずかしいからこの話は…」
「ダメー。こういうのははっきりしないとっ。で、おにーちゃんどうなの?オッケーしたの?」
あっ、昨日の帰り、答え、そうか、告白の返事のことを聞いてるのか。
でも約束ってなんだ?
「告白の返事だったら、2人とも気持ちの整理がつかないっていうかなんというか、まあ、その、保留って感じだな。」
そう言うと、柚葉は安心とも苛立ちともとれるよくわからない顔を作ると、
「ふーん、そうなんだ。おにーちゃんのバカ。お風呂は好きにして。」
と言って自分の部屋へ行ってしまった。
「なんかごめんな。柚葉が困らせちまって。」
兄として一応謝った。
「ううん、大丈夫。柚葉ちゃんも昔から変わってないんだなあ。」
「そうか?そういえばさっき柚葉が言ってた約束って何だったんだ?」
少し気になったので聞いてみたのだが、
「うん、ちょっとね。でも大したことじゃないからっ。」
そう言ってはぐらかされてしまった。
「じゃあ、俺は後でいいから先にお前入ってこいよ。」
「うん、ありがと。」
当たり前だが、結局風呂は別々に入った。
納得しながらもほんの少し残念だと思ってしまったことは胸の内に秘めておこう。
風呂から上がると俺は恥ずかしさもあったので、美結には俺の部屋を使ってもらって、自分はリビングのソファーで寝ることにした。
夜遅く帰宅した母さんに、
「一緒に寝たらいいじゃない。」
などとからかわれたが無視して眠りについた。