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何にもないからさ  作者: 日向夏
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2人でここから作り出す、



瞼を開ける。

途端に広がる明るい世界に、思わず顔をしかめる。

長い悪夢を見ていたようだ。

真っ白の天井に、規則的に響く機械音。


病院だろう。

そんなこと頭を働かさずとも理解できる。


問題はそんなことが理解できるのに他の事は何も分からないということだ。

どのくらい眠っていたのだろうか。

病気か?事故か?



自分は一体誰だ。



男なのか、女なのか。子供なのか大人なのか。

記憶のカケラもなければ繋ぎ合わせるための型もない。

これは俗に言う記憶喪失というやつか。

いやに冷静でいられる自分に若干の寒気を感じた。


病室には、誰もいない。

となれば、ナースコールを自ら押して記憶喪失ということを伝えなければ。


枕元に垂れているボタンのようなものを強めに押した。


「すみません、記憶喪失のようなのですが。」


この言葉を記憶喪失の人以外が言う事はないだろう。

だが、きっとそうなった人でもナースコール先の人にこんな事言うだろうか。

すみません、記憶喪失になったようなので確認しに来ていただいてもいいですか、なんて本当におかしな話だ。

きっと、記憶を失った人はこんな事を考えるのだから、相当の捻くれ者なのかもしれない。

いや?今の人格とは何の関係もないのだろうか。

まぁ、他人事のように分析してしまう自分が変である事に変わりはない。

他人事…ではあるのか?


しかし、意識を失うほどのことが起きているのに、家族や友人が来た形跡が全くない。

やはり、捻くれ者で間違いなかったようだ。


いくつかの足音が廊下から聞こえる。


「こっちです先生!」


なんだか大袈裟になってしまったようだ。

ん?大事なのか?これは。

開いたドアから看護師や医師の焦った表情が見える。


「いや、全然大丈夫なんです。ほんとに。」


反射的にそう答えてしまった。

大丈夫ってなんだ。

全然大丈夫です、軽いタイプの記憶喪失なんで、とかそれこそ本当にどうかしてる。

看護師も不思議そうな顔で首をかしげる。

彼女もきっと今全く同じことを思ったようだった。


「あの、お名前は…。」

「残念ながらさっぱり」


強張った顔がただ事ではないと感じさせる。


「嘘だろ…。」

「…へ?」


頭を抱え込んだ医師に急いで戻っていく看護師。

本来頭を抱えるべきはそっちじゃないだろう。


「あのー、お取り込みのところ申し訳ないのですが。」


まぁ、記憶喪失になった患者の事でお取り込みのようではあるのだが。


「もし、よろしければ私の名前と性別、年齢等をお教え頂けないでしょうか。」


患者がこんなに下手に出てお願いしているのに、等の医者は何も聞こえていないかのようにただ考えているばかりだ。


「あのー、すみません。」


もう一度声をかけてようやく目があった。


「大変、申し上げにくいのですが、私達も何もわからない状態でして。」


「わからない…、?」


もしやこの人達も記憶喪失なのか、、、。

いや、そんなわけがあるか。冷静になるんだ。


「貴方様が何も所持していなかったため、何もわからないんです。ご家族からのご連絡もなければ、一致するような捜索願も一切。わかることといえば、ご年齢と性別くらいのものでして。」



なるほど、。



勝手に、どうやって思い出すのかを問題としていた。

なるほど、なるほど。

答えのない問題を解こうとするとはこのことか。

誰も本当を知らない人間。

なんだか厨二病臭いな。


これから先の事を考え始めるのは、この使えない頭にはいささか難しかったようだ。

少しも進まないうちにショートして、現実逃避を始めた。


むしろ笑える、この体の持ち主の不運さに。

いや、自分が主なのか?

もうどうだっていい。


とりあえず、なにも無くなったんだ。

何を持っていたのかも知らないくせに、多大なる喪失感に襲われた。

今まで、なにで塞がっていたかもわからない穴が空いて、そこから隙間が風が通り抜けた。

  

なんにもないんだ。

なんにも。



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