元彼と私
楽しかった夏休みも終わり、2学期が始まった。といっても、文化祭が近いことから、授業はまだ始まらなくてLHRの時間が多かった。今も、係り決めの真っ最中。
「じゃあ、受付やりたい人!!」
クラス委員の子がそう言った瞬間、ゆきちゃんが立ち上がって声を上げた。
「はいはいはいはいはーい!! 俺と奏子で受付やる!!」
「わ、分かった。じゃあ、宮元と東城で前半と後半決めといて。次は……」
「え、ちょっと待って!!」
ゆきちゃんはクラス委員の進行を止めた。
「どうしたの、宮元」
「前半と後半ってことは、一緒にできないじゃん」
「そうだね」
「なんで!?」
「なんでって、そしたらあと2人も受付が必要になるじゃん。そんなに受付はいらねーよ」
「はあ? てめー、ふざけんなよ!!」
ゆきちゃんはいつもとは違う口調でクラス委員に訴えた。それでも、ゆきちゃんが言うと怖いとは感じられなかった。その証拠に、クラスの女の子も「宮元くんかわいい」と言ってる。
「じゃあ、お前ら他の係りやれよ」
クラス委員はごもっともな意見を述べた。
「……分かった」
ゆきちゃんは渋々了承して、席に着いた。そして、隣の席の私を見て言った。
「奏子、ごめんね」
「私はいいよ。他の係りやろう」
「うん」
ゆきちゃんは満面の笑みで頷いた。
私とゆきちゃんは同じクラス。隣の席同士。隣の席になっちゃったのは、席替えでたまたまこうなった。ゆきちゃんは「やっぱり俺らは運命だね」って喜んでたけど、私はまだ一緒にいると緊張しちゃうから、複雑な気持ちだった。クラスのみんな、っていうより、学校中の人は私がゆきちゃんと付き合ってることを知ってる。初めのころは、ゆきちゃんの熱狂的ファンの子に「宮元くんの彼女があんな地味な子なんて!!」みたいなこと言われてたけど、周りの友達が守ってくれたからそこまで凹まずにすんでいた。それより、冷静になって考えるとゆきちゃんと付き合うようになったのも同じクラスになってからだから私の名前知ってて当然……。今さらになって、ゆきちゃんに上手く言いくるめられたのかなって思っちゃう。ゆきちゃんは本当に私の事……。
「奏子!! 呼び込み係やろう!!」
「え、あ、うん」
突然ゆきちゃんに声をかけられて、変な声を出してしまった。
「奏子? 大丈夫? 呼び込み係りに決まったからね」
「うん、おっけー」
こうして私たちは呼び込み係に決まった。クラスのみんなも「宮元が呼び込めば、女子の客は必ず来るだろうな!!」と言っていた。
そして、文化祭当日を迎えた。1日目は校内のみの公開だったけど、今日、2日目は一般公開されるから昨日よりもお客さんが多いのは確かだった。昨日は、ゆきちゃんと私の呼び込みのおかげでって言っても、ほぼゆきちゃんの効果で全校の女子は少なくとも1回は、うちのクラスのお化け屋敷に足を運んだはず。そして今も私たちは呼び込みをしていた。
「2Eのお化け屋敷来てくださ〜い!!」
「2Eのお化け屋敷よろしくお願いしま〜す」
「呼び込み係楽しいね。休憩時間ないけど、呼び込むついでにまわれるから一石二鳥だね」
ゆきちゃんはいつもに増して機嫌が良かった。
「それに、奏子ともずっと一緒にいられるし」
「私もゆきちゃんと一緒で楽しいよ」
こないだは、本当にゆきちゃんは私の事思ってくれているのか変な心配したけど、ゆきちゃんはこんなふうに優しいから、そんな心配も今はなくなった。
「あ、昨日2Aのクレープ食べられなかったんだよね。俺、買ってくるから奏子ここで待ってて」
「うん。わかった。」
ゆきちゃんは私を残し、走って行った。でも少し先で立ち止まり、振り返った。
「俺、イチゴにするけど、奏子は〜?」
ゆきちゃんは大声で聞いてきた。周りのひとたちがゆきちゃんと私に注目した。私は少し恥ずかしいと思いながらも、叫んだ。
「チョコがいいー!!」
「おっけー!!」
ゆきちゃんは走り出した。でも、周りにいた女の子達が、やっと宮元くんが一人になった!! と言わんばかりにゆきちゃんを取り囲んだ。それでもゆきちゃんは、右手でごめんというポーズを取りながら、女の子達をふりきっていった。
残された私はどうしようかな〜って回りをキョロキョロしていると、声をかけられた。
「奏子?」
「え?」
振り向くと、そこに立っていたのは他校の男子生徒だった。
「……夕斗」
「あー、良かった。知らない人だったらどうしようかと思った」
夕斗は無邪気に笑いながら言った。
西野夕斗、私と同じ中学だった男の子で、私の……元彼。
夕斗とは、高1のとき3ヶ月ぐらい付き合って別れてしまった。原因は、なかなか会えないことからの気持ちのすれ違い。中3の時同じクラスで、私も夕斗もお互いが気になっていた。それでもお互い何も言えないまま卒業を迎えた。卒業式の日、私は思い切って夕斗を呼び出した。夕斗も私に話があると言って、誰もいなくなった教室で話をした。それでもなかなか話が切り出せず、夕斗が「同時に言おう」と言って、二人同時に「好きです!! 付き合ってください!!」って言い合った。それから私たちは付き合い始めたけど、お互い高校が違ったから、あまり会うこともできなくて、メールや電話でのやり取りが多かった。その上、夕斗は部活のサッカーが忙しくて、だんだんメールも電話もしなくなって、別れを選んだ。それから夕斗とは連絡を取っていなかった。
「な、なんで?」
私はいきなりの夕斗との再会に、あわあわした口調になってしまった。
「なにが?」
「なんで、いるの?」
「え? だって今日は一般公開なんでしょ? 友達と文化祭めぐりしてんの」
「そ、そうなんだ」
私は夕斗がこんなに普通に接しくるのが不思議でしょうがなかった。別れるときも、メールでのやりとりで終っちゃったから、次会うようなことがあったら絶対に気まずいと思ってたのに……。
「奏子のクラスは何やってんの?」
「え、えっと……お化け屋敷」
「へー。あとで行くわ」
「ありがとう」
「奏子、彼氏できた?」
「えっ!!!!」
こんな質問くると思ってなくて、つい大声を上げてしまった。周りの人が、私に注目した。
「そんな驚くなよ」
夕斗は苦笑いしながら言った。
「ごめん」
「全然変わってないね。ちょっと安心したかも」
夕斗は優しい笑みを浮かべながら言った。
「かーなこー!!!!」
そこへゆきちゃんが帰ってきてしまった。
「はい、チョコ味で良かったんだよね」
ゆきちゃんはクレープを渡してくれた。
「あ、ありがと」
そしてゆきちゃんは気づいてしまった。夕斗の存在に。
「……誰?」
ゆきちゃんは私に尋ねた。
「え、えっと……」
私が困っていると、夕斗は自ら挨拶した。
「奏子と同じ中学だった西野夕斗です」
「……どうも。奏子の彼氏の宮元龍之です」
ゆきちゃんと夕斗はお互い爽やかな笑みを浮かべながら挨拶しあっていた。私には逆にそれが怖かった。
「奏子、行こう。呼び込みしないと」
「う、うん」
ゆきちゃんは私の手を握って、歩き出した。
しばらくしても、ゆきちゃんは止まる気配がなかった。
「ゆきちゃん、クレープ食べよう」
「……うん」
やっとゆきちゃんは止まってくれた。怒っているのは一目瞭然だった。私は何も言えなかった。
私たちは無言のまま、壁に寄りかかりながらクレープを食べていた。私達の前を生徒は、一般のお客さんが通り過ぎていく。時々、女の子がゆきちゃんを見ながら「かっこいい」と言って通り過ぎて行った。
「……奏子、好きだよ」
「え……?」
突然のゆきちゃんの言葉に驚いて、クレープをふき出しそうになった。
「さっきの人、元彼?」
「……うん」
「元彼がいるのは全然構わないよ。俺だって、奏子が初めての彼女じゃないしさ。でもね、今は俺、奏子が世界で一番好き。他の男と話されるのすっごく嫌だ。自己中なのは分かってるけど、マジで嫉妬しちゃった。」
「ごめん……。私もゆきちゃんが好きだよ」
「それが聞けて安心した。ごめんね」
ゆきちゃんは私を隠すように目の前に立って、優しくキスしてくれた。