72時限目 少年、撃退する
姫たちは、エルトを見て
「ここは、一旦退いた方がよさそうね…」
「はい…」
ルルやスオンを連れて、部屋を出る
イヤロンは彼女たちを見ている余裕などなかった
目の前にいる怪物を直視している
手元が震えていた
自分には特殊能力があるから、相手が誰であろうと勝てる余裕があった
しかし、エルトには全く通用しない
どんな攻撃等をしてくるのかが全然読めない…
こんなのは生まれて初めての事だ
恐怖の感情がないとはいえ、体で感じる恐怖は消えていなかった
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」
イヤロンはエルトに向かって一直線に突進
瞬時に少年の姿は目の前から消え、同時に剣さえも両手から消えていた
足らずで髪を後ろに引っ張られ、首元に剣先が添えられる
その時間、わずか0.3秒
「は…?いつの間に…」
「チェックメイト」
つーっと首から血が垂れる
寸止めとはいえ、ほんの少しだけ皮膚をかすった
「ま、まま、待ってくれ!!」
「何を待つっていうんだ?」
低くて暗い声を放つ
「頼む、殺さないでくれ!!」
「へえ、僕を殺したっていうのに?」
「お、俺じゃない!!仲間に頼んだんだよ!!」
「それは、自分も犯罪に加わってることになるよね?」
「うぐっ…」
何も言い返せない
言い逃れできたとしても、エルトは容赦なく追い詰めてくるに違いない
イヤロンは素直に認めた
エルトは彼の首にチョップをかけ気絶させる
「ふぅ…、自分勝手な男だね…」
そう言いつつも、エルトは少し気分が良くなかった
大量の血を失ってから目を覚ましたのだ
魔法で生き返ったとしても、血液量の回復は追いつかない
少年は再び、意識を失った
☆
「ん…」
少年がゆっくりと目を覚ます
窓を見ると、空は茜色に染まっていた
あれから数時間、眠っていたのだ
「エルト!!」
声の方向へ首を向けると
涙を流している姫たちの姿
その顔はとても嬉しそうだった
「良かった…」
「はい、お姉さま…」
姉妹はギュッと手を握る
「皆さん…」
「あ~あ、そんな堅苦しい顔せんでええねん…」
「そうですわ、せっかくいい雰囲気でしたのに…」
「すみません…」
エルトはゆっくりと体を起こす
「ルルは?」
どうやら、姫たちの後ろに隠れていたようだ
「ねえ、エルト…。私…、夢を見ているんじゃ…ないんだよね…?」
おそるおそる彼の方へ歩み寄る
「うん…、夢じゃないよ。手に触れてみて?」
そっと差し出し、ルルは震えながら彼の手を握る
「温かい…。生きてるんだよね…?」
少女の涙はさらに大きくなり、濁ったような声を出す
少年は涙を拭いて上げたかったが、その思考はすぐに止まった
ルルが抱き着いてきた
「うえええええええ~~~~~~ん!!!」
エルトの服が涙で濡れるのを気にせず、ルルは思い切り泣いた
「良かったよ~!!」
「うん」
頭を優しくなでてあやす
「エルト、一つ気になることがあるんですが…」
ラディールが話題を変えた
「何で死んだはずの僕が生き返ったのかですよね?」
その質問に姫たち全員が頷く
「何と説明すればいいんでしょうか…?夢の中なのかは分からないんですが、両親が僕の心臓に蘇生する魔法と僕が本来あるはずの魔力を封印したと淡々と話したんです…」
その説明に姫たちは唖然とした
「そんなことってあり得るの…?」
「そんな魔法、聞いたことがありません…」
「賢者様なら知ってるんやないか?」
「可能性としては大だな」
「というか、倫理的な問題がはっきりと出てますわね…」
とはいえ、エルトやルルはまだ完全には回復していない
ここで一旦、二人の体を休ませようと議論は中断
☆
翌日
二人はすっかり元気になり、学園に通う
「エルト様!!」
「ご、ご無事でしたか…!?」
会員たちもぞろぞろと集まりだす
先の事件については、学園のみならず王都中に広まっていた
当然、登校中に市場の人たちも駆けつけて
大丈夫かだのお兄ちゃんを傷つけたなんて許せないだのとエルトの事を本当に心配していたのだ
「ご迷惑をおかけしました」
少年は一度頭を下げる
「そんな!!エルト様のせいではありません!」
「はい!!悪いのはイヤロンとかいう騎士学校生ですから!」
その名前を聞いてエルトは姫たちに彼はどうなるのかと訊いた
「今日、お父様の所に連行されて処罰を言い渡されるはず」
「良くて終身刑、悪くて公開処刑となるのは必然でしょう」
どちらになったとしても、罪を償うことに変わりはない
暗い話題はこれで終わりになったのだが、少年は少しだけおどおどしていた
「ねえ、ルル?いつまでそうしてるのかな?」
少年の左腕にがっしりと巻きつくように体を密着させるルル
本当なら姫たちも甘えたいところだが、昨日の事もあり今日は彼女に譲ることにしたのだ
「年中無休」
「はは…、冗談にしてはきついな」
「え?冗談じゃないよ?」
「…はい?」
いつの間にか、ルルはエルトの前に立っていた
「私、エルトのそばを離れたくない!!」
庭内に響くルルの声
「ルル、落ち着いて…?」
「落ち着いてるよ!っていうか、私は本気だから」
「本気って…何が…?」
「私、あなたと結婚がしたいの!!」」
それは突然のプロポーズだった
どうも、茂美坂 時治です
随時更新します